12 公爵からの返事
お読みいただきありがとうございます。
ブクマと評価を入れていただき励まされます。
さっきの女性には追って結果を連絡すると言って帰ってもらったけど、まだ何人か来るのかな?
執務室に戻ってレイモンを待っていると、彼は少しだけ興奮した様子で戻ってきた。
「公爵閣下からのお返事のようです」
女性を送り出したタイミングで返事を受け取ったんだね。
受け取った手紙には、格好いい封蝋がなされていた。
うわぁ。本物の封蝋だぁ。初めて見たわ。
そんなテンションで気軽に読んだのがいけなかった。
公爵は、問答無用で二週間後の面会を通告してきた。
……そんな。最低でも二週間後っていったらさ、もうちょっと猶予をくれないかな。じゃあ三週間後でどう? とかさ。
もうこれだけで公爵の評価が私の中で下がっちゃったよ。
「コホン。マルティーヌ様?」
愕然とした私を見て、レイモンを焦らせたみたい。
「二週間後ですって」と言って、手紙を彼に渡したら、サッと目を通して、「当家にお越しになると?」と瞳に驚愕の色を浮かべて漏らした。
……あ? そっち?
「来るって書いて――お越しいただけるようね」
「こうしてはいられません。急ぎ準備を始めませんと!」
え? 準備? 何をするの?
「手伝いができる者を領地から呼び寄せねばなりません。料理人の件は打ち切りでよろしいでしょうか。これ以上の紹介は不要だと連絡させていただきます」
うん。いいけど、私が「いいよ」って言う前に決めちゃっているよね。レイモンがそんなに焦るとは。公爵の訪問って相当な一大事なんだね。
あれ? でも待って。二週間後以降ならって言われて二週間って返事をする公爵って――。
右も左もわからない十二歳の少女相手だろうと、なんだか容赦しない人な気がする。
どうしよう――。憐憫の情などこれっぽっちも持ち合わせていなくて、後見人を引き受けるに足る人物かどうか、冷静にそのことだけを判断しようと考える人だったら?
私――このままだとヤバいんじゃない?!
だって領主となる領地のこと、なーんにも知らないんだもん。
何を聞かれてもポッカーンだよ。
そんな子、領民だってお断りだよね。
ヤバい! ヤバい! ヤバい! ヤバい!
「レイモン!!」
自分でも思った以上に大きな声が出た。
レイモンは、取り乱したことを咎められたと思ったらしく、ハッとした様子でいつもの彼に戻り、「何でございましょう?」と、ゆるりと返事をした。
違うけど、まあいいか。
「ねえレイモン。準備期間が二週間というのは、本当に短くて大変だと思うわ。あなたも私もね。でも、公爵は当家の実情を調査されたはずでしょ? だとしたら、前当主が諸々蔑ろにしていたことも、きっとご存知の上でお越しになるはずよ。だから当家のもてなしが不十分であっても、二週間やそこらでは仕方のないことだとご理解くださるはず。でもね、この私は――私自身については、準備不足じゃ済まされないわ。当主として支えるに足るだけの人物だと公爵に証明できなければ、後見人を引き受けるかどうかの検討さえしていただけないわ!」
レイモンが、むぅと押し黙った。
でしょ? そうでしょ? 今一番大事なのはそれでしょ?
家なんかに構ってる場合? 当日は紅茶とお菓子を出せばいいだけじゃないの。
私、後見人は一発で決めたいんだよね。
だって、カッサンドル伯爵が推薦してくれたってことは、その公爵なら、それなりの対応をしてくれるだろうって思ったってことだよね? 優しさとかそういうのは無い人かもしれないけどね。
国王の命とやらで指名される人なんて、どんな人間かわかったもんじゃない。やる気がないだけならまだしも、変に色気を出してウチから取れるものは取ってやろうなんて、不埒なことを考える輩だったら大変じゃない。
何故かレイモンと睨み合っていると、ローラが執務室に入ってきた。
「お取り込み中のところ申し訳ございません。また応募者が二人来ております」
はーん? 今ぁ?
料理人はもういらないって決めたところだったのに。
「あの。マルティーヌ様のお手を煩わせるのもなんでしたので、先ほどのコップの水を二人に舐めていただきました。その結果、アルマと申す者が見事味を言い当てました。マルティーヌ様のお許しを得ずに差し出がましい真似をいたしまして申し訳ございません」
「まあローラ! いいのよ。今は非常事態よ。助かるわ。レイモン。アルマに会ってくるわ。あなたはあなたの仕事をしてちょうだい」
「承知いたしました。ではローラ。マルティーヌ様を頼みますよ」
「はい」
そして再びのダイニングルーム。
明らかに表情の異なる女性二人――おそらく落胆しているのは味の違いをあてられなかった方だろう――が、壁際に立っていた。
瞳を輝かせている方の女性は、まだ二十代かな。体つきもほっそりしている。こっちがアルマね。
私は挨拶もそこそこに、早速質問した。
「あなたたちの得意料理は何?」
アルマは、隣の女性が口を開く気配がないことを確認してから答えた。
「私はオーブンを使った料理全般が得意です。焼き目を見て火加減を変えたり、途中で火を止めて余熱で調理するなどしています。これまでお仕えした皆様にはご満足いただいておりました」
ダイニングルームに向かう途中、ローラからアルマの経歴を聞いていた。
彼女は仕えていた家で、身の危険を感じることがあって辞めたのだという。当主によるセクハラだ。許せん!
とりあえずアルマの答えに満足してうなずいてから、もう一人の方に視線をやる。
「わっ、私は煮物でしたら。何でも柔らかく煮ることができます」
あのぉ――。それって、ただ長時間煮るってことだよね?
「そ、そう。ええと。アルマ。あなた、料理人としての経験は、補助を始めてから五年だそうね。鶏や魚をさばいたり、スパイスを独自に調合したりすることはできる?」
「鶏はさばけますが、その。私は魚をさばいたことは一度もありません。ですが、教えていただけましたら、すぐに覚える自信はあります。はい。スパイスについては――知らないスパイスを入手したときも、少量で試しながら配合を改良しておりましたので、お好みに合わせることができると思います」
しまった。生魚は流通していない世界だった。
「あの、気にしないでね。魚については興味本位に聞いただけなの。ええと、あとは――。私、近々領地に戻る予定なの。もし領地について来てほしいと言ったらどうする?」
どうしよう。もうアルマにばっかり聞いている。
「私には身寄りがないので、どこへなりともお供いたします」
おう! もう言うことないじゃない。
「アルマ。あなたを採用します」
あ。言っちゃった。
「はいっ。ありがとうございます。一生懸命務めさせていただきます」
「いつから来られる? 明日からでも大丈夫? ええと通いになるのかしら? それとも住み込み?」
「その。住み込みを希望します。どんな部屋でも構いませんので」
「そう? わかったわ」
そう言いつつローラを窺うと、「問題ございません」というようにうなずいている。
「じゃあ明朝来てちょうだい。それまでにあなたの部屋を用意しておくわ」
「はい! よろしくお願います」
……いけない。もう一人の女性については名前も聞かなかった。傷つけちゃったかもしれない。
でもそこは、礼儀知らずなお子ちゃま貴族だと思って許してくれないかな。甘いかな?
でも、貴族が平民に謝ったりはしないよね?
ごめんなさい。お見送りはローラがしてくれるから、その辺も抜かりなくフォローしてくれることを期待します。
さあ。これで料理人の問題は片付いた。これからは本腰を入れて後見人問題に取り掛かるとしよう。
公爵からの手紙には、堅苦しい文言がびっしりと書き連ねてあったので、一分の隙もないヤツだと身震いしています。
(公爵が書く手紙については、いつか文面を紹介する予定です)




