11 料理人の採用面接
ローラってば、何気に料理上手だった。
彼女は慣れないはずの他家の厨房を使いこなし、見事な朝食を作り上げた。
温めてくれたパンとサラダとスープという簡単なものだったけれど、なんとサラダは温野菜だった!
蒸しただけの野菜に塩を振りかけた素朴な料理なんだけど。これが美味しいのなんのって。もう、感動してしまった。
そしていつの間にか私は、「毎日作ってね」とお願いしていた。
――なんかちょっと悔しい。
朝食が終わって自室に戻りソフィアに手紙を書いていると、ローラが部屋にやってきて、レイモンが私を呼んでいると告げた。
え? 何?
先生に呼び出しをくらったみたいに焦った。私、何かしでかしちゃった?
執務室に入ると、レイモンに恭しくソファーに座るよう勧められた。
「何か話でも?」
「実は昨日、王都の知り合いに、暇をもらった料理人の中で腕の良い者がいたら紹介してほしいと頼んでいたのですが、早速一人見つかりました」
うわあ。この世界の求人って、紹介頼みなの?
――という考えが顔に出ていたらしい。聞いてもいないのにレイモンが教えてくれた。
「一ヶ月限定であれば新聞広告でもよいかと思ったのですが、やはり良い料理人というのは伝手が一番ですから」
「そうなのね。それでは良い方に巡り会えたなら手放さないようにしないといけないわね。できればそのまま領地に来てもらいたいし」
「はい。一月というのは、よいお試し期間になりましょう」
レイモンは本当に先々のことまでよく考えてくれている。
一ヶ月凌ぐだけなら、普通はそこまで考えないよね。
「可能ならば本日からでも働きたいということで、一名、面接に来ております。私の方で経歴と紹介状を確認しましたが、特に問題はないようでした。待たせておりますので、マルティーヌ様にもお会いしていただきたいと思います」
あら? もう来ていたの? 早いね。
「では早速会ってみましょう」
レイモンはよっぽど私を厨房に近づけさせたくないのか、面接の場所はダイニングルームだった。
私はローラにあるものを頼んでからダイニングルームに向かった。
部屋の中で所在なさげに立っていた女性は、四十代か五十代くらいで、いかにも料理人といった感じのふくよかな体型をしていた。
「よく来てくれました。私が当主のマルティーヌです」
「は、はい。りょ、領主様におかれましては――」
あらら。こんな子どもに緊張することないのに。
「挨拶は結構よ。早速質問してもいいかしら? あなたの得意料理は何?」
女性はキョトンとした顔で私を見た。
え? 私、変なこと聞いている?
「と、得意というのは――主人に褒められたことのある料理ということでしょうか?」
……あら? 伝わってないみたい。というか、この人に得意料理って概念はないのかな?
「そうね。そういったことがあれば聞かせてほしいわ」
女性は早くも不採用だと感じ取って諦めたらしい。見るからにがっかりしている。
「お叱りを受けたこともございませんが、お褒めにあずかったこともございません」
うわあ。なんかごめんなさい。今、聞きながら気がついたけど、主人というのは料理人と直接会話なんてしないからだよね?
「そう――なのね。じゃあ、あなたが得意な調理法は何かしら?」
「調理法――ですか? 調理法とはなんでしょうか。その――。お屋敷によっては魔石の調理器具の使い方が異なるとは聞いておりますが――。私はあまり詳しくはないので――」
何か、本当に色々とごめんなさい。
私、上手に質問できていないわ。
どうしたものかと思っているところに、ローラが頼んだものを持ってきてくれた。
ナイスタイミング!
「ローラ。左右どちらが何か、わかっているわよね?」
「はい。マルティーヌ様」
「じゃあ、その方に舐めてもらって」
「かしこまりました」
ポカンとした顔で私たちのやりとりを聞いていた女性は、ローラからトレイを差し出され、自分がそのコップの水を舐めるのだと気がついたようだ。
「飲んでほしい訳ではないの。口に含まないように気をつけて、まずは右のコップの水を舌先に少しだけつけてみて」
女性は恐る恐るコップを手に取ったものの、口をつけようとしない。
見れば、コップを持つ手が震えている。
「ああ。心配しないで。毒味じゃないから。甘いかしょっぱいか聞きたいの」
「甘いかしょっぱいか?」
「ええ。ほんの少し舐めて甘いかしょっぱいかを当ててみて」
これはある種の官能試験。味覚がどれくらい正常か知りたいので、即席でやってみることにしたのだ。
水の入ったコップに、それぞれ塩と砂糖をひとつまみずつ入れてもらった。
相当薄い濃度だから、バカ舌だと味がわからないと思う。
女性は、右のコップを口に近づけて、言われた通り舌先でチョンと舐めた。
「あ、あの。ハズレだったようです」
おう! そうきたか。味を感じ取れなかったから、何も入ってないと思ったんだね。
「あら。じゃあ、大きなコップで水を飲んでから、今度は左側のコップの水を舐めてみて」
「はい」
女性は言われた通りにし、困惑の表情を浮かべて、「こちらもハズレでした」と答えた。
はぁ。やっぱり濃い味付けに慣れているせいで感じ取れなかったらしい。
この世界ではみんなそうなのかもしれない。
「ありがとう。面接は以上です」
私がそう言うと、レイモンが心得たとばかりに女性を部屋から出した。
「マルティーヌ様。その――。実は私も小指をつけて舐めてみたのですが、どちらも甘く感じました」
えらいっ! 感じ取れるだけでもすごいよ。
うん。もういっそのこと、一ヶ月はローラに頼めばいいかもしれない。




