127 春の大運動会②
運動会まであと二日と迫った今日。
ドニと庭師のじいじがカントリーハウスにやって来た。
レイモンに渋い顔をされたけど、やっぱりエントランスまで迎えに来ちゃった。
「じいじ! 久しぶりね。長旅で疲れたでしょう?」
じいじって幾つなんだろう?
長時間の馬車での旅って疲れるよね。しかも改造馬車じゃなく普通の馬車だもん。本当にごめんね。
「いえいえ、なんのこれしき。まだまだ若いもんには負けませんとも」
「タウンハウスを一週間ほど空けることになって心配でしょう?」
「ははは。最初は孫に任せようと思ったのですが、後々のことを考えたら孫の方がマルティーヌ様との付き合いが長くなりそうだったんで一緒に連れてきました……。その代わりに、いつも『暇だ暇だ』と言っていた馬手に、馬の水やりついでに庭にも水をまくよう言っときましたから心配いりません。あいつは口では色々言っていますが、頼まれた仕事はきっちりやる奴なんで」
ん? 孫? は?
「そ、そうなの? よかったわ」
タウンハウスの馬手の顔を思い出そうとしたけれど、うっすらとしか思い出せない……。
まあ、タウンハウスに戻ったら声をかけるとしよう。
「早速ですが、孫のグレンを紹介させてください。こちらでもお庭を整備されたいとのことでしたので、レイモンさんに許可をいただいて連れてまいりました」
じいじはそう言うと、「おーい、グレン!」と振り返って大声で孫を呼んだ。
エントランスのドアが開いて茶髪の少年が入って来た。
背は私より高いけど何歳だろう?
「マルティーヌ様。これが孫のグレンです。わしが引退したらこいつを後釜にと思って仕込んでいたところです」
「初めまして、マルティーヌ様。ぼ――私はブルースの孫のグレンです。十四歳です」
お、おう。じいじって、ブルースっていう名前だったのか。
私が繁々とグレンを観察していると、レイモンが横から口を出した。
「ブルース。グレン。挨拶が終わったのなら部屋に下がりなさい。マルティーヌ様。このようなところで立ち話をなさらず、改めて応接室でお話をされてはいかがでしょう?」
確かに。
「そうね。そうしましょう」
レイモンの視線を受けてローラがサッと動いた。さっすが。お茶の準備のために厨房に行ってくれたみたい。
応接室のソファーに座っているのは私だけで、じいじとグレンはドアに近いところに立っている。
つまり私からは遠いので、何となく話しづらいけど、レイモンとローラがいるから領主として当たり前のようにしていなくちゃね。
「じいじ――と呼ぶのは改めなくてはならないわね。ブルース。私が物心ついたときから、あなたはずっと王都のタウンハウスにいたと思うのだけれど、この屋敷には来たことあるの?」
ブルースはにっこり微笑んで、「はい」と答えた。
「元々はこちらのお屋敷で働いておりましたから。そのように不思議な顔をされても、わしはマルティーヌ様の何倍も生きておりますのでな。年寄りには十年や二十年なんて昨日と変わらないんですよ。元々モンテンセン伯爵領の出身で、先々代のヘンドリック様の命令でタウンハウスの庭の世話をすることになり引っ越したのです」
えっ? そうだったの? 王都出身の人じゃなかったんだ……。
「ですが、グレンは生まれも育ちも王都の外れですから、こちらにお邪魔するのは初めてになります」
「はいっ。ものすごく楽しみにしていました。来られてよかったです!」
お、おう。
「そ、そう? では、この屋敷の庭にも昔は花が植えてあったのね」
今はなーんにもないんだけどね。
なんていうか、手入れはされているから雑草とかは生えていないんだけど、人の手による造園はなされていないんだよね。
エントランスの前の道とかは、石畳が美しく整備されているし、敷地内には木々が配置されて植物もあるにはある。
多分、十五年前までは今よりも美しい庭が広がっていたんだろうな。
「わしもこちらに到着してあまりの変わりように驚いたのですが、草花の類が見当たりませんな」
遠い目をして聞いていたレイモンが口を挟んだ。
「そういえばマルティーヌ様はタウンハウスを離れられる際も、庭の花を気にかけていらっしゃいましたね。カントリーハウスの庭につきましては、私の不徳の致すところです。ニコラ様の代になってからは諸々の支出を切り詰める必要がございまして、ブルースの後継を決めぬまま現在に至ります」
出たな、ゲス親父! なんかあったらいっつもアイツの仕業……。
「おぉぉ。それではマルティーヌ様はカントリーハウスの造園を始められるのですね?」
ブルースとグレンが期待に目を輝かせているけど、どうしよう。
「ええと、そうねぇ……」
そういうつもりじゃなかったけど、始めてもいいかもね。
本来はオーベルジュのお庭作りを頼むつもりだったんだけど。ま、いっか。
「もちろん、ゆくゆくはカントリーハウスのお庭もお願いしたいと思っているのだけれど、今回は別の場所を頼みたくて来てもらったのよ」
「別の場所ですか?」
そう!
「宿泊施設付きのレストランを作る予定なの。領地の内外からのお客様に泊まっていただいて、領内の美味しいものを食べてもらったり、ハーブティーのブレンド作りを体験してもらったり、森を散策してもらったりするの。じいじ――ブルースにはその宿泊施設のお庭を作ってほしいの」
「ほう……。となると一から始めるわけですね?」
「そうなの。だからブルースには、どこに何を植えたらいいのか意見を聞きたいの。タウンハウスを留守にするわけにもいかないだろうから、実際に手を動かすのはこちらの人間になるのだけれど。最初の一年間はブルースにも二、三ヶ月に一度くらい領地に来てもらって、進捗を確認してもらえると助かるわ」
よくよく考えると、カントリーハウスとタウンハウスの両方に庭師が必要だな。しかもブルースは引退が近いし……。
グレンの他にもう一人採用しなくっちゃ。
「かしこまりました。そのお役目、喜んでお引き受けいたします。こちらでの作業はグレンにさせたいと思いますが、このままグレンを残していってもよろしいでしょうか?」
「まあ、もちろんよ! 滞在中の部屋をそのまま使ってもらって構わないわ。必要な荷物は後で送ってちょうだい。グレン。あなたはそれでいいかしら?」
「はい、マルティーヌ様」
お! 二人とも乗り気なようで嬉しい。
「コホン。ではマルティーヌ様。建設予定地には後ほどキーファーさんかスコットさんに案内していただきましょう。この件は私にお任せください」
「ありがとう、レイモン」
あー、色んなことが着々と進んでいく。いい感じ!
運動会という名の選考会で、騎士や使用人の候補者を選ぶつもりだったけれど、庭師の追加を忘れないようにしないといけないな。
選考予定職種と人数をちゃんとメモっておこう。
1.騎士 ※採用予定の「見習い」を運動会で選出
リエーフの交代要員 1人(女性)
屋敷の警護 4人
中心街の見回り 2人(夫婦)
見習い 2人(内1人は女性)
2.将来的に私とレイモンの仕事の補佐をしてもらう使用人
※文官として王宮で数年勤務してもらってから領地に帰って来てもらってもいい。
文官見習い 1〜2人(今年度採用人数)
3.ロゴ製作者 ※冬場の内職でもいい
絵心のある人 1〜2人
4.ソース開発者
ソース開発の専任者 1〜2人
5.馬手見習い 1人
6.庭師見習い 1人
うん。こんなところだな。
そういえば、騎士の採用の話をディディエと進めなくっちゃ。あてがあるようなら早めに打診してもらいたい。
KOBAN勤務予定(中心街の見回り)の騎士は夫婦ものを考えているので、適当な人物が見つかるまではディディエに代行してもらって、まずは騎士が見回りをするということに慣れてほしいかな。
KOBANを増やすことを念頭に、ひとまず「カントリーハウスの警護及び後進の育成係」という名の下、即戦力の騎士を4人採用予定だけど、警護だけならアレスター一人で十分だからそれほど急ぎはしない。
急ぐのはリエーフの交代要員。今はアレスターたちが一緒だから、たまに私の警護を外れることがあるけれど、私が王都の学園に行く頃までには女性騎士がいてくれるとありがたい。
うーん。ともあれ、領内の子どもたちが大勢集まってワイワイ楽しんでくれるかと思うと、めっちゃくちゃ楽しみだなー!




