136 運動会を終えて
来週から(火)(金)の週2回更新に変更します。
春の大運動会は大成功だった。
アレスターが乱入するハプニングがあったけれど、まぁアレはアレで子どもたちにはウケていたし……。
参加してくれた誰もが満足してくれたと思う。
レイモン情報では、気の早い子は翌日に賞品を交換したらしい。
……ただ、運動会終わりの公爵のお小言には参った。
運動会の終了を告げるように三時の鐘が鳴る中、満ち足りた気分で領民たちを見送っていたとき、背中にぞわぁっと悪寒が走ったので、絶対に振り向いちゃいけないと思い固まっていた。
それでも逃げられる訳などなく、「後は使用人に任せればよいだろう。夕食の前に少し話がしたい」と公爵に声をかけられてしまった。
私はとりあえず『微笑』をセットして、面談を避ける言い訳を考える時間を稼ごうとしたのに、ドニが、「マルティーヌ様。こちらの片付けは私どもにお任せください」と、公爵をアシストした。
おのれっ、ドニめっ!
寝返ったか? 公爵邸に長居し過ぎて染められてしまったのか?
うちの使用人なら、私の盾となって灰になるまで戦ってほしかった。
「まずはこの俺を倒してから行け」的な自己犠牲の精神はないの?
私は喜んでドニの屍を超えて行ったのに。
私を突き放して速攻、背を向けて行ってしまうとは!
くぅぅ。
「それでは一時間後に応接室でいかがでしょうか?」
「承知した」
このヤロー! ドニの馬鹿っ!!
「マルティーヌ様。まずは急ぎ湯浴みをなさいませんと。一時間ではお支度がギリギリです」
公爵、パトリック、サッシュバル夫人と本邸の方へ向かって行く最後尾に私が加わろうとしたとき、ローラがそっとささやいた。
そして近くにいた女性使用人に何やら耳打ちをしている。
多分、湯を張る準備を急がせたんだね。使用人なら走って裏から入れるからね。
湯浴みか。そっか。朝からずっと外にいたから、ちゃんとした会合には身綺麗にして臨まないとね。
公爵のお相手をするとは、そういうことだよね。ローラ……本当に成長したね。
もしかしたら夫人も同席してくれるかな? お菓子で釣ればパトリックが来てくれるかな? ――なんて甘い期待を抱いていたのに、
「公爵閣下がマルティーヌ様とお二人でお話ししたいとのことですので」
と、夫人やパトリックに伝言を頼もうとしてレイモンに止められた。
……終わった。
私も大人だからわかる。公爵の言いたいことは、よーくわかる。もう想像がついちゃう。
あれだよね。もっとちゃんと事前に報告して相談しなきゃいけなかったんだよね。
あと多分、パトリックを便利使いしたけど、それもよくなかったよね。公爵家令息だもんね。
ケジメは大事なので、それはそれは神妙な顔をして、しっかり公爵からお小言をいただいた。
話し始めた公爵のメラメラオーラが凄かったから、これは一時間コースか? と覚悟したけれど、意外にもお説教は三十分ほどで終わった。
「次に開催する際は事前に連絡を忘れないように」と言われたってことは、第二回を開催していいってことだよね? ふっふー!
多分、九つの点の問題が解けて気分がいいんだね! よかった。よかった。
◇◇◇ ◇◇◇
公爵たち一行が帰った後も、しばらく運動会の余韻に浸っていた。
だって当日参加できなかった領民が泣いて悔しがるほど大好評だったと聞いたからね!
次に開催されるときは何を置いても参加すると息巻いているらしい。
そして付き添いの大人の人数も増やしてほしいと嘆願が相次いでいるとレイモンがこぼしていた。
うっふっふっ。そうでしょう? 楽しかったでしょう? いい思い出になったでしょう?
やっぱり一堂に会してワイワイ騒ぐのっていいよね。私も大好き。
収穫祭って食べることがメインだから、エネルギーが有り余っている子どもたちはお腹いっぱいになったらそれまでで、すぐに飽きちゃうと思う。
それに大きなイベントが一年に一回だけって少ないよね。やっぱ『毎年春は運動会』って根付かせたいな。
そうなってくると大事なのが、第二回開催だ。
前回と比べてショボかったらテンションガタ落ちだもんね。
ただ参加者については要相談だなぁ。大人も一緒に集まるってことは、収穫祭並みに領民が集合しちゃうことになるから、ちょっと大変そう。
大人が競技に参加している間の子どもの面倒とか、全員分の食事をどうするとか、とにかくいきなり第二回開催から欲張るのは止めておこう。
そうなると目新しい競技でみんなの関心を引くのが一番簡単かもしれない。
何より私が見てみたいし、何なら参加したい――けれどそれは――うーん無理だろうな。
パトリックなら一緒に参加してくれそうだけど、レイモンも公爵も、「絶対に駄目」って言いそうだもんな。
子どもたちが服を引っ張りあったり、平均台から突き落としたりしているのを見ているもんね。
そうなると『パン食い競争』もアウトか。
吊り下げたパンにかぶりつくなんて、下品を通り越して動物みたいに映るかもね。前世で経験できなかった分、今一番やってみたい競技なんだけどな。
まあできない競技のことは忘れて、まずは子どもたち向けの新競技を考えよう。
前世の定番でいうと『綱引き』。
ロープを用意するだけでいいし、競技の説明も超簡単。ただただロープを引っ張るだけだもんね。
ただ組み分けに悩みそう。それに勝者がチームとなると商品をどうしたらいいか……。
あ! いっそアレスターたち騎士 V.S.子どもたちにしちゃおうか。
競技に入る前の準備運動的なものとして導入するのはアリかな。
…………いや。
アレスターが無茶をする光景しか浮かんでこない。
相手が子どもだろうと手加減なんかしないで、「おおりゃあ!」と引きずりそう。小さい子は怪我しちゃうよ。
うん。綱引きは保留。
となると。前世で楽しかったのは『玉入れ』。
あ、でもこれもチーム戦か。それに障害物競争のように、興奮してルールを逸脱する危険があるかも。
誰かが面白半分に人に向けて投げたら、次々と真似する子が出て玉のぶつけ合いになりそう。
うーん……。
それなら、握れない大きな玉を使う『大玉送り』なら大丈夫かな?
ちゃんと大玉に触れられるように背の高さを調整して並ぶ順を考えるのが大変だけど、ふざけて進行方向じゃないところへ運ぼうにも、一人じゃどうしようもないからね。
あ、でも……。そんなつもりはないのに大玉を制御しきれず来賓席の方へ転がっていくと大変かも。
あ! 同じ大玉でも頭上を運ぶ『大玉送り』じゃなくて、二人で地面の上を転がしていく『大玉転がし』なら大丈夫かな。
ペアを作って競争させれば、ふざけないでレースに集中してくれるかもしれない。
優勝者も決められるしね。これは新競技の候補に入れておこう。
あとはまあ、あのビニールで出来た大玉をこっちの世界でどうやって作るかだな。まあやることになったら考えるか。
他には『ピンポン玉競争』とかあったな。
あ、これもピンポン玉の代替品がいるか。普通に卵をお玉に載せて走ったらどうだろう?
落とす子が続出するかな? そうすると、あちらこちらで卵が地面にべちゃあ……。
これは掃除も大変だし、何より食べ物を粗末にすることになるから駄目かも。この世界じゃあ卵は高級品扱いだしね。
もういっそのことコップにタプタプの水を入れて走らせて、残っていた水の量が多い人が勝ちとかにしちゃおうか。
いやあ。どうかなぁ。
お手本の使用人たちは器用に走るかもしれないけれど、子どもたちは軒並み全部こぼしちゃいそうだなあ。
あとプラスチックのコップもないから落として割れたら大変だ。
なんだかんだで制約があるな。
……あ! 普通に二人三脚を忘れてた!
道具の準備もいらないし、めっちゃ簡単にできるじゃん!
レースを始める前にちょっと練習が必要だけど、五分くらいやればコツを掴めると思うし、大人同士でも面白いもんね。
ずっこけても楽しいし、息が合えば普通に走れるしね。うふふふ。わざと男の子と女の子のペアを作ってもいいかもね!
子どもの部と大人の部とで優勝者を決めてもいいかもしれない。
結局のところ、運動会の種目は普通に走ることを前提に考えた方がいいのかもね。
五十メートル走をやったから、次はリレーとかね。
あー、でも、トラックの概念がないんだよね。そこから始めるのはちょっとしんどいな。
いっそのこと、大縄跳びにでもチャレンジしてもらおうか。
個人戦だと時間がかかるから、何人まで入れたかで競わせる?
それとも、五人とか人数を決めて何連チャンできたかで勝敗を決める?
これもチーム戦かあ……。
うーん。うーん……?
もう悩んでいても仕方がないから、リエーフとマークでも呼んで、実際にいくつかやってみてもらおうか。
アレスターに見つからないように二人を呼ばなきゃね――これが一番難しいんだった‼
やっぱり種目がどうとかは、第二回開催が正式に決まってから本格的に検討することにしよう。
ちゃんと忘れずに公爵に報告、連絡、相談してOKをもらってから考える。
報・連・相――これが大事!
7月16日(水)に「転生した私は幼い女伯爵」の3巻が発売されます。
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