106 強化合宿④
年内最後の更新となります。毎週お読みいただきありがとうございました。
アース・スターノベルから1巻が発売中ですので、移動中や年末年始のお供にぜひ!!
ダルシーさんから解放された私を、またしてもドニがどこかへ連れて行く。
今度はさすがに歩いているけどね。
さっきの部屋が特訓部屋じゃないの?
このお屋敷では公爵よりもダルシーさんの方が権力があるみたい……。
きっと講師の先生には別の部屋で待つようにとでも伝言していたんだろうな。
「ねえ、ドニ。あなたはモンテンセン伯爵家の使用人よね?」
ひとこと言ってやらないと気が収まらない。
「はい。ですが今はフランクール公爵家の使用人として働かせていただいておりますので。レイモンさんからも、こちらでお暇をいただくまでは、『公爵閣下に誠心誠意お仕えするように』と言われております」
「建前はそうかもしれないけれど、私がいれば、私に忠誠を尽くすべきではないの?」
「よほどのことがあって、公爵閣下かマルティーヌ様かを選ばなければならない場合は、もちろん躊躇なくマルティーヌ様を選びます。ですがこのような平時ではその必要はございませんし」
ドニがチャーミングな笑顔でさらりと言う。
くぅぅ。口が達者なのは前からだけど。うまいこと丸め込まれた気がする。
何度か角を曲がった先にある部屋に入ると、妙齢の女性が立ったまま私を待ってくれていた。
いつだったか、サッシュバル夫人に会う前に想像していた、『ひっつめ髪の細メガネのオバ様』が実体化したような方だ。
櫛の歯の跡が見えるくらい髪の毛を綺麗に撫で付けている。髪の毛一本たりとも顔にかかることは許さないという気概がビシバシ伝わってくる。
……ヤバい。かなりヤバい。
きっと、やる気のない人間や、覚えの悪い人間は嫌いなんだろうなぁ。
――と、挨拶をする前から妄想が爆発してしまった私に、その女性はとても優雅に腰を屈めて挨拶をしてくれた。
「お初にお目にかかります、モンテンセン伯爵。私はフランクール公爵閣下のお召しにより参りましたイレーネと申します」
「マルティーヌ・モンテンセンです。どうか私のことはマルティーヌとお呼びください。イレーネ先生とお呼びしてよろしいでしょうか」
「はい。そのようにお呼びください。私も遠慮なくマルティーヌ様と呼ばせていただきますね。ではどうぞこちらへ」
そう言われて部屋に入ると、「そちらにお掛けください」と勧められた。
イレーネさんが手で指したところには、もう段々と見慣れてきた豪華な一人がけソファーがあった。
部屋の様子からしてダンスの先生じゃない。マナー講師の方だ。しくじった……。
「フランクール公爵閣下からは、マルティーヌ様がご自身の表情を思い通りに操れるよう訓練をしてほしいとのことでした……そのようにご心配なさらずとも必ずお出来になりますよ」
あ、今、ギクッと顔が強張ったのがバレた。
「どうか私にお任せください。表情を作るコツさえ覚えれば簡単ですから」
出来る人はそう言うんだよね。『出来ない』ってことがピンとこないんだろうな。
「こうですよ?」って言われて、そのまますぐに出来るくらいなら苦労しない訳で。
「練習を続けていけば、お顔の表情を思いのままに作れるようになります。例えばそうですね……こんな風に」
ひぇぇっ。
私のあたふたする百面相なんかじゃなく、どこかの雑技団の演目みたいに、イレーネ先生は瞬間瞬間で表情を激変させていった。
口角が鼻のラインまで上がって口がUになったかと思えば(漫画以外で初めて見た)、眉尻がハの字に下がって情けない顔になり、次の瞬間には目が倍の大きさになったのかと思うくらい大きく見開いて狂気じみた視線を寄越す。
そんな七変化の最後は、乙女みたいな透明感のある笑顔で締めくくった。
ピン芸人みたいだ……。思わず拍手してしまいそうになった。
「コホン。ここまで出来なくてよいのですが、目と口は自在に動かせた方がよろしいでしょう」
これ――習得できるならモノにしたい!
めちゃくちゃ面白そう、じゃなくて役に立ちそう。
「はい。よろしくお願いします」
先生によれば、未成年の私に必要な表情は以下の三つらしい。
1.『「はい」か「いいえ」かわからない曖昧な微笑み』
これは基本中の基本で、いろはの「い」に当たるらしい。これが出来て初めて社交の場に出られると言ってもいいそう。
2.『「よくわからないわ」、という困惑顔』
わかっちゃうとまずい話や、安易に同意すると後々面倒なことになりそうなときの逃げに使うらしい。
困ったときや助けが欲しいときに使うとヘルプの意味にも取られるらしい。
3.『純真無垢な笑顔』
未成年の今だからこそ使える、とっておきの顔。敵意がないことを表すにも、賛同を示すにも、相手に賛同してほしいときにも使えるとのこと。
今から唾をつけておきたい男性に、あからさまでない好意を伝えることもできるらしい。へぇ。
これができれば、ほぼ万能だね。美少女なら無敵かもね。
「ではまずはそれぞれの部位を動かす練習をしましょう」
「はい」
とにかく目と口を意のままに操れるようにならなきゃね。私は義務とか責任とかから逃げないって決めたもの。
領主としてというよりも貴族として必要なスキルだから、絶対にモノにしてみせる!
この先、老獪な人物ともやり合うことがあるかもしれないし、自分を守るためにも、いっちょ頑張りますか!
この1年間、ブクマや評価をたくさんいただき、ありがとうございます。
感想に返事ができず申し訳ございません。
ご意見はとても参考になるのですが、WEB版ではストーリーを進めていきたいため、気になる点は書籍化のタイミングで担当さんと相談しながら見直したいと思います。
来年も引き続き応援よろしくお願いします。
それでは少し早いですが、皆さま良いお年を!!




