144 停留所と待合室
3巻発売中です。よろしくお願いします。
二日間の講義を耐え忍んで、やっと休日を迎えた。
待ちに待ったKOBANの建設予定地の視察へGO!
オーベルジュが我が領地の洗練されたオシャレ施設ならば、KOBANは平民たちの領都における拠り所になる予定だ。
最初はオーベルジュとKOBANを近いところにまとめて建てようかとも考えたけれど、KOBANには困り事や相談などが寄せられるだろうから、大勢がやいのやいのと騒ぐ事態を想定して、オーベルジュから少しだけ離れたところに建設することにした。
ただ、観光案内所を兼ねるので、「話題のオーベルジュのレストランを利用したい」とかいう人たちのために(そうなる見込みで)、オーベルジュから徒歩十分程度のところに決めた。
「マルティーヌ様。お顔の方はよろしいのですか?」
「え?」
ローラったら、もう。馬車の中だし、今日はローラとリエーフだけだし、いいじゃないの。
「あれは対貴族用なの。領民の前で顔を作る必要はないでしょう? 普通にしていれば問題ないと思うわ」
「……はあ」
あれ? 何その返事。まるで意識していないと締まりのない顔をしているみたいじゃないの。
「とにかく。使い所は心得ているから心配しないで。それよりも早く見たいわ」
「まだ木材を運び入れただけだそうですよ?」
「それでも完成図は私の頭の中にあるから、そこへ行けばきっと、こうなるはずっていう建物が見えると思うわ」
「はあ」
ローラは公爵邸から帰ってきて、すっかりノリが悪くなっちゃったなぁ。
馬車がだだっ広い空き地の前で止まった。
そこは、本当にただの空き地だった。運び込まれた木材が山積みされているだけ。
私の想像力は現実を見てしまうと萎えて発動しないらしい。
その空き地には、『ザ・手持ち無沙汰』というタイトルの彫像のような男性が立っていた。
「レイモンさんが工事関係者を一人呼んでくださったそうです」
うーん。アテンド要員としては少し愛想が足りないのでは? まあ別にいいけど。
馬車から降りた私に、「ようこそお越しくださいました」とお辞儀した彼は、そのまま黙ってしまった。
「……」
え? 私のターンなの?
「……本日ご案内させていただきますクエルと申します」
遅っ!
「そう。忙しいところ悪いわね」
「……」
「……?」
「……いいえ」
クエルの独特の間に、体がつんのめりそうになる。関西人なら膝からカックンとコケてるぞ。
「クエルさん。お手持ちの資料でマルティーヌ様にご説明をお願いします。マルティーヌ様。こちらはまだ着手前ですので、気になった点などございましたらクエルさんにお伝えくださいませ」
サンキュー、ローラ。
なんかもう、ローラを経由して話したい気分。
今日のところはKOBANからオーベルジュが見えるということがわかっただけでいいかもしれない。
それでもクエルが丸めていた紙を広げて私の方へ差し出したので、気を鎮めて彼と向き合う。
よっし。来い!
「…………こちらが簡単な図面になります」
くっ。我慢。我慢。
図面にはしっかりと、『KOBAN・観光案内所』『停留所』『待合室』『大時計』『掲示板』と、私が伝えた通りの単語が記載されている。
うっふっふっ。ちゃんと浸透しているみたいで嬉しい。
あ、停留所の前にバス停みたいな案内板を立てたいと説明したところが大時計になっている。
この、『バス停にある案内板』の説明が大変だった。
「馬車乗り場に馬車が来る時間を――」と、前世の案内板を思い浮かべながら力説したっけ……。
まあそのときに、「大きな時計を設置して遠くからでも時間がわかるようにしたい」と、みんなに熱く語ったんだよね。
「何ヶ所か杭を打っているようだけど、あれは大まかな目安かしら?」
「………その通りです。右がKOBANと観光案内所、左が待合室となります」
段々わかってきた。ボールを投げて一、二、三と心の中でカウントすればいいみたい。
ふむふむ。
「道路の幅は私が決めていいと聞いているけれど、問題ないのよね?」
これだけ広ければセットバックし放題だもんね。
「…………」
はいきた。一、二、三。
「いかようにも対応できると思います」
「できれば領都の中心部の道路は全て石畳にしたいのだけれど、まあすぐにはできないと思うから、ひとまずKOBANとオーベルジュ周辺だけ整備するわ」
はい。成形魔法でチャチャッとやっちゃうぞ宣言です。
「それと、待合室の前に停留所の目印となる案内板――ああ、それがこの大時計のことだけれど、それを立てる予定だから――ええと、案内板と掲示板とが待合室の左右に立ってる感じにするかなぁ……」
後半は独り言だけど、そう言って空き地を見ていると、クエルがじいっと見つめてきた。
え? 何? 何かしらあるようだけれど、私は鈍い方だから何かあるなら言葉にしてよね。
「……………………マルティーヌ様」
おっそ!
自分から話し始めるときはそこまで間が必要なの?
「何かしら?」
「…………今おっしゃったことをこの図面に書き込んでもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、ええ。どうぞ」
クエルがペコリと頭を下げて図面を自分の方に向けると、サササとメモをしている。
へえ。文字を書くスピードは速いんだね。
じゃあ、私は私の作業を始めますか。




