148 オーベルジュのメニュー
オーベルジュの建設現場に到着すると、やっぱりテンションが上がる。
シンプルなデザインだけど白い外観がプール池の水に映ってとても綺麗。
そう。私がプール池の完成形をイメージできるよう水を張ってもらったのだ。
職人たちの作業はオーベルジュの奥にある従業員用の寮に移っているので、物音は聞こえるけれど姿は見えない。
「こちらのオーベルジュですが、建物自体は既に完成しております。レストランにはテーブルや椅子なども設置が完了しており、調理器具と食器類の納品を待っている状態です。隣のワークショップスペースでは、お客様にハーブティーのブレンドを体験していただく予定でして、こちらも備品を揃えている最中です」
公爵は私の説明を黙って聞いてくれている。表情はデフォルトのままだからお小言の予兆はない。
ドヤ顔にならないよう気をつけているもんね。
「ハーブティーのブレンドの体験? そのようなことをして楽しいのか?」
ムッ。楽しいもんねー。私たち女子は楽しんじゃうもんねー。
「はい。女性は『特別』な物を好みますから。自分でブレンドして世界にたった一つのハーブティーを作るというのは、とても楽しいことなのです」
「そうか」
そうですよ。
「……レストランとハーブティー。君が考案した料理や菓子は確かに魅力的だが、わざわざ馬車で数日かけて来てまで食べたいと思うかどうか。宿泊したところで楽しみはハーブティーのブレンドだけ。これで客が見込めると?」
くぅぅ。言い方! わかるけど!
毎月のようにうちに食べに来ていた人に言われたくないんですけどね!
でもまあ、やっぱりそれが一番気になりますよね。
だから他にも色々楽しめるようにアクティビティ面の開発も頑張っているんですよ。
もっと言うと、何もしないことを楽しんでいただけると嬉しいんですけどね!
まだこの国でそこに達しているお金持ちはいないのかなぁ。
……あ! 一人いるかも。
パトリックなら三十連泊くらいしてくれるんじゃないかな? ふふふ。
「基本的には領民の利用を想定しています。このように邸宅風に建物と庭を設計しましたので、自宅で茶会を開けない方にも、特別な日に少し背伸びをして利用する場所と捉えていただけるのではないでしょうか」
「ふむ。裕福な平民でなければこのような屋敷には住めないだろうから、確かにその狙いは面白い」
お! 公爵が認めてくれた!
「はい。レストランは開店直後はランチ営業のみにして、ディナーは宿泊客のみに提供する予定です。客室の稼働が安定し、従業員も仕事に慣れたところでディナー営業を開始する予定です」
「そうか」
「それと、できれば大勢の領民にこのオーベルジュに親しんで利用してもらいたいので、パン屋のような持ち帰り用の軽食メニューを開発する予定です」
ん? と公爵が怪訝な表情で聞き返してきた。
「『持ち帰り用の軽食メニュー』とはどのようなものなのだ? パンではなく軽食?」
「はい! 実は、その軽食もなのですが、レストランで提供するメニューの候補を是非召し上がっていただき、リュドビク様のご意見をお聞かせいただけないでしょうか」
「私の意見だと?」
「はい。オーベルジュは平民も貴族も区別なくご利用いただく予定です。通常ですと、貴族が利用するような高級な宿は、かなり裕福な平民でないと利用できません。値段的にも身分的にも。このオーベルジュはハードルを下げて平民が普段使いできる施設にしたいのです。貴族の方々は逆にお忍びでご利用されるくらいに。ですが、おもてなしは貴族の方むけのサービスなのではないかと思うくらいに丁寧にしたいのです」
うん。前世で宝くじ一等十億円が当選したらやりたいなって考えていたことだから、すらすら出てくる。
ん? ということは、私、今、十億円以上持ってるってことじゃない?!
うぉぉぉぉ!!
今更だけど、本当に今更だけど!
モンテンセン伯爵領の年間予算てどれくらいあるんだろう?
県とか市とかと同じレベルだよね? 十億ぽっちじゃないよね?
よく考えたら、今着ている私のドレスだって、おそらく二、三百万円はするんじゃない?
ダルシーさんなんか、国一番のデザイナーにオートクチュールを注文しているんだから、前世で人間国宝に一点物の着物をオーダーするのと一緒だよね?
テレビでやっていたけど、一千万とか千五百万とかしていたよ?
……あ。
私……こっちで意識を取り戻して以来、値札を見て買い物をしていない……。
くぅぅぅ。
「……? 何を興奮しているのだ?」
ヤバいヤバい。落ち着け。いったん忘れよう。それよりもメニューの話だよ。
「コホン。失礼いたしました。平民にしてみれば、貴族の方がお泊まりになる部屋に泊まり、貴族の方がお召し上がりになるものを食べられるというのは、大変貴重な体験ですので、手が届く価格設定ならば、一度くらい体験してみたいと考えるのではないでしょうか。最初は私の友人らに体験宿泊をしていただく予定なのですが、その際お出しするメニューで失礼にならないラインをご教示いただきたいのです」
「つまり、平民向けの価格で収まるメニューが、貴族にとって、きちんともてなしと感じられるものかどうか見極めたいというのだな」
「はい」
さっすが。一を聞いて十を知る人だね。お利口さん。
カントリーハウスに戻り、夕食は外食チェーンの社長プレゼンみたいに、数種類の考案メニューを公爵に出して、あれこれ意見をいただいた。
全体的に割とカジュアルなメニューだけど、不合格は一つもなかった。
うーん。食いしん坊さんは料理に対して優しすぎるのかもしれない……。
それでも趣旨は理解してくれていたはずなので、本当にまずいものは「却下」って言ってくれそうだから、おそらく問題ない範囲だったのだろう。
翌日、公爵に帰りの馬車でも食べられるように『カスクート』を多めに渡したら、ギヨームと二人で目を輝かせて帰って行った。
新鮮なチーズが入手できる環境に感謝だね!