124 春を待つ日々
新年祝賀パーティーをつつがなく終えた私は、引き留めるダルシーさんから逃げるように領地に戻った。
公爵は去り際に一言だけ、「年越しの忙しいときに無理をさせてすまなかった」と労いの言葉をくれた。
あの公爵の口から出た言葉としては、最大の賛辞なのかもしれない。
ダルシーさんは新年のお祝いを兼ねたお土産だと言って、小ぶりな宝石類をいくつかくれた。
彼女の保有している宝石類の中では小ぶりな部類に入るだけで、前世の平民OLの目にはセレブ女優が受賞パーティーで見せつけるように身に付けている大物に見える。
0.何カラットとかじゃなくて、整数の何カラットって大きさだと思う。
ちょっとビビった。
それでも指輪とかじゃなくて、ブローチやネックレスにしてくれたところはさすがだ。未成年の私でも使いやすい。
私が公爵邸から戻った二日後にサッシュバル夫人も戻ってきてくれた。
「マルティーヌ様。随分と長いお休みをいただきましたが、その間のことはリュドビク様からお聞きしております。淑女レッスンを詰め込まれたそうですね。今秋はいよいよ王立学園に入学なさるのですから気を引き締めてまいりましょう。初夏には王都へ戻られるご予定と伺っていますから、あと半年ほどですね……。それまで引き続きよろしくお願いいたします」
「はい。私の方こそ、どうかよろしくお願いいたします。そういえば、新年祝賀パーティーではお見かけいたしませんでしたが、ご欠席されたのですか?」
そうなのだ。てっきり夫人と会えると思っていたのに会えなかったから残念に思っていたんだよね。
ああいうところでは知り合いの顔を見つけるだけで勇気をもらえるから。
「ええ。もう息子たちの代ですから。私はわざわざご挨拶することもないと思いましてね」
……え? 公爵の代になっているのに、ダルシーさんは参加していたよ?
「ふふふ。またマルティーヌ様の悪い癖が出ておいでですよ。さすがに領地では、というよりも一仕事終えられて休養を取られている今だから油断なさっているのでしょうけれど。まあ、まだ講義も始まっておりませんし、今日のところは不問に付すといたしましょう」
「は、はい。ありがとうございます」
何だか公爵邸での公爵みたいに、ここカントリーハウスでも私は表情をセットすべきだと、遠回りに言われた気がするけど、気づかなかったことにする。
今年の冬は暖かいらしく、レイモンから、一月の下旬から貯水槽を設置して回ってもよいと許可が出た。
久しぶりに工程表とにらめっこをしている。
一時期は左右にジグザグと歪な線が引かれていたけれど、最新の進捗はやや右に出っ張っている。
そう! すこぶる順調!
そうなると気が緩んじゃって、ついついソファーの上でゴロゴロしちゃう。
するとローラは公爵邸で会得した能面のような顔をする。
「どうぞ意のままに。何も申し上げることはございません」というセリフを顔に貼り付けるものだから、怖すぎてピキンと私の背筋が伸びる。
それにしても、気の向くまま食べて部屋でゴロゴロしている割には太ってないよね……?
あ、ダンベルってどこにしまってたっけ?
「ねえ、ローラ。私の服のサイズって変わっていないわよね?」
「マルティーヌ様! ちょうどご相談しようと思っていたところです」
え? やっぱりパッツンパッツンになってた?
「背が伸びられましたね。春までに一式新調する必要がありますね」
えー? 背が伸びてる? ほんと? 自分じゃ気がつかなかったよ。なあんだ。
「春分の日の式典用のドレスも必要ですし……」
「そうね。じゃあレイモンと相談して手配をお願いね」
「はい!」
式典かぁ。まあ、ローラたちはそういう認識でもいいか。公爵たちを正式に招待したせいだな。
一応、メインは領地の子どもたちなんだけどね。
気がつけばいつもの日常が戻っていた。サッシュバル夫人の講義を受け、休講日には本格的に貯水槽を設置して回る。
大工たちが騎士用宿舎を建設している様子を見ていると貯水槽設置にも力が入る。
もう、行く先々で熱烈な歓迎を受けるものだから、照れ隠しが大変だった。
変に澄ました顔をして、『嫌な奴』と思われてもいけないので、『微笑』コマンドは封印して、可愛らしい子ども領主としての、『えへへ笑い』を見舞っておいた。
予定していた箇所に貯水槽を設置し終えた頃、宿舎も完成した。
騎士団とか、命令系統を重んじる団体は序列が大事なんだろうと思って、宿舎もトップ3(いわゆる団長と副団長&団長を辞退したアレスターみたいな顧問だか相談役だかを想定)の部屋だけは別格にして、それ以外の部屋は一人部屋と二人部屋の二種類にした。
まあ、日当たりとかそういうので東の横綱と西の横綱的な使い分けをしてくれると勝手に期待している。ぶっちゃけ後のことは知らない。
一応、女性用の部屋だけは完成後にドアを白っぽく変えておいた。一人部屋と二人部屋を一つずつだけど、女性が増えたらその都度変えればいいもんね。
気持ちいいくらい予定通りに進んでいるというのに、何かが引っ掛かるなー、何だろう? と自問自答していたら、公爵が来ていないことに気がついた。
去年はあれだけ来ていたのに、今年は一度も来ていない。
新年祝賀パーティーが終わって、そろそろ二ヶ月近くになるというのに。
まあお菓子の納品は続いているし、学習も順調なので、別に来る必要はないんだけど。
というか、来られると仕事が増えるし相手をするのが面倒だから来てくれない方がありがたいんだけど、急に来なくなったらなったで、何だかムズムズする。
…………!! やってしまった!!
去年の年末からは新年祝賀パーティーのことだけを考えていたせいで、それが終わってからも日常のルーティーンが完全には元に戻っていなかった。
公爵への定期的な報告をすっかり忘れていた。
これも去年なら、すぐに「報告がない!」とお叱りのお手紙を貰っていたのに、今年はそれすらもない。どうしちゃったんだろ?
まあ、思い出したことだし、ちょうど公爵宛に手紙を書こうと思っていたところだったので、やんわりと謝っておこう。
手紙というか、運動会の招待状なんだけどね。
運動会を開催するのは私の勝手だと思うけど、これって諸々の採用のトライアウト的な側面を持っているので、それを後日字面で報告するのは大変だから、いっそ現場に呼んじゃおうという目論見だ。
公爵からは後日、「喜んで出席させていただく」というよそ行きな回答がきた。お小言もなし。
どうした? お腹でも痛いの?




