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錬金術のお仕事 1

 昼寝の予定だったのに、自分で思っていたよりも疲れていたわたしが目を覚ましたのは翌朝であった。ごはんも食べず、お風呂にも入らずに爆睡してしまった。これはたぶん、寝心地の良いベッドのせいである。


「お布団気持ちいい……ええと、ここは、どこだっけ? ……ルー、ルー……ニアーナ? ルニアーナ国だったかな」


 目を覚ましたわたしが最初にしたのは、自分がどうして6畳の和室ではなく、天蓋付きのヨーロッパ風ベッドで寝ているのか、を思い出すことだった。

 わたしはしばらく仰向けでぼうっとしながら「異世界に来ちゃったんだよね……夢みたいだけど夢じゃない……」と頭が働くのを待った。

 そして起き上がり、悲惨な姿のセーラー服を見て「うわあ、やっちゃった」とうめいた。


「ちょっとだけお昼寝のつもりだったのにな。制服がすっかりしわしわになっちゃったよ、どうしよう……って、もう学校には行かないんだっけ」


 スカートのひだを触りながら、この世界にはセーラー服は合わないよね、とため息をつく。見たところ、女性はドレスを着るのが基本のようだ。そして皆さん足首までしっかり隠していた。

 普通の女子高生のわたしは、膝下だった制服のスカートの丈をまったくいじらなかったから、ギャルっぽい子に「昭和だな」と笑われていたけれど、短くしなくてよかった。あんな太ももまで見えるスカートでここに来ていたら、きっと痴女だと思われてしまっただろう。昭和バンザイ。


「憧れのセーラー服なのに、三年間着られなかったな。ちょっと残念だよ」


 わたしはベッドの脇にある小さな木のテーブル(円形でおしゃれなやつだ。同じ円形でもちゃぶ台とはわけが違う)の上にベルを見つける。手に取って振ると、りーん、という澄みきった音が響き、寝室の扉の外から「失礼します」と声がかけられた。


「どうぞお入りください。寝ちゃってすみませーん。今起きました」


 わたしが大きな声でそう答えると、ナオミさんが入ってきて「おはようございます、リーサさま。ゆっくりお休みになられましたか?」と微笑んだ。


「おはようございます、ナオミさん。いいベッドと清潔なお布団のおかげで、ぐっすり眠れました」


「それはようございました。世界をお渡りになられたのですもの、かなり消耗していらっしゃったのですよ。こちらに、お飲み物と焼き菓子をお持ちいたしました。空腹のままでお湯を浴びられますと、お身体にさわりますからね」


 ナオミさんの持ったお盆の上には、小さなお皿に乗ったパウンドケーキとスコーン、そしてポットとティーカップが乗っている。

 一番欲しいものを持ってきてくれるとは、誠によくできた侍女さんである。


「ありがとうございます、おなかぺこぺこです! あっ、お湯って、もしかしてお風呂に入れるんですか?」


「もちろんでございます」


「やったあ!」


 汗をかいたし、髪の汚れとか気になってたのだ。

 わたしはハーブティーっぽい温かな飲み物を飲み、スコーンにジャムをつけて食べパウンドケーキを頬張ってから、部屋に付いている浴室に案内された。


 メイドさんが身体を洗ってくれると言ったけれど、さすがにそれはお断りした。まずはお湯の出し方を、それから異世界シャンプーや異世界リンスや異世界石鹸の使い方を教わって、全身を綺麗に洗ったわたしは湯船に浸かって身体を伸ばした。


「あー、極楽極楽。いや、極楽に行くところをこの世界に逃げてきたんだったよ。よくわからないけど、周りの人たちがいい人ばかりで助かったな。あと、想像以上にちゃんとしたシャンプーでよかった」


 わたしは香りつけのハーブや薔薇の花びら(こっちの世界にも薔薇があったよ)の浮かんだお湯に肩まで浸かって、満足のため息をつく。


 品質が悪いシャンプーは、長い髪にとって致命的なのだ。

 ディアライトさんの、わたしよりも十センチは長い銀緑色(っていうのかな? カッコよく言うとシルヴァーグリーン)の髪が眩しく輝いていたから、きっと大丈夫だと信じていたけどね。彼は天使の輪を持つ天使の美貌の男性だ。わたしを受け止めた時に、擦りむいたりしてないといいけれど。


 ここは中世ヨーロッパ風の世界なのに、独自の文明が進んでいるせいで生活レベルが高いようだ。これは魔法が存在しているからなのだろうか。


「錬金術師のディアライトさんか。どんな人なんだろう?」


 背が高くて脚が長くてシュッとした細マッチョで、とびきりの美貌の持ち主。彼の見た目が、おそらくこの国でも特Aランクだということはわかるが、問題は人柄だ。

 ナオミさんの話によると悪い人ではなさそうだし、落下するわたしを受け止めてくれた恩人でもあるから、悪い印象はない。彼のおかげで痛い思いをせずに済んだのだ。まあ、ちょっとしたアクシデントはあったけどね。

 うわ、思い出すと恥ずかしくなっちゃうよ!


 ただ、彼がなぜあんなにも熱心にわたしの後見人になりたがったのか、そのわけがわからないのが気になる。

 あと、他の人にはクールというか、顔が整い過ぎているせいか冷酷っぽく見える顔つきをするのに、どういうわけかわたしには、ほんのりと色づいた桜のようなほわっと柔らかな笑みを見せてくれるのも、嬉しいけど不思議である。

 あんな顔をされたら、問答無用で好きになっちゃいそうだよ、気をつけなくちゃ。


「わたしに神力があるから、錬金術の研究に役に立ちそうだから……異世界人特有の力を仕事に利用できそうだから、とかかな。あとは……わたしが好みのタイプの女性だったという可能性、いや、それだけはないな、うん、ないない」


 きっぱりと否定する。

 わたしは自分をよく知っているのだ。自分の立ち位置をわきまえた女子なのである。

 生まれてから一度も、普通の男子にすら告られた経験などない(ちなみに、告ったこともないからおあいこだ!)平凡なわたしが、あんな超絶イケメンに好かれるとは思えない。

 シンデレラは美人だったから、王子様に一目惚れをされたのだ。


「ディアライトさんはこの国で力を持ってそうな人だし、奈都子お姉さんは聖女だし、ふたりに目をかけて貰えば、とりあえずはなんとか暮らせていけそうだけど……いつまでも人に頼っているばかりじゃ駄目だよね。わたしに何ができるかを見つけなくちゃ」


 立派な決意をしたわたしだが、お風呂上がりにナオミさんと侍女さんたちの手で、足首までの丈の乙女なドレスを着せられた上に、きゃっきゃと黒髪を結い上げられてしまったので、ちょっと消耗した……。


「綺麗な黒髪ですわね!」


「つやつや〜、さらさら〜」


「お肌がもちもちのスベスベで、羨ましいですわ。ほんの少し、唇に紅をおさしいたします……ほら可愛い! 絶対可愛いと思ったのよ!」


 お姉さんたちの目に『着せ替え人形、ゲットだぜ!』って書いてあったよ。お貴族のお嬢さまっぽい口調がどんどん崩れていったよ。

 あ、大切なセーラー服は洗ってきちんとアイロンをかけておいてくださるそうです、よかったよかった。大切な青春の思い出として、しまっておこう。


「リーサさま、参りましょう」


 編み込みした髪を後ろに結んで、手編みレースの白いリボンが飾られて、朝の身支度ができると、わたしはダイニングルームへと案内された。


 どうやらわたしに用意された部屋には、リビングルーム、ダイニングルーム、寝室、衣装とメイクのためのファッションルーム、お付きの人たちが控える部屋、それにお風呂とトイレがあるらしい。日本のマンションとは違ってそれぞれがかなり広いので、トータルの広さは都会のマンションだと……すごく豪華なマンションだとしても、四室分くらいかな? もっと広いかもしれない。とんだゴージャスさまである。


 賓客をお迎えする客間らしく、ふんだんに装飾がされた家具やら天井やらの贅沢な内装に驚いていると、ナオミさんが「こちらは国外からいらっしゃる大切なお客さまもお泊まりになられる、王宮で一番良いお部屋なのですよ」と教えてくれた。


 それってもしや、異国の王族とかの専用じゃない?

 そんな部屋にわたしが入っちゃってもいいの?


 ちなみに奈都子お姉さんは、聖女専用の別邸が王宮の敷地内に建てられていて、そこに住むらしい。


 わたしはお姫さまファッションに着飾ってもらった自分の姿を見て『お稲荷さんの加護があるから、王族と同じ扱いなんだろうな』と、改めて日本にいるお稲荷さんとお狐ちゃんに感謝をした。

 スマホがあったら写真を撮って、お狐ちゃん宛に送るんだけど……お稲荷さんって、スマホを持ってるのかな。


 普段は安いジーパンしか履いてなくて、セーラー服のひだスカート以外のスカートには縁のないわたしなので、お姫さまドレスを着ると少し恥ずかしい。照れる。落ち着かない。

 でも、おなかはすいている。


「ディアライト錬金術師長閣下は、すでにお席についていらっしゃいますわ」


 閣下だって! カッコいいな!

 閣下って呼ばれる人を初めて見たよ。とても偉い人なんだなと、改めて思った。


 ヒールは低めだし、バンドで固定をされているから決して歩きにくくはないのだけれど、履き慣れないパンプスと、着慣れないふんわりと広がったドレスのせいで緊張したので、こけないようにナオミさんに手を取ってもらいながら、ゆっくり歩いてダイニングルームに行った。マンション四室分だから、意外とちょこまかと歩くのだ。


「ディアライトさん、おはようございます! いい朝ですね。昨日はお世話になりました」


 八人くらいで食事ができそうなダイニングのテーブルについていたイケメンに、わたしははきはきと朝の挨拶をする。おばあちゃんが「挨拶は人間関係の基本だからね、特に朝は大事だよ」としっかりと仕込んでくれたので、条件反射なのだ。

 で、挨拶してから『あ、この国のマナーが全然わかんないや』とはっとする。

 ほら、女性から口をきいてはならないとか、淑女の振る舞いはどうたらとか、ありそうじゃない?


 ナオミさんがエスコートしてくれたので、ドレスのスカートの扱いに戸惑いながら用意された席に着く。そして、口を半開きにしてこっちを見ているディアライトさんに言った。


「膨らんだスカートって初めてなんで、見苦しかったらごめんなさい。あと、こちらの習慣とかまったくわからないので、ディアライトさんに失礼があったらすみません」


 わたしが謝ると、彼は顔を横に振って言った。


「……いや、そうではなくて……こちらこそすまない」


「はい?」


「その、見惚れていた」


「……はいっ?」


 口を閉じたディアライトさんが、にっこり笑って「我が国の衣装に身を包んだリーサの姿があまりにも愛らしかったので、言葉を失ってしまったのだ。すまなかった」と言った。


 うおぅい!

 朝からものすごいリップサービスが来ちゃったよ。

 この国の男性は紳士だな。

 

「……あ、ありがとうございます」


 社交辞令だとわかっていても、顔が熱くなる。

 これからきっと、異世界から聖女にくっついてきたわたしは、こういうリップサービスを浴びるように受けるんだろうな。いちいち反応しないように気をつけないとね。


 あと、ナオミさんはどうして「ふえっ?」って変な声を出しているのかな。


 そうだ。褒められたお返しをしちゃおうっと。

 

「ドレスが似合うと言ってもらえて嬉しいです。そういうディアライトさんも、朝から爽やかで、光り輝くようにカッコいいですね! 昨日の、制服っぽい服装もよかったですが、シンプルなシャツ姿もお似合いです。ドキドキして朝ごはんが食べられなかったらどうしようかな? なーんていいつつ、おなかがぺこぺこだからお代わりしちゃいそう!」


 えへへ、と笑いながら言うと、超絶イケメンのお兄さんは目を見開いて「そ、そうなのか? ……ありがとう」と言ってから、片手で顔を覆い隠した。


 あれれ?

 わたし、変なことを言ったのかな?

 もしかすると、ごはんのお代わりはマナー違反なのかな?


「まあ、その、リーサにはおなかいっぱいに食べてもらいたい」


 ああ、よかったあ。


「さっきいただいたお菓子もすごく美味しかったし、期待しちゃいます」


「それは幸いだ。食は大切だからな、この国の食事がリーサの口に合うとわたしも嬉しい」


「ご親切にありがとうございます!」


「あとで王都にある人気の菓子屋から、おやつを取り寄せよう」


「おやつの心配までしてくださって、ありがとうございます! わたし、食べ歩きも好きです!」


「よし、店を調べておこう。まずは朝食を楽しんでくれ。お代わりも好きなだけするといい」


 お代わり自由になった!


 わたしが胸を撫で下ろして、並べられた料理を見て「わーい、美味しそう」と喜んでいると、控えているナオミさんが「ち、違う……なにかがおかしいわ……」と呟いていた。

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