13 領地視察に向けて
料理人の採用については、連絡やら契約やらをレイモンが、受け入れ準備をローラがしてくれることになり、私は目下、対公爵作戦に没頭している。
執務室にでんと置かれた前当主のデスクと椅子は、私の身長に合わないため、相変わらずソファーにちょこんと座っている。
傍目には、大人の仕事を邪魔しに来た子どもみたいに見えるかもしれないけど、ちゃんと考えているんだからね。
公爵との面会は、つまるところプレゼン大会だ。
貴族の面会? だか面談? が、どういうものなのかは知らないけど、今回の目的は、「マルティーヌは真面目に領地経営に取り組む意欲が有り、将来有望な人間であると公爵に認識してもらうこと」。
そのためには、プレゼン資料を作りこまないとね。
そして資料を作るには、何をおいてもまずは領地に行かなくっちゃね!
「あー、コホン」
……ん? どうしたレイモン?
「う、うぉほっん」
言いたいことがあるのなら、はっきり言えばいいのに――と思った途端、自分がもはやソファーに座っていないことに気がついた。
発熱しそうなほど脳みそを使っていた私は、気づけばソファーの上でうつ伏せになり、膝を曲げて足をぶらつかせていた。
ヤバッ。前世の癖、丸出しじゃん!
私が何事もなかったかのように座り直すと、レイモンも何事もなかったように口を開いた。
「マルティーヌ様。取り急ぎフランクール公爵閣下に返事を差し上げませんと」
「そ、そうね」
そうだよ。礼儀知らずな娘だと思われたらマイナスからのスタートになっちゃう。
またしても文面はレイモンにアドバイスをもらいながら、二週間後にご足労いただけることに対してお礼を書いた。
「本来でしたら、先方のお好みを把握した上で茶葉や茶菓子を手配するべきなのですが――。そこは潔く諦めましょう。マルティーヌ様のおっしゃる通り、マルティーヌ様自身の売り込みを成功させることに注力するべきかと。もちろん私ども使用人は、マルティーヌ様を当主としてお支えする決意であることを、当日は態度で示す所存です」
お、おう。サンキュー。レイモンの意気込みも相当だね。私も頑張らないと。
「――となると。やっぱり領地のことを知っておかなくっちゃ。何にも知らないじゃあ、話にならないわ。そうだ、レイモン。私ってそもそも領地に行ったことあるの?」
レイモンは伏し目がちに、「いいえ。ございません」と答えた。
だよね。記憶にないもん。
……え? そんな領主――領民はどう思うの?
「レイモン! 私、どうしても今すぐ領地に行かなくっちゃ!」
「マルティーヌ様。落ち着いてください」
「落ち着いてなんていられないわ! やっぱり相続したからには、ちゃんと領地にも行って現状把握に努めたっていう実績を残しておきたいわ。あぁそれにしても、お父様が亡くなってもう五日も経ったのね。くぅ。今日出発したとしてよ、行って帰るだけでも五、六日か、もしかしたらもっとかかるんでしょ? 帰ってから資料を作成する時間て――え? えーと。えぇ! もうあんまり時間、残ってないじゃん」
「じゃん?」
うわっ。ヤバい。前世の私が前面に出過ぎちゃった。
でもとにかく、なんとしても行かねばならんのだよ。絶対に!
「ねえレイモン。領地視察は、話を聞きながらだと二日は必要なのよね?」
「はい……」
なるほど。じゃあ、片道移動に三日として往復で六日でしょ。視察に二日かかるとなると、資料は五日、いや四日で作成しないといけない。
プレゼンだけじゃなく、公爵ご一行のお迎えからお見送りまでのリハに一日取りたいし、もしかしたら王都に帰ってからの休養が一日じゃ足りないかもしれないしね。
あれ? そう考えたら、帰りの移動を四日としてリハと予備日を設けると、資料作成は三日だよ。
仕方がない。これでいこう。いくしかない!
「レイモン。お願い。できれば今日の午後にでも出発したいわ。我が儘を言うようだけど、ここが正念場だと思うのよ。私、立派な領主になりたいの。そのためにも、きちんとした方に後見人をお願いしたいの。私を支えてくれると言うのなら、最初の一歩を確実なものにするために協力してくれないかしら」
「マルティーヌ様――」
そうだった。私、まだレイモンやローラたちに、領主としてちゃんと挨拶していなかった。私の意気込みについてもね。
「かしこまりました。先程の私の後ろ向きな発言をお許しください。リエーフもそろそろこちらに到着する頃ですので、ちょうどよかったかもしれません。それではすぐに手配いたします。この屋敷には留守役としてドニを残します。明日からは料理人も来ることですし、使用人たちの心配はいらないでしょう。私はこれから領地への指示をいくつか分けて出しますので、マルティーヌ様はローラと一緒にご自身の準備をなさってください」
「リエ……? とにかく、ありがとうレイモン! よろしく頼むわね」
オッケー。旅の準備に取りかかろう。
ローラにはアルマの部屋の準備を先にしてもらうことにして、私はひとり自室でニヤニヤしていた。
なぜなら、今からワンピを制作するから!
だって視察ということは、二日間、歩き回るんだよ? じゃあ茶会用のうふふなドレスなんて着ていられない。
脱ぎ着しやすいワンピと、野山を歩けるようなパンツを作っておきたい。
できれば領地ではずっとパンツで過ごしたいな。あぁでもレイモンのお許しが出ないかもしれない。一応、ワンピの下に履けるようなクロップドパンツも作っておくか。
現地のお偉いさんとの顔つなぎとかってあるかな? あればドレスも必要か。まあどうせ馬車に積むんだし、一着くらいは持っていくか。
となると、靴はドレス着用時の三センチヒールに、ワンピ用のぺたんこパンプスと、視察用のブーツ。あと、どっちもありのローファーだな。
「じゃあ、ちゃちゃっと作っちゃおう」
手持ちの材料を確認すると、ソフィアとお茶会に行っていた頃の子ども時代のドレスが二十着くらいと、金や銀のアクセサリー類があった。
贅沢だけど、ファスナーは金で作ることにしよう。
試しに、ピンク色のサテンのドレスと金のネックレスを手に取って、ウエストにタックを入れてフォルムを変えたデザインを思い浮かべてみた。
「あっ。出来た! すごい! ちゃんと背中にファスナーも付いてる!」
試着してみると、身幅が小さかった。
ファスナーを上げつつ、体に沿わせてもう少し幅を広げることをイメージすると、するすると広がっていく。
「えー。何これ!? ぴったりフィットする服が作れるじゃん!」
子どもらしい黄色いドレスは、ちょっとおしゃまにモックネックのドレスに変えてみた。一部をシルクシフォンに変えてスカートの裾にドレープを重ねる。
「ふっふー。ゴージャスー! あー楽しい!」
上機嫌でサイズを大きくしながらデザインし直していき、残るはパンツのみとなった。
「……あ。パンツは綿素材がいいな」
使っていない部屋のカーテンでいいか。
私たち家族が使っていた部屋のカーテンは派手な柄ばかりだったので、使用人たちの使っていた部屋を覗いてみた。
「当たり! こういう焦茶色の無地とかでいいんだよ」
早速部屋に戻りパンツも二着作成した。
履いた状態でフィット感を調節できるってすごく便利。体型が変わってもいつでも直せるわ。まさに自由自在。
「さて――と。旅行の荷物って、アウターだけじゃないから。この世界じゃ何が必需品なのかも知らないんだよね。うんまあ。それはローラに頼もう」
可愛らしいトランクも作ろうかなどと考えていたら、レイモンがドアをノックした。
人前に出られる状態ではないので、ドア越しに会話をする。
「マルティーヌ様。領地より呼び寄せた者が到着いたしましたので、お手隙でしたらご挨拶をさせていただきたいのですが」
え? いつの間に? そんな話、してなかったよね?
「ええ大丈夫よ」
「では、執務室までお越しくださいませ」
「わかったわ。ちょっとだけ片付けてから行きたいの。少し待っててもらえるかしら?」
「かしこまりました」
ベッドの上に脱ぎ散らかしたワンピやパンツをそのままにはしておけないしね。




