131 春の大運動会⑥ 謎解き
採用予定者は表彰式の後、個別にアプローチする予定なので競技の方を進めていく。
何気に午前の部の方がスケジュールがタイトなんだよね。
「皆さーん。一つ目のお絵描きはここまでとします。描いた紙は持って帰っていいので、ご家族に見せてあげてください。鉛筆はこの後も使うのでそのままにしてください」
「えー」とか、「まだ描くー」とか子どもらしい返事が聞こえたけれど、ここは私都合で先に進める。
「では、これからまた別の紙を配ります。私が『いい』と言うまでは触らないでそのままにしておいてくださいね」
そう言うと、使用人たちが一斉に紙をテーブルに配布していく。もちろん問題が見えないように裏返しにして。
二つ目の競技は『謎解き』。
ふっふっふっ。
前世の有名な『九つの点の問題』を解いてもらうのだ。
こういうのがすぐにピンと閃く子はIQが高いと思うんだよね。
「まず、これからやってもらうことを説明しますね」
イーゼルの木の板の上半分に正方形の頂点を四つ書く。
「こんな風に四つの点があるとします。この点をまっすぐな線で繋いでみますね」
そう言って、左上の点から時計回りに右上、右下、左下、最後に左上と直線で繋いでみせた。
鉛筆だと見えないので、黒絵の具をたっぷりつけた筆で、極太の線を引いた。
「四つのまっすぐな線で点を繋ぐことができました。では、次は違うやり方をしてみます」
下半分にもう一つ正方形の頂点を書くと、今度はアルファベットのZを書くように直線で一筆書きをしてみせる。
「どうでしょう。今度は三つの線で繋ぐことができました」
うわぁー、ポカンとされている……。
「えー、今私が書いたように、一度書き始めたら最後まで手を離すことなく、また、一度書いた線の上をもう一度通ることなく、まっすぐな線で全ての点を繋いでほしいのです」
うーん? 理解できたかな? まあ、やってみるか。
「では紙をひっくり返してください」
バサバサと紙をひっくり返す音が聞こえる。
……あ、前の方の子どもたちは目が点になっている。
正方形――って言っても通じないか。
「コホン。三つの点が縦横同じ間隔で三列に並んでいますね。この九つの点を先程私がやったように、まっすぐな四本の線で繋いでください。線は先ほどと同じ一筆書きです。途中で鉛筆を紙から離して違う場所から線を引き始めるのはなしです。色々と試して、四つの線で繋ぐことができたら前に出てきて、私の前でやってみせてください。さあ、始めてください」
シーン。
ほとんど手が動いていない。どうしよー。
「マルティーヌ!」
来賓席に帰ったはずのパトリックが私のところに駆け寄って来た。
「僕もやってみていいかな?」
は?
「え、ええ。いいですけど」
「何だか面白そうじゃないか」
「で、では。余った問題用紙をお席に――」
「いいよ、いいよ、ここで」
パトリックはそう言うと説明用に使った薄板をひっくり返して、私から筆を奪い取ると、勝手に点を書いて、うんうん唸りながら考え始めた。
そしていろんな方向に線を引いていき、たちまち真っ黒にしてしまった。
「悪い。もう一枚もらえるかな?」
スコットが薄板を交換すると、すぐにまた何本も線を引いていく……。
もう、好きにしてください。
「マルティーヌ様」
いつの間にかドニが側に来ていた。
「来賓の皆様もやってみたいとおっしゃっています」
はぁ?
パトリックはわかるけど、公爵も?
マジか? と思いながら来賓席を見ると、サッシュバル夫人がうんうんとうなずいている。
「そ、そう。では余った問題文と予備の鉛筆をお貸しして」
「かしこまりました」
大丈夫かなぁ? 子どもができて公爵が出来なかったらシャレにならないよ。
「マルティーヌ。本当に四本の直線で一筆書きできるの?」
パトリックが薄板を睨みつけながら聞いてきた。
ふっふっふっ。そう、四本だからね!
「はい。四本です」
「うーん……」
パトリックがちょうどいい具合にあれこれ線を引いてみせてくれたお陰で、子どもたちも考え方がわかったらしく、手を動かしだした。
来賓席の三人も問題とにらめっこをしている。
誰か解ける人いるかなー。
これは時間をかけてどうこうなるものでもないので、無理そうなら早めに切り上げる予定。
でも、どうしようかな。公爵が解けた時点で終了にしようかなぁ。
どうやらパトリックは無理みたい。
チラチラと公爵を見ていたら、突然ハッとした顔で手を動かしていた。
お! 解けたのかな?
ドヤ顔で私に視線を送ってよこしたので、「はいはい」と公爵の席まで行くと、「線を引いてみせるので新しい問題用紙をくれ」と言われた。
くぅー。やるなー。これ、解けた人は絶対にそれが正解だってわかるからね。
「ではやってみてください」
公爵は左上の点から真っ直ぐ右に線を引き始めた。
右端の点を通過してから左斜め下に斜線を引き、左端の点が縦に並んでいるところの真下まで引いたら、ゆっくりと左上の点に向かっていき、最後に右斜め下に向かって残りの点を結んだ。
「正解です。お見事です。さすがですね」
すごいね。やっぱ頭いいんだね。
「まあ! リュドビク様! よくおわかりになりましたね。私は解けませんでしたわ」
「私もです。そうか、はみ出しては駄目というルールはなかったですね」
サッシュバル夫人とジュリアンさんが褒め称えるので公爵は少しだけ口元が緩んでいる。
相当嬉しいんだな。
「おーい! マルティーヌ!」
今度はパトリックだ。解けたのかな?
「この子ができたって!」
え? パトリックのそばに恥ずかしそうにしている男の子が立っていた。私より小さい子だ。
解けたの?
急いで男の子のところへ行き、パトリックが使っていた薄板の上に新しい問題用紙を載せる。
絵の具がまだ乾いていない部分が黒く滲んだけど、そんなことはどうでもいい。
「じゃあ、やってみせてちょうだい」
男の子にそう言うと、その子はコクンとうなずいて鉛筆でゆっくりと線を引いた。
見事に公爵と同じ引き方だった。大正解!
「すごいわ。正解よ。よく思いついたわね」
男の子は褒められて恥ずかしいのか、モジモジしながら俯いてしまった。
「お名前は?」
「……イアン」
「そう。ありがとう、イアン。席に戻っていいわよ」
念の為腕の番号を確認してから男の子を席に戻した。
「今一人問題を解けた人がいました。他にもできた人はいますかー?」
返事なし。じゃあここまでだな。
「はい、それではここまでとします。正解を発表しますね」
新しい薄板をイーゼルにセットして、パトリックから奪い返した筆で傘のような線を引いてみせた。
すると案の定、「ずるいよー」とか、「なんだよー」みたいな声が聞こえてきた。
ふっふっふっ。いいの、いいの。
「では皆さん! 頭を使ったので、これからみんなで楽しい遊びをしましょう。まずはテーブルを動かすので、全員立ってください」
子どもたちが立ち上がると、使用人が前後のテーブルをくっつけて回った。別の使用人がトランプサイズの薄板の山をその中央に置いていく。
「六人ずつのグループができましたね。薄い板でできたカードには絵が描かれています。まずは全部のカードを並べてみんなで見てみましょう」
神経衰弱のためのトランプもどきを作ろうと、前世の記憶を頼りにトランプサイズの薄板に色を焼き付ける感じで動物の絵のカードを作って、ローラに見せたら、「狐ですか」と言われた。
猫だったのに。
そこで、動物はやめて野菜と果物のカードを作った。そして文字も書いた。二十種類を二枚ずつ。
たとえ何の絵かわからなくても、描かれた物が同じカードを集めるだけなので問題ないはず。
「野菜と果物の絵が描かれていますね。同じ絵が二枚あることに気づきましたか? それでは裏返して絵が見えないようにしたカードをバラバラに並べてください」
できていないテーブルは使用人たちがフォローしている。
使用人が傍へ下がったので、準備オッケーだね。
「では、これから順にカードを二枚めくってもらいます。二枚とも同じ絵だったらめくった人の物になります。めくった二枚が同じ絵だったら、続けてもう二枚めくれます。絵が違ったら次の人に交代です。そうやってテーブルの上のカードが無くなるまで続けてください。一番たくさんカードを集めた人の勝ちです。前の人がめくったカードの絵を覚えていないと集められませんよ? さあ、順番を決めたら始めてください」
こういうのはやっていくうちにわかるものだから、もう後は好きにやってもらう。
どのテーブルにも察しのいい子がいるようで、きゃっきゃっと楽しそうに遊んでくれている。
前の方のテーブルでは、「もう一回やろう!」などと二回戦に突入しそうな勢い。
ちょっと待ってね!
「皆さん! カードを一番多く集めた人は、前の方に出てきてくださーい」
それぞれのテーブルのチャンピオンが十四人だったので、五人、五人、四人でもう一試合ずつしてもらうことにした。
「じゃあ勝者の中の勝者を決めますので、先ほど負けた人は、どのテーブルでも自由に見学していいですよ。皆さん、前の方に集まってくださーい。見るだけですよ。教えちゃ駄目ですよ。『惜しい』とかもなしですよ!」
ギャラリーがいると盛り上がるよね。カードが揃うごとに歓声が上がるからやっている子どもたちも結構なテンションの上がりよう。ガッツポーズも出てる。
そうして最終的に三人のチャンピオンを決めた。
なんとさっきの九つの点の問題を解いたイアンが神経衰弱でも勝ち残っていた!
もう、君に決まりだね!




