117 新年の祝賀行事
領地での初の年越しは、結論から言うと、私は睡魔と格闘した挙句、何とか新年を知らせる鐘の音を聞くことができた。
鐘の音が鳴り終わると、使用人たちからお祝いの言葉をたくさんもらった。
最初はレイモンだった。
「つつがなく新しい年を迎えられましたこと、お喜び申し上げます」
彼の固い挨拶の後は、ローラからの、「おめでとうございます」を皮切りに、あちらこちらから「おめでとうございます」の大合唱となった。
そうなると私も挨拶しなくては。
「ここにいる皆さんのお陰で無事に新年を迎えられました。昨年同様に今年もよろしくお願いね。皆さんも健康に気をつけて、幸せな一年にしてくださいね」
一斉に、「はい!」と返事をもらったところで、レイモンにバトンタッチ。
「コホン。新年を迎えるにあたり、マルティーヌ様から皆に祝いの品をいただいている。後ほど順に渡すので、退室する前に受け取るように」
喜びを隠したような控えめな歓声が上がった。
それでもみんなの顔は綻んでいる。よしよし。喜ぶ顔を見られて私までいい気分。
「一年頑張ってもらった感謝を込めて用意させてもらった物だから、遠慮せずに受け取ってね。それと、ここにある料理はアルマとケイトが最後の最後まで働いて作ってくれた物だから、残さず食べてね」
私はこれだけ言えれば満足。
みんなが口々に何度も「ありがとうございます」を言うものだから、謝礼が一向に収まらない。私は歓声の波を押し分けるようにして退席した。
ホールを出たときには、もう瞼が限界だった。
うつらうつらしながらも、レイモンに、「少しくらい騒ぐのは大目に見てあげてね」と釘を刺すことだけは忘れなかった自分を褒めておこう。
自室に戻るなりベッドに倒れ込んで寝てしまった気がする。
目を覚ますとローラがいて、「おはようございます」と声をかけてくれた。
「おはよう、ローラ。昨夜はみんないつまで騒いでいたの?」
「ご心配には及びません。マルティーヌ様とそう変わらない時間に切り上げました。今朝からみんな元気いっぱい働いています。マルティーヌ様……」
「ん?」
「あの、ありがとうございました。今日はみんな新しい下着に新しい制服で仕事をしています!」
お! よかったー。そうだよね。元日はリフレッシュしないとね。
「マルティーヌ様の装いにつきましてもレイモンさんが気合を入れてお支度されておりましたから、すぐにお持ちしますね」
ローラが嬉しそうにドレスや靴を取り出して並べてくれた。
「まあ。真っ白なドレスね。とっても可愛いわね」
「はい。きっとお似合いですよ」
今まではピンクや黄色といったカラードレスばかりを着ていたから、白色って新鮮だな。
それでもフリルやウエストの幅広のリボンが淡いピンク色なので、子どもらしい甘いデザインに仕上がっている。
「今日は司祭様にご挨拶するだけだったわね」
「はい。午前中に向かう予定とのことです」
身支度をしてダイニングルームに行くと、なんと綺麗なお花で披露宴会場みたいに飾り付けられていた。
椅子の背も美しい布で覆われていて、特別感がハンパない。
「……素敵。いつの間にこんな素敵な飾り付けを……?」
「メイドたちがどうしてもやりたいと言うので許可を与えたのですが。喜んでいただけたようで、よろしゅうございました」
そう言うレイモンだって嬉しそうなんだけど?
「ねえ、みんなで乾杯しない?」
なんかそんな気分! 新年って、やっぱりテンションがアガる!
「マルティーヌ様――」
レイモンがやんわりと断ろうとしたので、聞こえないふりでローラに指示を出す。
さすがに朝っぱらからお酒っていう訳にもいかないし、というかローラもリエーフも未成年だし。
「乾杯じゃないわね。ほら、去年、初めて会ったときのことを思い出して。タウンハウスで一緒にテーブルを囲んだでしょ? あれでいいスタートを切れたと思うのよ。だから、一年の始まりということで、今朝だけ特別に、みんな一緒にお茶を飲みましょう! ローラ。悪いけれど、食事の前に四人分のお茶を持ってくるように厨房に知らせてくれない?」
「かしこまりました」と部屋を出ていくローラを止めなかったので、レイモンも承諾してくれたらしい。
ローラがお茶を持って帰ってきたところでリエーフも呼んで、レイモンとローラと一緒にテーブルに座ってもらう。
あー、懐かしいな。まだ半年ちょっとしか経っていないなんて信じられない。ほんと、怒涛の半年間だったもんな。
「レイモン。ローラ。リエーフ。改めてお礼を言わせてちょうだい。三人は私にとって特別な人よ。ひとりぼっちになった私のところへいち早く駆けつけてくれて本当に心強かったわ。本当にありがとう。まだまだ頼りない領主だと思うけれど、今年もどうかよろしくね」
「マルティーヌ様。もったいのうございます。それにご自分を卑下なさらずとも、領民たちはマルティーヌ様に感謝しております。既にマルティーヌ様は立派な領主でいらっしゃいます」
おぉぉ。レイモン! そんな手放しに褒めないでぇ! 単純な私は、すぐにつけあがっちゃうから!
感激していたら、ローラとリエーフもブンブンと頭を縦に振って同意した。
「マルティーヌ様! 私こそマルティーヌ様のようなお方にお仕えできて本当に幸せです! このお屋敷で侍女の勉強を始めてから、マルティーヌ様にお会いできるのを今か今かと楽しみにしておりましたが、お会いしてみて、想像していた以上に本当に素敵な、立派な方だと思いました!」
ローラ! もうそれ以上は泣いちゃいそうだよ。
「マルティーヌ様。私も同じです。私の外見を嫌う人間は多いですが、マルティーヌ様は最初から好意的に接してくださいました。私のために騎士服まで作ってくださり、同じテーブルに座ることまで許してくださって――本当に感謝しております」
リエーフ! そんな感動的な長ゼリフ初めて聞いたよ!
「ちょっ、わかったわ。もう自分のことを卑下したりしないから。モンテンセン伯爵領は、領民が安心して安全に健康に暮らしていけるところだと、みんなが自慢に思えるようにしてみせるわ! さあ、冷めないうちにお茶をいただきましょう!」
うん。新年の抱負としては立派なもんじゃない?
お茶を飲み終わると、レイモンにちょっとだけ急かされて支度をし、教会に向かった。
フランシス司祭は相変わらずの好々爺で、子どもの私にもとても丁寧に接してくれた。
互いに無事に新年を迎えられたことを喜び会ったところでお勤め終了となったけれど、挨拶の最中も、私の心は明日の顔役たちとのパーティーで発表することでいっぱいだった。
レイモンやローラにも詳細は言っていないから、明日の発表にはきっと驚くだろうなあ。




