10 晩ごはんをご賞味あれ
「とりあえずパンのことは忘れて、と。うーん。この塩まみれの豚肉はよく洗って塩を落とさなきゃどうにもならないよね。それから――とりあえず適当に切り分けて煮るか」
困ったら煮ればいい。私はいつもそうしている。みりんと醤油と砂糖で煮れば、大抵のものはなんとかなる。まあ今はみりんも醤油もないけどね。
でもその前に火だよ、火。
炭に火をつけるために、薪をちょっとだけ、おがくずにして入れる。それからキャンプでやるように細木にして、その先端をナイフで削ったフェザースティックというやつも作る。
「こんなもんかな。あとはこのファイヤースターターを勢いよくシャカシャカって擦ると――」
ボワッと着火した。
「おー。やったねー」
炭ってなかなか火がつかないことがあるから、まあ、しばらくはこのまま薪を燃やすとしよう。
「ではクッキング開始ぃ!」
頭の中で料理番組のオープニングが鳴る。景気付けにいいね。
塩漬けの豚肉を、よーく洗って四センチ角くらいに切って、水と一緒にダッチオーブンに入れて火にかける。
最初は肉だけを煮てアクをとった方がいいのかな?
「うーん。別にいっか。面倒臭いから野菜も全部入れちゃえ」
目についたキャベツとジャガイモと人参も乱切りにして入れる。胡椒の実も見つけたので、潰して入れる。
もちろんピーラーもチャチャッと作ったもんね。鉄だからちょっと重たいけど。
塩味は後で調整だな。マスタードも味変用にあってもいいかも。まあ別添えだね。
「もう一品か二品はほしいなあ。うーん。ん? アスパラかぁ。じゃ、定番だけど焼くか」
薄切りにしたベーコンでアスパラを巻いて、網の上で直に焼こう。これは最後に作れば冷めないよね。
それから――。一緒に焼いて調理できる何か――。うーん。何かないかな。
大量にあるのはジャガイモだけど。
「あ! あれを作れるんじゃない?」
私の大好物のハッシュドポテト! 家の冷凍庫に大量に保存してあるから、ほぼ毎朝食べていたんだよね。
ジャガイモを粗みじん切りにして、片栗粉はないから小麦粉と塩と胡椒を入れて混ぜる。うん。いい感じの手応え。
あとは薄く小さめの小判形にして、フライパンで揚げ焼きするだけ。
「すごくない、私? 結構自信あるんだけどな。みんな喜んでくれるかな。……………………。ぬぅおぉー!! そうだった! ケチャップがなーい!」
マルティーヌとして生きてきた十二年と一ヶ月。一度もケチャップを食べたことがない!
私、マヨネーズはなくても生きていけるけど、ケチャップはないと駄目なんだよねー。
まあ、でも。ケチャップって、基本トマトのソースだからね。その気になれば作れるはず。近いうちに絶対作ろう!
調理実習でマヨネーズを手作りしたとき、ケチャップやソースも手作りできないか、みんなと一緒にネットで調べたことがあるからね。塩、胡椒以外に、酢も砂糖もスパイスもあるみたいだから、いけるはず。
「今はケチャップとかソースとかは忘れよう。塩と胡椒があれば上等」
ポトフっぽいものは、アクを取りながら煮て、最後に塩味を調整したけど、肉と野菜から旨みが出て結構美味しく出来た気がする。
アスパラベーコンとハッシュドポテトを焼いたところで厨房の外に出てみたら、ローラが既に買い物から帰ってきていた。
まあ、なんだかんだで二時間近く経っているものね。
夕食にちょうどいい時間になっている。
「早かったのねローラ。じゃあ配膳を手伝ってくれる?」
「もちろんです、マルティーヌ様。マルティーヌ様の分はダイニングルームに運びますが、その前にお着替えをされませんと」
「そういうのは領地に行ってからにしたいわ。今日の晩ごはんは、さっきのお茶と一緒で、四人で食べましょう」
「いえそれは――」
もう。堅いよ。堅いな、ローラ。
「いい? ちゃんと四人分をよそってダイニングルームに運んでね。私はレイモンたちをダイニングルームに集めるから」
「かしこまりました」
レイモンとドニを探して、みんな一緒にダイニングルームで晩ごはんを食べるのだと私が力説すると、またしてもレイモンに止められそうになった。
でも着替えができないほど疲れて、早く食べたいのだと上目遣いに駄々をこねたら許してくれた。チビっ子でよかった。そしてレイモンの弱点を発見しておいてよかった。
恐縮するレイモンたちを無理やり座らせ、自慢の三品を勧めた。
「さあ、召し上がれ!」
ローラとドニは、レイモンに何かを目で訴えている。いったい何を?
レイモンはなぜか小さなため息をついて、意を決したのか、「それでは、ご相伴にあずかります」と言って、ポトフのジャガイモを口に運んだ。
「これは! これを――これら全てをマルティーヌ様がお作りになられたのですか?」
「ええ」
驚いた?
「あの。厨房に入られたご経験がおありだったのですか? 旦那様がお許しに――ああ、いいえ。それにしても本当に料理なさるとは――。下ごしらえから全部お一人でなさったのですか?」
「そうよ」
うんうん。もっと感心してちょうだい。驚いていいんだからね。
「ねえ。ほら。みんなも早く食べてちょうだい」
「はい。それではちょうだいいたします」
ローラとドニも、レイモンに続いた。
さ! 早く口に入れて。
咀嚼して飲み込んだ二人は、一様に驚きの表情を浮かべていた。
よかった。私の味覚、間違ってなかったんだね。
ポトフはいいから、他のはどう?
あ、ドニがハッシュドポテトにフォークを近づけた!
「あの、マルティーヌ様。この薄くて丸い形のものは何でしょうか? 見たことがないのですが」
用心深いやつめ。
「それはジャガイモの料理よ。食べてみて」
なぜ、レイモンとローラは手を止めたの?
わかるよ、ドニ。人の視線を集めながら食べるのって嫌だよね。でも早く食べてみて!
「変わった食感ですね。でも、美味しいです。あぁ、私はこの料理好きですね」
でしょ? でしょ?
よし、大丈夫そうだな――じゃないよ。まったくもう。
ドニに続いてレイモンとローラもやっとハッシュドポテトを食べてくれた。ニマニマしている顔が雄弁に感想を伝えてくれる。
どれどれ。私も念願のハッシュドポテトを一口――ん? うーん。うーん? 思っていた出来上がりとちょっと違う。この物足りなさは何だろう? 何かが足りない。
まあなんとなく覚えていたレシピで、こんなもんかと作っただけだもんね。いいとこ六十点くらい、いや五十五、まあ五十点ってところかな。
もしやみんな、イマイチな味なのに無理して食べてくれてる? そう思って三人を観察したけど、特に気を遣っているようには見えない。
「マルティーヌ様! これは――わざわざベーコンを巻きつけて焼かれたのですね。これは美味しいです! いくらでも食べられます!」
あぁ、ドニはアスパラベーコンが気に入ったんだね。まあ馴染みのある素材に、馴染みのある味付けだしね。
「マルティーヌ様。私もこのアスパラとベーコンが気に入りました」
ローラもほっくほくの笑顔で食べてくれている。
「本当に三品とも美味しいです。それにしても、このような料理のされ方をどこで学ばれたのですか?」
ローラの何気ない質問に、口の中のものを吹き出しそうになった。
いや――えぇぇ。どうしよう……。
「それがね、よく覚えていないのよ。子どもの頃に誰かがこの料理の話しているのを聞いたことがあって。お母様がいらっしゃったら詳しく説明してくださったのでしょうけど……」
わざと伏し目がちで言うと、効き目がありすぎて、三人ともピキッて固まっちゃった。あ、ごめん。
「そ、そうでしたか」
ほんと、ごめんね、ローラ。
「それよりも、みんなの口に合ってよかったわ。遠慮せずにどんどん食べてね」
三人とも、元気よく「はい」と返事をしてくれた。ふぅ。
三人がナイフとフォークを動かして口に運ぶ姿を見ながら、私も異世界初の手料理を堪能した。
自分で作っておきながら言うのもアレなんだけど、やっぱり美味しい!
農薬なんて使っていないから全部オーガニックだしね。素材の力、半端ないかも。
うわー。みんなのお皿からみるみるうちに料理がなくなっていく。ものすごく嬉しい。作った甲斐があるよ。
私たち四人は、ほとんど会話らしい会話もしないまま、食事を終えてしまった。
代表してレイモンが口を開いた。
「大変美味しくちょうだいいたしました。ですが――」
ん? 『ですが』?
「やはり領主のマルティーヌ様が厨房に入ることは差し支えがございます。夕食はありがたくちょうだいいたしましたが、明日の朝食からはローラとドニが準備いたします。また、従来通り他の使用人たちと一緒に、私どもは使用人用の食堂で食べます」
えぇっ? それじゃあ私は、いつもひとりぼっちでごはんを食べることになるじゃない。
「ねえ、今やモンテンセン伯爵家は少数精鋭となった訳だから、固いことは言いっこなしで、これからも四人で一緒に食べましょうよ」
あ、私ったら、令嬢の口調を忘れているわ。
「いいえ。そういう訳にはまいりません」
ああもう。レイモンってばほんと、石頭なんだから。今からこんな調子じゃ、これから先うまくやっていけるか自信を無くしちゃう……。
心の中では、「えー!」と非難がましい声を上げながらも、一応、レイモンの言うことを聞くことにして、その日はゆっくりと湯浴みをして眠った。
ハッシュドポテトについては、いつか挽回する予定です。




