105 強化合宿③
……捕まってしまった。
公爵とギヨームが部屋を出ていって、百数えたくらいはそのまま待って、そろそろ誰か来るかなーとドアをそっと開けて覗いたら――ドニが立っていた。
なぁんだ。リエーフやローラがいないから代わりにドニを付けてくれたんだ――と思ったら違った。
信じられないことに、ドニはニコッと笑うと、そのままドアを開けて私をヒョイッと横抱きに抱えた。
はぁーん!?
「至急、マルティーヌ様をお連れするようにとのことでしたので」
ドニめっ! 誰に言われた? 絶対に講師の先生じゃないよね!
いったい誰に忠誠を誓ってんの!
転職した訳じゃないんだからっ! 出向中だからって、これはないんじゃないの?
私をお姫様抱っこしているドニが平然と廊下を歩いていると、すれ違う使用人たちは、参勤交代の列に道を譲る町人みたいに、みんな壁際へ飛び退いていく。
これでは公爵に伝える手段がない。
嫌な予感は的中した。連れていかれたのは、やっぱりダルシーさんの部屋だった。
……はぁぁ。
椅子に女王様のように座っているダルシーさんの両横には、侍女が二人、文字通り侍っている。
ダルシーさんが振らない限りは一言も発しない上品な二人なんだけど、ピリッとした空気に包まれているように感じるのは何故なんだろう?
「お帰りなさい、マルティーヌ。とんだ邪魔が入ったわね。どうせリュドビクにガミガミとお説教でもされていたんでしょ? あの子のことだから、とってもつまらない女性像をあなたに押し付けていそうね……。何を言われてもニコニコとただ微笑んでいるだけでいいとか? あの子が社交界で見てきた令嬢たちと同じようにしようだなんて、ほんと馬鹿げているわ。ね? そう思わない?」
「ね?」と言われましても……。
ええと。ついさっき私は決意を新たにしたばかりなので、そうは思いません。
「……ダルシー様」
「まあ、マルティーヌ。どうしちゃったの? まさかリュドビクに言われたことを真に受けちゃったの? はぁ。私はね、女の子が生まれたら、今日まで私が身に付けた全てを――幸せになれる方法を伝授してあげようって思っていたの。もちろん大半は、良き伴侶の選び方とその操縦方法だけれどね!」
……!! 何か、何か、とーっても嫌な予感がする。それって私の悪女化計画なんじゃ……?
ダルシーさんの少女時代ってどんなだったんだろう? 絶対に『深窓の令嬢』とかじゃないよね。今度、サッシュバル夫人に聞いてみようかな。
それにしても公爵って、この母にして、よくあんな堅物息子に育ったもんだな。反面教師にしたってこと?
「そうだ、マルティーヌ!」
見るからに、いいことを思いついたと言わんばかりの顔で、ダルシーさんが「うふふふ」と笑いながら楽しそうに発表した。
「リュドビクには内緒で女同士の友情を育みましょう!」
うわぁ。その続きは聞きたくない。
「これからは定期的に会う時間を決めておかなくてはね! あの子に水を差されないようにするには……お勉強中に抜け出すのが一番ね!」
はぅっ! めちゃくちゃ心惹かれるお誘いだけど。
これ……「YES」って答えていい案件なの?
でも多勢に無勢。相手のホームで、「NO」なんて言える訳もなく。
「承知いたしました。よろしくお願いいたします」
もう、この世はダルシーさんを中心に回っているんだと思うことにする。
多分、ダルシーさんを中心にした半径数百メートルの範囲内は、事実なんだと思う。きっと生まれたときからそうなんだと思う。
それにしても、『全てにYES作戦』はヤバい結果になりそうな……?
公爵にも「YES」、ダルシーさんにも「YES」は、絶対にどこかのタイミングでまずいことになりそうなんだけど。
まあ、その場面ごとに最適な方の「YES」を選択することだけを考えるか……………………おウチに帰りたいよぉー。




