14 護衛の到着
執務室に入った途端に、一人の少年と目が合った。
え? この美少年は誰?
いかにもファンタジーって感じの白い髪に赤い瞳。身長は私より十五センチくらい高い。どこか幼さを残したような面影は、庇護欲をかきたてられる。
ヤバい。私って、セクハラオヤジの素質があるみたいだわ……。
頬をちょっと撫でてみたいなどと思ってしまった自分に恥じていると、少年がピシッと姿勢を正して頭を下げた。
それを見たレイモンが満足げに、「マルティーヌ様。リエーフでございます」と、少年を紹介してくれた。
……う。
当主の威厳も何もあったもんじゃない。だって名乗りもせず、リエーフっていう子のことをガン見していたんだからね。レイモンも気づいたよね? いや、本人も気づいたはず。
こういう綺麗な子って、小さい頃からみんなに見つめられて育っただろうから、他人の視線に敏感そう。
うわぁ、恥ずかしい。
「リエーフは、先々代の旦那様の護衛を務めていた者にその才能を見出され、幼少の頃より訓練を重ねて参りました。まだマルティーヌ様と同じ十二歳ですが、着の身着のまま森の中に放置されても生き抜けるだけの技量を既に持っております」
何それ? この世界って、サバイバル能力が必要なの?
ん? 先々代ってマルティーヌの祖父だよね。まったく記憶にないわ。
「先々代の旦那様は、マルティーヌ様がお生まれになる前に亡くなられておりますので、ご記憶はございませんでしょう。リエーフの師も、とうに現役を引退しております。マルティーヌ様も学園に入学されましたら外出の機会も増えるでしょうから、護衛が必要になるかと思いまして、勝手ながら領地で育成しておりました」
もうレイモンったら――。
泣かせないでよね。そういうことって、普通は父親が考えることだよね。
「……マルティーヌ様がお嫌でなければ、リエーフをお側に置いていただきたいのですが。もしご不快に感じられるようでしたら、この者はすぐさま領地に戻し、二度とお目汚ししないことをお約束いたします」
え? え? 待って。待って。お目汚しって何?
何よ、その究極の二択みたいなのは?
え? もしかして私がセクハラしそうに見えたの? ちょっと見惚れただけじゃないの。
「何一つ不快なことなんてないわよ? こちらこそよろしくお願いね、リエーフ」
え? 二人とも何をそんなに驚いているの? 私、変なこと言った?
リエーフはパチパチと目を瞬いている。それでもレイモンがチラリと視線をやると、ハッとして口を開いた。
「お初にお目にかかります。騎士としてはまだ半人前ですが、マルティーヌ様の護衛を務められるよう精進してまいりますので、よろしくお願いします」
お、おう。私の護衛騎士か。
今後は王都だろうと領地だろうと、私の行くところには全てリエーフが護衛として同行することになる訳ね。
今日の午後、視察のために領地に行く訳だけど、もちろんリエーフも一緒だよね。それって思いっきり蜻蛉返りだ。馬は大丈夫なのかな。
まあ、そういうことはレイモンが抜かりなく考えているか。
昼食をひとりぼっちで食べさせられそうになったので、リエーフの歓迎も兼ねてみんな一緒に食べたいと我が儘を言って、ダイニングルームで一緒に食べてもらった。
ランチはローラが作ってくれた。
軽く焼き直したパンと、ベーコンと野菜を焼いたものだけだったけど、とても美味しくてお腹がいっぱいになった。
「ローラは料理上手だったのね。言ってくれればよかったのに」
私は料理は「出来る」だけで、決して「得意」ではない。ただ単に、前世の定番料理の作り方を知っているだけ。
「得意というほどでもございませんが。必要に駆られてやっていくうちに出来るようになったまでですので」
あー、家族多かったもんねー。ここは便利な家電もない世界。家事に費やすマンパワーって相当だよね。
ローラは満足なものを用意できず申し訳ないと、しきりに恐縮していた。これで十分なのに。
パンに挟んでガブリといきたいところだったけど、さすがに、そんなはしたないことはできなかった。
食事を終えると、私以外の四人はバタバタと動き回った。特にレイモンは大忙しだ。
「ドニ。メイドの採用は任せます。テキパキと仕事をこなせる者を一名だけ採用しなさい。住み込みを希望する場合は、部屋を自分で整えさせるように。それと応接室の壁紙を貼り替える手配は――」
「はい。職人が明後日来る予定になっています。私の方で抜かりなく対応いたします」
「よろしい。できれば絵画も変更した方がよいので、屋敷の中からふさわしいものを数点選んでおくように」
「はい。この屋敷にあるものは全て把握しておくつもりですので、お戻りになるまでに確認しておきます」
うわぁ。レイモン、諦めてなかったのか。公爵をおもてなしするのに譲れないものがあったんだね。うん。口を挟むのはやめておこう。
ドニもいつもの色っぽい笑顔じゃなくて、キリッとした執事顔で受け答えしているもんね。
あ、でも――。メイドの採用はドニに一任されたので、合格者を見れば彼の趣味がわかるかも?
領地での差配や、私たちが泊まる宿屋の予約もしたいとのことで、レイモンは一足先に出発することになった。
レイモンは領地まで、また馬で帰るという。いったい幾つなんだろう? 結構いい歳だと思うんだけど、すごい体力だよね。
ドニとローラが乗ってきた馬車はカントリーハウスで使用している紋章の付いていない馬車で、ドニたちを降ろした後、すぐにそのまま領地へと引き返したらしい。
「レイモン。ちゃんと休憩しながら帰るって約束してね」
「お気遣いありがとうございます。どうかマルティーヌ様もお気をつけて。ドニ、留守を任せましたよ。何かあれば早馬を寄越すように。ローラ。リエーフ。マルティーヌ様をよろしく頼みます」
三人は声を揃えて、「はい」と元気よく返事をした。
私もドニたちと一緒に馬上のレイモンを見送った。
その姿が見えなくなると、なんだかひどく心細く感じた。
リエーフの外見は、この世界でも少々変わっているのです。それについてはもう少し後の方で触れる予定です。




