異世界に飛ばされました 4
「お待たせいたしました」
「わあ、綺麗」
石板というから、なんとなく古びた感じのグレーっぽい石の板を想像していたのだけれど、副神官長さんが持ってきたのは、半透明でオパールのような遊色(虹色にきらきら光るアレだ)が見られる、宝石の塊と言っていいほどの美しいものだった。
「こちらは、上に手を置くと、その人物に与えられた神の加護がわかるという神器なのです」
穏やか系イケメンの副神官長さんは、奈都子お姉さんの前に石板を置いた。
彼が判断する通り、この場を仕切っているのは間違いなく聖女のお姉さんである。お姉さんの肝のすわり方があまりにも素晴らしいので、わたしも見習わなければと心の中で決意した。
異世界に来てしまった今、守られるだけの女でいては駄目なのだ!
わたしが密かな決意を胸に秘めてお姉さんの顔を見つめると、彼女は冷静に不思議な道具を観察していた。
「……ふうん。神器ね」
「奈都子お姉さん、これはファンタジー的に、なんかすごいやつですよね!」
わたしはお姉さんとは対照的に、光る石板に興味津々になる。早く触ってみたい。そしてわたしが神様からどんな力を貰ったのかを知りたい。
「やってみていいですか?」
「待って。これって、触ると魂を吸い込む……なんてことにはならないよね?」
「えっ?」
ワクワクするわたしの盛り上がりを制するように、奈都子お姉さんは恐ろしいことを言った。疑いの眼差しで神官長を見て、彼の方に石板を押し出した。
「念のために……先にあなたが手を乗せてみてください」
「わ、わたしがですか?」
「あっ、神官長さんが狼狽えてる」
わたしは小さな声で言いながらおじさん神官長をじーっと見た。
「ってことは、奈都子お姉さんの言う通り、本当は魂を吸い取る器械なのかもしれないな……わたしは純真な女子高生だから悪い大人に騙されないようにって、おばあちゃんも言ってたし。怪しいことを言う大人には充分気をつけなくちゃ」
「理衣沙ちゃんのおばあちゃんの言うことは正しいよ。セーラー服の女子高生は、警戒しすぎるくらいに警戒しないとね。なぜなら、危険が多いから!」
「わかりました!」
この世界にはセーラー服マニアはいないだろうけど、わたしはピチピチの十七歳なのだ。たとえ地味で平凡な顔をしていても、おばあちゃんは日本一可愛いって言ってくれたし!
すると神官長は「そんなものは吸い取られませんからっ! わたしは神に仕える神官で、怪しい大人ではありませんので!」と焦るように言って、ためらいなく石板の上に手を乗せた。すると、光を放った石板になにか文字が浮かぶのが見えた。
「ほら、聖女さま方にはこの国の文字が読めますか? これがわたしに与えられた加護ですよ」
「大丈夫です、読めます。言語に関する補正は稲荷大明神にいただいてますから」
「よかったあ、わたしにも読めます!」
日本語ではないその文字を読むことができて、わたしは心底ほっとした。文字が読めなかったらものすごく不便だけど、英語すら苦手なわたしにとって、これから第二言語を覚えるなんてことは拷問に等しいのだ。
石板には『治癒の力(小)』『祈りの力』『浄化の力(小)』『神託の力』という銀色の光が浮かびあがっていた。
なるほど、神官長おじさんにはちょっぴり癒しの力があるみたいである。
癒し系オヤジってわけだね。
……それはなんかちょっとやだな。
「どうやら大丈夫そうだね。それじゃあ、次はわたしが乗せてみるよ」
人体実験が済んで疑いを解いたお姉さんが石板に手を乗せる。現れた文字を見て、神官長さんが声をあげた。
「おお、聖女さまにはやはり『浄化の力』があるのですね! しかも、特大ですか? これは頼もしいことです」
それを聞いた、国王陛下夫妻をはじめとする人々が「おお……」「特大とは……」と声をあげた。
石板の上には『浄化の力(特大)』『聖なる力(特大)』『稲荷大明神の加護の力』と文字が光る。
「わたしは神様から、この力を使って、瘴気を発する場所をひとつずつ潰すようにと頼まれました。発生源を絶てば次第に魔物も減り、この世界は安全なものになっていくと言ってましたよ。あと、この『聖なる力』の特大というのは、浄化するのに使う力がほぼ底なしになるって話です」
「底なしですか! なんとも頼もしいお力です」
さすがは聖女、特大とはびっくりだな。能力をもりもりに盛られてきたね。
「それじゃあ、次は」
わたしの番かな、と思ったのに。
「わたしの力はこれだ」
お姉さんの言葉を遮って、立ち上がったディアライトさんが身を乗り出して石板に手を乗せた。ふわっと風が起き、ハーブのいい匂いがしてドキドキする。イケメンは匂いまでいいものなのか、そうなのか。
石板の上には『錬金の力』『鑑定の力』と出ている。
「わたしは錬金術に役に立つ作り出したものを鑑定する能力を持つのだが、手で触れることにより他人の持つ能力もおおまかにわかる。だから先ほど、リーサから神力を感じたのだ」
「……なるほどね。君は自分が変態ではないと言いたいわけだな」
まだ疑わしげな目で、お姉さんがディアライトさんに言った。また睨み合いになったら嫌なので、わたしは恐る恐る口を挟む。
「あのう……わたしもやっていいですか?」
「先に使ってすまなかったな。リーサのための石板だというのに」
ディアライトさんは、わたしの前にそっと石板を置いてくれた。
「いえ、全然、大丈夫です」
ディアライトさんの緑の瞳と甘く響く低い声にまたしてもドキドキしながら、わたしは右手を乗せた。すると石板に『箱庭の力』『稲荷大明神の加護の力』『精霊の加護の力』という表示が現れた。
「え? 箱庭ってなんだろう?」
わたしは見慣れない単語に戸惑った。
「箱庭……聞いたことのない能力ですな」
神官長さんも、首をひねっている。
お狐ちゃんが、庭いじりに励みなさいって言っていた覚えがあるから、これはおそらく園芸関係の能力なのだろう。
神官長さんが言った。
「拝見したところ、リーサさまには聖女としての仕事をするための能力はないようですね。しかしながら、異世界の神、及び精霊の加護をお持ちの稀有なお方です。国王陛下、リーサさまは大切な客人として、国が責任を持ってもてなした方がよいでしょう」
「うむ」
国王陛下が頷いた。
「ならば、やはりわたしが責任を持ってもてなそう」
やる気を出すディアライトさんを見て、奈都子お姉さんは「強引な坊やねえ……」と呆れたように言った。
「錬金術師長さん。節度ある態度で、責任を持って理衣沙ちゃんの面倒を見てくれると誓えるかな?」
「もちろん、誓う」
おお、お姉さんが折れたようだ。これでわたしは、イケメン錬金術師のお世話になることが決まった……けど……。
『こんなイケメンと毎日接したらわたしの心臓が持たないかもしれない問題』が発生した!
「では、リーサはわたしの屋敷に招いて……」
「それは駄目。理衣沙ちゃんは王宮に居住してもらいます」
ディアライトさんは奈都子お姉さんにばっさりと斬られてしまった。
「あなた、ナオミさんって言ったかしら?」
お姉さんは、さっきからお茶の用意をしたり、わたしのタオルを交換したりと面倒を見てくれている黒髪の侍女さんに声をかけた。
「はい、わたしの名はナオミ・ゼンダールです。この国の宰相であるゼンダール公爵の三女でございます」
この侍女さんは、おひげの宰相さんちのお嬢さまなんだね。
「そう、よろしくね。あなたはおそらく、わたしの侍女として選ばれたのだと思うのだけれど、理衣沙ちゃん付きに変更してもらえるかしら?」
「えっ?」
わたしは日本人に顔が似ている美女を見た。するとナオミさんは「はい、喜んで理衣沙さまにお仕えさせていただきますわ」と笑って言った。
「理衣沙ちゃん、ナオミさんはおそらく日本と関わりがある人だよ。もしかすると、先祖に日本人がいるんじゃないかな? まったく無関係な人より、ナオミさんにそばにいてもらった方が落ち着くと思うよ」
「えっ、そうなんですか?」
わたしはナオミさんの顔をまじまじと見た。
「聖女さま、さすがでございますね。確かにゼンダール家は、遠い昔に異世界にある『ニホン』という国からこの世界にやって来た、サムライなる職業の男性『コサブロー』が手柄をたてて興った家でございます」
「サムライ! 昔の人も異世界に転移していたんだ!」
だから、親近感のある顔立ちをしてたんだね。サムライジャパンの子孫だったんだ。
「でも、いいんですか? 奈都子お姉さんのための侍女さんなのに……」
「わたしは仕事で様々な国の人たちと関わって来たから、人種や国籍の違いなんてたいして気にならないんだよね。だから、誰が側仕えになっても大丈夫なんだよ。でも、理衣沙ちゃんは違うでしょ? 異国どころか異世界に来ちゃって心細いだろうけど、同じ日本人のよしみでナオミさんがいてくれたら安心だろうし、きっと味方になってくれるよ。そうでしょう?」
「はっ! ナオミ・ゼンダール、我が先祖コサブローの名にかけて、この命に換えてもリーサさまを御守り申し上げます!」
ナオミさんが、ずさっと絨毯に片膝をついた。
あれ、まさか、コサブローさんって将軍のお庭番だったとか……じゃないよね?
こうして、わたしはルニアーナ国の王宮の一室で、ナオミさん率いる侍女&メイド軍団(なんか、総勢で十人を越えるんだよね……わたしはお姫さま扱いをされるみたい)に面倒を見てもらいつつ、ディアライトさんに後見してもらうことになった。
サロンでの話し合いが終わると、奈都子お姉さんはムッとした表情のイケメン錬金術師にざくざく釘を刺してから「理衣沙ちゃん、ごめんね! わたしにはすぐに浄化しなくちゃならない、急ぎの案件があるんだ。なるべく早く帰ってくるからね。なにか困ったことがあったらナオミさんに相談してね」と、ディアライトさんをまるっと無視して仕事に行ってしまった。
「……ええと、ディアライトさん、よろしくお願いします」
わたしが頭を下げると、彼は「そんなにかしこまる必要はないぞ」と言った。
「リーサ、今日はいろいろなことがあって疲れただろう。これからの生活については、明日、相談に乗るから、今日は部屋に連れて行ってもらってゆっくり休むといい」
「あ、はい、そうします」
「朝食を共にとろう。ではまた明日に……歩けるか?」
ディアライトさんは腕を伸ばしてわたしを抱き上げようとした。
「ありがとうございます、でも大丈夫です、歩けます!」
またお姫さま抱っこをされたら、緊張と恥ずかしさといい匂いで鼻血を出してしまいそうだ。イケメンは存在が罪なのである。
少し残念そうな様子のディアライトさんは「ならば、これで失礼する」と仕事に戻っていった。
「リーサさま、よろしかったら、わたしにおつかまりくださいね」
「ありがとう、ナオミさん」
「ディアライトさまは、前線に補給する物資……回復薬などを作るお仕事をなさっていて、大変お忙しいんですよ。真面目な人物ですが、なんというか……」
ナオミさんは言い淀んでから「ともかく、彼は信用に値する人物だと思います。良い方に後見について貰えて、よかったですね」と微笑んだ。
「そうなんだね。そんなに忙しい人なのに、わたしなんかにかまっている時間があるのかな」
「ふふふ、殿方には癒しの時間も必要なのでしょう」
「癒し? なぜ癒し?」
ナオミさんは、意味ありげに笑うだけだった。
「さあ、参りましょう。わたしでよければ背負いますが?」
「歩けます!」
「わたし、けっこう力持ちですので、遠慮なさらないでくださいね」
心身共にかなり疲労しているわたしはふらふらしながらナオミさんに介助されて、用意してもらった部屋(広いし、なん部屋続きなのかわからないよ)に着いた。そして、さっそく豪華なベッドルームでお昼寝をさせてもらった。
日本を発ったのは夕方だったけれど、こちらではまだ午後なのだ。
時差ぼけがまったくなくて助かったよ、お狐ちゃんありがとう。
ベッドに横になると、とにかく爆睡した。
人間、眠れる時に寝て食べられる時にしっかりと食べるのが一番大事なのだと、おばあちゃんに言われたからだ。
おばあちゃん……今頃は別の世界で楽しく過ごしているかな……。
『理衣沙よ安心するがよいぞ。あのふたりは安定のラブラブカップルとなっておるわ』
寝入りばなに、そんなお狐ちゃんの声が聞こえたような気がした。