120 初めての王宮
領地で楽しく年を越して十日が経ち、いよいよその日がやってきた。
私は前日から再びフランクール公爵邸にお邪魔して、今日という日を迎えた。
「まあ! とっても可愛らしいわ。マルティーヌちゃんに似合うと思ったの!」
「ダルシー様。こんなに素敵なドレスをご用意いただき本当にありがとうございます。この度は未熟な私のために皆様には色々とお骨折りいただきまして――」
「もう、マルティーヌちゃんたら! 随分と年寄り臭い言葉を知っているのね。そんな挨拶はいいの。それに、王宮に着くまでは普通にしていて大丈夫よ。表情の制御は馬車を降りてからにしましょう」
「はい」
あら? 公爵は駄目だと言いたげなお顔なんですけど? もう今から『よそ行きモード』に入れと?
それにしても……。
ダルシーさんのドレスの趣味はもっと大人っぽいものだと思っていた。ブルー系とか。私――黄色に白のフリフリのドレスを着せられているんですけど。
フリフリがもう、これでもかっていうくらい段々になっていて、スカートだけじゃなく袖口にもびっしり!
さすがにアラサーにはキツい。
羞恥心が血流を伴ってお腹の辺りから迫り上がってくる感じ。もう顔が真っ赤な気がする。
そんな羞恥に悶える私の姿もダルシーさんの大好物らしく、ずっと表情が緩みっぱなし。
まぁいいんですけどね。
「しつこいようだが、国王陛下と王妃陛下に挨拶をするとき以外は口を閉じておくように。貴族的な会話は君にはまだ早いのだから」
「はい。リュドビク様から離れなければよいのですよね?」
誰かに話しかけられても私が答えなくていいように、公爵がぜーんぶ捌いてくれるんですよね?
そっちの方が楽チンなので私的にはぜーんぜんいいんですけど。
「まあ、そうね。初めての王宮で知らない大人たちしかいないんですものね。マルティーヌちゃんには負担が大き過ぎるわ。今日は全部リュドビクにお願いしましょう」
あぁぁ。公爵の顔が私にもわかるくらいに歪んでいく……。そして、それすらもダルシーさんは楽しんでいる……。知ーらないっ。この親子の間には入らないようにしよう。
それにしてもビジュアル面では絶対に最強親子だな。
ダルシーさんはいつも綺麗にしていたけれど、今日はいつにも増して、ものすごく気合いの入ったドレスを着ている。
スカートの膨らみが尋常じゃない。ワインレッドの色が攻撃的に見えるのはなぜだろう?
――とまあ、こんな風にわちゃわちゃしながらも、私たちは公爵家の金ピカ馬車に乗り込み、王宮へと向かった。
なんと王宮へは一番乗りだった――というのも、明らかに他家の馬車に譲られて先に通されたからね。
さすが王家の血筋を継ぐフランクール公爵家。
改めてバックについてくれた公爵の凄さを思い知ったよ。
王宮も公爵邸みたいに門を潜って延々と馬車で走ったけれど、公爵邸を体験した後じゃ、それ程驚かなかった。
ゴージャスなお城に慣れちゃってるよ、私……。
でもさすがに王宮の使用人の制服は違った。公爵家の使用人の制服と比べてキラキラ加減が半端じゃない。無駄に装飾することで威厳を持たせているのかな?
いや、クール系かゴージャス系かという主人の趣味の問題かもしれない。
キッラキラな廊下を歩いて控室に通されると、嫌でも緊張してきた。
今日はローラもリエーフもお留守番で、護衛はギヨームともう一人イカつい男性。侍女はいつもダルシーさんについている女性が二人という構成。
そこにおまけみたいに私がいる。
王宮からも使用人が一人あてがわれて、その人が給仕係よろしくお茶の準備をしてくれた。
ティーカップの半分ほどを飲んだところで、ドアがノックされた。
公爵が「開けてよい」と目配せをすると、王宮の使用人がドアを開けた。
「失礼いたします。フランクール公爵。前公爵夫人。モンテンセン伯爵。そろそろお時間となりますので、ホールまでご足労いただけますでしょうか」
公爵が返事をする前に、「あら? 今年は随分と早いのね」と、ダルシーさんがウインクしそうなほどの艶っぽい笑顔で言った。
うわぁ。使用人が真っ赤になっている。罪作りだねえ。
「はっ、はい。さようで……? あ、あの。コホン。既に王族方の準備が整ったとのことでして、お出ましが早くなりそうだと、他家の皆様もお揃いになっておりますし――」
もう気の毒になるくらいの狼狽えよう。頑張れ!
「承知した。どうも急かされているようだが、早く行かねば王族方に先を越されるかもしれぬな」
えぇ? それはマズいよね。ってか、最後にジャジャーンと登場してこその王族なんじゃないの?
全員が揃う前に登場しちゃうかもって……どういうこと?
「さすがにそんな恥のかかされ方はごめんだわ。さあ、マルティーヌちゃん。参りましょう」
「はい」
公爵とダルシーさんが同時に私の顔を見たけど、どう? ちゃんと『デフォルト』をセットできているでしょ?
会場までは『デフォルト』で、黙礼などを受けた場合は『微笑』だったよね。ちゃんと覚えていますから。
会場に入ってその豪華さにびっくり。天井画があった!!
普通の壁紙の壁なんかじゃなくて、壁自体に黄金の彫刻が施されている。
天井近くまであるアーチ型のドアが等間隔に並んでいて、その先はバルコニーになっている。
圧巻の一言!!
ヤバッ。一瞬だけ意識が表情から離れちゃった。『デフォルト』をセット。『デフォルト』をセット。
横にも上にも広い空間に相当な人たちがひしめき合っている。でも観察できない。
頭を動かすなんてもっての外だし、視線も動かせそうにない。多分、チラッとでも視線をやると勘づかれると思う。
当たり前だけど、私と同じ歳くらいの子どもはいない。
十代と思しき名家の子息や令嬢も、みんな社交界にデビューしている人たちだ。
好奇心を押し殺して表情のセットに勤しんでいる私の横に公爵がピタッとくっつき、ギリギリ聞こえる声でつぶやいた。もちろん顔は真正面を向いたままだ。
「君は王族方への挨拶の口上以外は一言も喋る必要はない。とにかくそのまま表情をキープして、私と一曲踊るだけでよいのだからな」
「まあ、リュドビク。そんな言い方はないでしょう。でも、そうねえ。確かに相手をする必要はないかもしれないわねえ」
いや、二人揃って「喋るな」の念押しは怖いんですけど。
でも現状維持でオッケーってことだね。よしよし。頑張ろう。
既に大勢の紳士淑女が集合していたので、私たち三人が最後かと思ったら、もう一組いたようで、そっちが最後だったみたい。
「あら、お兄様」
「やあ、ダルシー。それにリュドビクも。ああ、そちらはモンテンセン伯爵だね」
知ってるー! ロラン公爵だ。貴族名鑑で見た顔! そっか。ダルシーさんとパトリックのお兄さんだね。
おっと。「お初にお目にかかります」って挨拶するべき?
「ロラン公爵。後ほどご挨拶に参ります。彼女の紹介もそのときに」
お! 本当に公爵が会話を一手に引き受けてくれるみたい。わー、楽チン!
ロラン公爵と目が合ったので、一応、『微笑』にチェンジしておく。
……ん? なんか笑われた気がするけど、なぜ?
「マルティーヌちゃん。こちらに並んで待ちましょう」
「はい」
うっ。国王が座る予定の立派な玉座の前だ。そりゃあ公爵家なら最前列か。私も彼らの一員として来ちゃっているわけだから仕方がないよね。
もじもじするなんて論外なので、おまじない代わりにイレーネ先生の顔を思い浮かべて、表情筋に力を入れる。
でも絶対、後ろにいる人たちが何か言っていると思う。
ダルシーさんの横で一生懸命『デフォルト』を唱えていると、ファンファーレみたいな音楽が鳴った。え? マジ? そんな呼び込み方をするの?
「国王陛下、王妃陛下、王太子殿下が入室なさいます!」
おぉぉ。どれどれ。この国の王様ってどんな人なんだろ?




