あなたに届け 1
「離せ! このわたしを誰だと思っている!」
お狐ちゃんのお仕置きビリビリでまだ身体が痺れているらしい王子は、自分を憎々しげに見下ろすかつての下僕に言った。
魅了の力が効力を失った今は、もう誰も味方がいない。王族ではあるが、国の敵、忌むべき自分勝手な犯罪者である。人を人と思わずに自分の欲望のまま操っていたオリョース第三王子には真の味方となるものなどいないので、完全なる孤独に陥っている。
「あなたを誰だと思っているか……悪どい手口で王位を狙う極悪人、とでも言いましょうか? それとも人間のクズ? もう残り少ない人生ですからね、王族を名乗るのならば、観念してせめて大人しく過ごしてもらいたいものです」
「貴様、ぐうっ……」
オリョース第三王子は、アンドルさんの指示によりお付きの人たちの手で捕縛された。そして、わめき声がうるさいということで最後には猿轡をかまされて、荷物のようにぞんざいな扱いを受けていた。
オリョース第三王子が運び出されると、アンドルさんは憔悴した顔でわたしたちに頭を下げた。
「ルニアーナ国の皆さま、天使リーサさま、このたびは大変なご迷惑をおかけいたしました。天使さまに、かけられた呪いのような力から我々を解放していただきましたことを、ここに深くお礼を申し上げます」
自分の娘を自死するまでに追い詰めた邪悪な王子に洗脳(魅了って、つまり洗脳だよね)され、彼を王位に就かせるための駒となっていた、アンドルさんをはじめとするムレイラ国の人々は、ほとんど皆が同じようにオリョース第三王子に恨みを持っていたらしい。
全員が憎悪に満ちた目で王子を見て、手酷く扱っている。
すべては王子の身から出た錆であるから、同情はしない。
「我々は国に戻り次第、魅了の力のせいではなく自分の意思でオリョース第三王子についていた人物を全力で炙り出します。その者たちも含めて、国家転覆罪で国王陛下に処分をしていただく次第です。天使リーサ、国の危機を救っていただいたこのご恩は決して忘れません」
アンドルさんが深く頭を下げたので、わたしは「いえいえ、わたしではなくて神さまのお力ですよ」と言った。そして、木の入れ物を取り出す。
「それではアンドルさん、この薬をひとつお預けしておきますね。これは、回復薬では治らない傷跡を消す塗り薬で、擦り傷切り傷もたちどころに治ります。試していただくとわかりますが、神罰によりムレイラ国の人には今はこの薬の効果はありません。オリョース殿下と国家転覆計画の首謀者たちがすべて……その、処分、ええと、この世界からいなくなれば、効き目が出てくるはずなのでわかりやすいかなと思います」
わたしは万能塗り薬をアンドルさんに手渡して「あと、これは女性のお肌や髪にめっちゃ効く化粧品となりますからね。ムレイラ国の王妃さまが喜ぶんじゃないかなと思います」と付け加えた。
「なんと! 女性をより美しくする化粧品とは……ふむふむ、王妃陛下には大変な勢いで罪人狩りをしていただけそうですね」
アンドルさんは、暗い瞳で笑い「女性は、いざとなると男性よりもずっと思いきりとか勢いとかがよくなります。美しくなるためには、魂を売り渡すくらいの決断もあっさりとしますからね。特に、ムレイラ国の王妃さまは、それはもう……」と呟いた。
「天使さま、この薬はもしや、シワにも効きますか?」
「効きます。小皺が減ってお肌がぴちぴちのぷるぷるになります」
被験体はルニアーナ国の王妃さまでーす。
若返った王妃さまはものすごくご機嫌で、わたしにお菓子とかドレスとかを届けてくれるし、元々仲良しだった王さまともさらにラブラブになったそうです。
王さまはわたしを宝物庫に連れ込んで「好きなものを持っていってかまわんぞ!」とやって、お髭の宰相さんに叱られていました。
宝石には興味がないので、アランさんのアドバイスで、魔力を閉じ込めることができる大きな光る石をもらいました。
アンドルさんは、シワ伸びお肌ぴちぴち効果にとても喜んで、わたしたちに約束をした。
「それならば、我らが帰国して数日のうちに、我が国の王妃陛下は若かりし日の美しさを取り戻されることでしょう」
数日かよ! って突っ込んでもいいかな?
「王妃陛下はきっと、草の根を分けてでも謀反人を探し出されることと思いますので」
「バイタリティがある王妃さまなんですね」
「はい、とても明るく気持ちのよいお方ですよ。剣技にも優れていらっしゃいます。よろしかったら、そのうちムレイラ国にも遊びに来てください。きっと喜ばれますから」
「あははは、そのうちにね」
笑いながらオリョース王子に向かって剣を振り回す王妃さまはちょっと怖いので、アンドルさんからそれ以上の情報は貰わないようにしておくよ。
ムレイラ国のご一行が戻っていき、わたしはまた畑仕事と回復薬作りに勤しむ日々を送った。
アランさんはお狐ちゃんに、草餅がとても美味しかったとお礼を言い、扉越しに作り方を聞いていた。和菓子を褒められて気をよくしたお狐ちゃんは、ヨモギを箱庭で育ててアランさんに渡すようにとわたしに言った。ついでに箱庭の水田で普通のお米と餅米と小豆を育てたので、仕事に余裕が出た錬金省に材料を持ち込んで草餅作りが行われた。
お米と餅米を粉砕して上新粉と白玉粉を作るところから始めるので、上手くできるのか少し心配したが、さすがはセンスのある錬金術師たちで、一度草餅を作ったら次からは錬金釜に材料を入れるとあっという間に美味しい草餅ができるようになった。
もちろん、できた草餅はお狐ちゃんにもノムリンとアドリンにも味見をしてもらった。お狐ちゃんが「ふむふむ、よき腕じゃ。では、他の和菓子の作り方も教えようかのう」なんて言っていたので、錬金省に和菓子部が創設されるかもしれない。
「これでしばらくは、おやつに困らないよね」
わたしが錬金省の皆さんと一緒に出来たての草餅を頬張りながらアランさんに言うと、彼は「リーサ、この草餅も大変な薬になっていることに気づいているか?」と、なんとも言えない笑みを浮かべた。
「最初に食べた時には最大魔力量が増え、次回からは食べた時に一時的に魔力量が増える。今まで魔力を増やす薬などなかったというのに……」
「えっ、そうなの?」
わたしはお代わりに手を伸ばしながら驚いた。
自分には魔力がないから、単に美味しいおやつなんだよね。ヨモギの風味も餡子の味も最高によくて、いくらでも食べられちゃう。
「師長、これはすごいおやつですね! ではなくて、薬ですね!」
「自分の魔力も限界値を突破しました。この歳になって魔力量が増えるとは思いませんでしたよ」
「おかげでますます仕事が楽にこなせます。回復薬を作る速度が全然違ってきてますから」
「さすがは錬金の天使さま、我々の希望の星です」
錬金術師の皆さんに、ものすごく褒められた。
いや、わたしのお手柄ではないんだけどな。
なるほど、箱庭で作ったヨモギには神力がたっぷり込められていた、というわけだね。ヨモギは日本でもお灸に使われたりしている立派な薬草だもんね。
そういえば、お狐ちゃんに勧められて干したヨモギをお風呂に入れたら、全身がすべすべになったので、さっそく親切な王妃さまにもお分けしたら、大喜びされた。
疲労回復効果もあって、王族の皆さんが愛用しているらしいよ。肩こり腰痛から解放された王さまは、またわたしを宝物庫に連れていきそうになったよ。
ちなみに、お米と餅米と小豆は薬にはならなかったけれどとても味が良かったし、箱庭から持ち出して育てたら瘴気で力を無くした畑でも丈夫でよく実ったので、芋に続いて食料問題を解決する作物となった。
ヨモギも推しておいたので、草餅はルニアーナ国のトレンドおやつになった。
なによりも嬉しいのは、ルニアーナ国で塩むすびが食べられるようになったことだよ! 白米サイコー!




