147 公爵の視察
久しぶりに公爵が我が家にやって来た。
わざわざ大時計を持ってきてくれたらしい――けれど、社長が納品に来たみたいでめちゃくちゃ不自然。
私、何かやらかしたっけ?
いや、多分、またご飯を食べに来ただけだと思う。
甘かった。
まだ公爵に出していなかったクレームブリュレを出してもてなしたのに、お小言を喰らってしまった。
まあその前に大事な報・連・相を忘れていたことを叱られていたんだけど。
あの鋭い眼で睨まれたとき、『私に目新しい菓子を出しさえすれば、大抵のことは大目に見てもらえるとでも思ったか?』って聞こえた気がした。
怖っ。
まさか見透かされていたとは。侮れないなぁ。
報告連絡相談。報告連絡相談。報告連絡相談。報告連絡相談。報告連絡相談。
はい、もう忘れません。
それでもやっぱりクレームブリュレは公爵のお気に召したようで、気を取り直して(私だけ?)一緒にオーベルジュの視察に向かっている。
「もう一度聞くが、本当に大時計を案内板とやらに使うのだな?」
え? くどくない? そうだって言ってんのに。
「私は納品いただいた大時計を案内板に嵌め込んで、遠くから見えるか確認しますので、リュドビク様もぜひ案内板がどのような物なのかお確かめください」
「ああ、そうさせてもらう」
KOBANの建設予定地に到着すると、基礎部分の工事が行われていた!
この前来たときには、だだっ広い地面でしかなかったので完成形が浮かばなかったけれど、基礎が出来ると、一気にどれくらいの広さのものが出来上がるのかイメージできる。
「将来的には、ここに家族者を住まわせて市内を見回らせると言っていなかったか? 隣の待合室はわかるが、随分とこぢんまりとした建物を建てるのだな」
公爵が意外そうにつぶやいた。
うん。正直、私もパッと見そう思った。KOBANの基礎部分の間取りをみると、道路に面した相談スペースが若干狭く感じる。
それにしても、私ならデッカデカな建物を建てると思った?
まあ、それは置いておいて。ププププ。
狭く見えるのは、『基礎あるある』なんだよね。
目の錯覚で、平面だけだと狭く見えるらしい。
完成したKOBANを見たら、「意外に大きい」とか言いそうだな。
「壁ができて建物らしくなれば実際の大きさがわかると思います。一階には相談受付のカウンターを置き、壁には特産品の陳列棚も作るつもりです」
「そうか」
返事をしつつも公爵の視線は隣の待合室の前の案内板に釘付けだ。
そうです。正解です。そこに大時計を設置します。
「コホン。ここに馬車の出発まで過ごすことができる待合室を建てます。その馬車の運行ルートと出発時間を掲示した案内板の上に大時計を設置したいのです。KOBA――市内見回りの詰め所を『KOBAN』と称することにしたのですが、KOBANにいる人からも時間がわかるので便利だと思います」
「こうばん? また不思議な名前を付けたな。……先に道を舗装したのか」
あ。気がつかれましたか?
「はい。とりあえず、KOBANからオーベルジュまでの道を私の魔法で整えました。せめて中心部の道は全て石畳で美しく舗装したいのですが、なかなか――」
公爵の表情がどんどん厳しくなっていくので、最後まで言うことができなかった。
「まさか、領主が地面に這いつくばって石畳を広げていくつもりではないだろうな?」
あ、いや、ええと。それは……。
「職人の仕事を奪ってまでやることではない」
「はい。石畳を延伸する際は、きちんと職人に仕事を依頼します」
ここまでピシャリと言われてしまったら、素直に従う以外の選択肢はない。
あ、オーベルジュに瓦礫を移してもらったんだった。
どうしよう……。
まあ、次に公爵が来るのは完成後だろうから、しれっとオーベルジュから大通りまでだけ、私の魔法で石畳を敷いて、公爵に聞かれたら職人に依頼したって言えばいいか。
「と、取り急ぎ、お持ちいただきました大時計を設置したいと思います」
話題を変えよう。
ギヨームがニヤニヤしながら大時計を持って私の前まで進み出た。
持ってきてくれたことはありがたいけど!
その顔、何とかしなさいよ。
「マルティーヌ様。ご依頼の大時計です。お屋敷に二つ置いておりますが、一つは今日早速設置なさるということでお持ちしました。こちらも職人ではなくマルティーヌ様が作業されるのですね?」
むっ。さっき公爵に注意されたばかりなのに、余計なことを。わざとらしく『職人』とか言わないでくれる?
「案内板は石でできているので、土魔法を使える私なら簡単に設置できますから。まずは私がイメージする案内板を設置して皆さんにどういうものかを知っていただきたいのです」
「さようでございますか」
ギヨームがずっとニマニマ顔なんですけど!
ちょっと、公爵! 従者の躾はどうなってんの!
「それでは失礼して始めさせていただきます」
チラッと公爵を見たけど、ここの案内板は私が作業していいみたい。
まあ、公爵が帰った後、残りの二箇所もチャチャッとやっちゃうけどね。
まず、案内板を一旦一メートルくらいに縮める。
それからバスの停留所をイメージしていた一番上の丸いところを倍くらいの大きさにする。
「ここに大時計を嵌めていただけますか?」
とっておきの『微笑』でギヨームに頼む。
もうギヨームに揶揄われてムキになる私ではないのだ。
ギヨームが押し当てた大時計をしっかりと包み込むように案内板を変形させ、それから再度二メートルくらいに伸ばした。
一丁上がり!
公爵は真ん中辺りにある四角い部分を見て、「ここに馬車の発車時刻を掲示するのか……」と心なしか感心したような顔をしている。
わかってくださいましたか?
まだ一つのルートしかないけれど、増えたら、路線図のようなものも時刻表と一緒に掲示するもんねー。
カントリーハウス行きは、わかりやすく朝の六時始発にする予定。最初の鐘が鳴って出発。
カントリーハウス発の最終は夜の九時、つまり最後の鐘が鳴って出発。
通いの使用人たちのシフトもマルコムが調査しているはずなので、それほど馬車を待たなくていいように時間を調整してあげなきゃね。
「案内板という物はよくわかった。それよりも、あそこに見えるのが君が言っていた『オーベルジュ』だな?」
「はい! すぐそこですので歩いて向かってもよいでしょうか?」
「ああ、構わん」
ふっふっふっ。ほぼほぼ完成しているから、早めのお披露目でも問題ない。
3巻発売中です。よろしくお願いします。