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異世界に飛ばされました 3

 異世界からやって来たわたしたちのために用意された部屋は、殺風景な会議室などではなくて、ソファーとテーブルが置かれたサロンのような居心地の良い場所だった。

 ふかふかの絨毯が敷かれていて、部屋の中はもちろん暖かく、おしりにも優しい。石の床とソファーが優しさ対決したら、そりゃあソファーが勝つに決まっている。

 ヨーロッパによく見られる石造りの建物というのは、見た目はかっこいいけれどかなり冷えることがわかった。

 なんでも、石の建物は耐久性があるけれど、湿度と地震に弱いというらしい。そのため日本にはあまり石造建築はないと聞いたことがある。きっとこの国は湿度が低くて地震が少ない場所なのだろう。


「どうぞ、こちらをお使いください」


 酷い状態になったタオルハンカチを「洗っておきますので大丈夫ですよ」とメイドではなく侍女だというお姉さんに取り上げられて、代わりにふんわりしたタオルを渡された。

 黒髪に焦茶の瞳をした侍女さんは、欧米風味の強い他の人たちと違って、なぜか顔立ちに馴染みがある。日本にいたら、モデルか女優にスカウトされそうなほど整った顔だけどね。

 そして名前も『ナオミ』さんだ。大変覚えやすい。


 今わたしは、三人がけのソファーの真ん中にふっかりと身体を預けている。

 座り心地の良いソファなのに落ち着かないのは、一緒に座るふたりのせいだ。


 わたしの右には聖女のお姉さん、そして左にはわたしの保護者になる気満々らしい、緑の髪と瞳をしたイケメン氏が座っている。

 このふたりはウマが合わないのか、さっきから嫌な感じのオーラをお互いに飛ばし合っているのだ。か弱いわたしを挟んでそういうことをするのは、怖いのでやめて欲しい。わたしのために争わないで。

 あと、お姉さんがお兄さんの美貌にまったく心を動かさない様子がすごいと感心した。わたしにはとても真似ができない。同じ高校のカッコいいと評判の男子と話すだけで、緊張のあまりに挙動不審になるほどなのだから。自慢じゃないが、コミュニケーション力には自信がないのだ。

 聖女に選ばれたお姉さんには、強い精神力とコミュニケーション力があるようで羨ましい。


 ちなみに、わたしはお兄さんの顔を見るとさっきの不幸な事故を思い出して、顔面からファイヤー放射してしまうのでなるべく目を逸らしている。

 でも、心の底では『ファーストキスの相手が超イケメンで、ちょっと嬉しいかも……』なんてことを考えていたりする。

 乙女のハートはデリケートなのだ。


 正面に座るのは、四十代くらいに見える国王夫妻。

 そして他に同席しているのは黒いおひげの宰相のおじさんと、神官長と副神官長だというおじいさん寄りのおじさんとほんわかイケメンのお兄さんと、騎士団長のゴツい系筋肉おじさんと、防御魔術師団長のお兄さんと攻撃魔術師団長のお姉さん。美男美女だ。

 名前はカタカナだったので、全部忘れた。

 あと、みんな欧米風味で顔が整っている。宰相のおじさんは髪が黒いせいか、日系人くらいには見えるけど、彫りが深くて欧米っぽい。この世界は基本的に顔面偏差値が高いのだろうか。地味で平凡でコミュ障なわたしが生き抜いていけるか、かなり心配である。


「それでは、わたしたちも簡単に自己紹介をいたしましょうか?」


 その場を仕切るのは、聖女のお姉さんだ。

 この部屋に来る時に「おお、君は十七歳なんだね。わたしの半分以下の年齢かあ……青春だなあ」と遠い目をしていた。あと「わたしはバリキャリってやつだよ」とも言っていた。

 たぶん、わたしの不安を和らげようとして、なんでもない会話をしてくれたんだと思う。親切なお姉さんだ。なるほど、聖女に選ばれるだけある。


「わたしの名前は大峰おおみね奈都子なつこです。ナツコとお呼びください。会社の帰りに事故で亡くなるところを、日本という国の神様に救われて、このルニアーナ国の聖女の仕事を紹介していただきました。なかなかのやり甲斐が感じられ、しかも人々に求められている仕事ということなので、これからに期待しております」


 待って、それじゃあまるでハローワークか転職エージェントだよ?


「神様よりおおまかな業務内容のレクチャーを受けており、内容は把握済みです。可能ならば、明日からさっそく勤務に就きたいと考えております」


「あっ、はあ、それは大変助かります」


 やる気満々のバリキャリお姉さんに、神官長のおじさんは押され気味である。副神官長のお兄さんは「それは頼もしいですね!」ととても嬉しそうだ。もしかすると、奈津子さんが来たことでお兄さんの仕事が楽になるのかもしれない。


「王都の付近に気になる瘴気だまりがあるので早急に対応するようにと、神様より忠告をいただいております。その辺りから取り掛かっていけばよろしいと判断しましたが……詳しいスケジュールは、僭越ながら新参者のわたしが立てさせていただいてもよろしいですか?」


「あっ、そうですね、はい」


「ご理解いただきまして恐悦です」


「いや、こちらこそ、はい」


 神官のおじさんは、お姉さんの勢いにのまれて頷き人形と化している。


 そこまで話すと、今度はお姉さんが『自分で言える?』というように、わたしの顔を見たので、続いての自己紹介に挑戦する。


「あ、あの、わたしは中峰なかみね理衣沙りいさっていいます。十七歳の女子高生です。部活は園芸部で、運動は得意ではありません。成績も真ん中くらいです。ええと、ちなみに理衣沙っていうのが名前ですので、そっちで呼んでください。土砂崩れで家ごと潰れて死んじゃうところを、ご近所のお稲荷さん、その、稲荷大明神っていう名前で呼ばれている全国的に有名な日本の神様に助けてもらって、そこの眷属……神様のお手伝いをしている狐の女の子が、わたしを暮らしやすくて安全な世界に送ってくれようとしたのですが、なにか手違いがあったみたいで、ここに落ちて来た感じで……ごめんなさい、わたしにはすごいお仕事はできないかも……」


 働かざるもの食うべからず、なんて言われたらどうしよう?

 食器洗いくらいならできると思うけど……あとは、畑のお手伝いとかかな。

 でも、園芸と農業は違うから、あまり役に立たないかもしれない。


 俯くわたしの背中を、奈都子お姉さんが優しく叩いて「そんなのは気にしない。理衣沙ちゃんはまだ学生なんだからね、お勉強するのが仕事だよ」と言ってくれた。


「おかしいと思ったら、手違いってやつでここに来ちゃったのか……。理衣沙ちゃん、ごめん、ちょっと真面目に説明するよ。実はこの世界は日本みたいな安全な国じゃないんだよね。魔物とのシビアな戦いがあるんだって。瘴気っていう毒ガスみたいなものが出て来る場所があって、そこから魔物が湧いてくるらしいよ」


「シビアな戦い? 魔物って、お化けがいるんですか?」


「そうだよ。凶暴な、猛獣よりもタチの悪いヤツららしいよ。それで、魔物と命懸けで戦う人たちがたくさんいるんだって。安全とはとても言い難い世界だよね。だから、理衣沙ちゃんは、神様にとんでもない手違いをされちゃったわけだ」


「ええっ、怖い……もしかして戦いで、人が死んだりするんですか?」


「……そうだよ、犠牲はあるね」


 わたしは震えあがった。

 両親が亡くなった時に、わたしの心の中に空洞ができてしまった。そこには『死』という言葉がすっぽりはまっているのだ。


 ここは人がいつ死んでもおかしくない世界なのだろうか?

 こんな世界で、平和ボケしたわたしはひとりで生きていけるのだろうか?

 昨日会った人が今日は死んでいた、なんてことが日常的にあるのだろうか……。

 

 わたしは不安になり、『おばあちゃん、怖いよう……』と少し涙ぐんでしまった。


「でも、大丈夫だから安心して! わたしが聖女になったからには、この世界も安全にしてみせるよ。神様の話によると、他の世界から来た人間はかなり大きな力を使えるように細工できるんだって。わたしには聖女としての力がもりもりに盛ってあるから、頼りにしてよ」


 お姉さんが、親指をグッと突き出していい笑顔で断言した。


「奈都子お姉さん……」


 イケメン系女子なのかな。頼りがいがあり過ぎる。


「ってことで、同じ日本人のよしみで、わたしが理衣沙ちゃんの面倒をみます」


 きっぱり宣言してくれるお姉さんの言葉に「いや、リーサの後ろ盾にはわたしがなろう」とお兄さんの声がかぶさった。


 お姉さんは眉根を寄せて「はあ?」とお兄さんを睨んだ。


 このイケメンさんは、まだ二十代の若い人なんだけど、国の錬金術師長という役職についているとのことだった。錬金術がなにをするのかよくわからないけれど、国の代表者として聖女の出迎えをするくらいだから、かなり偉いらしい。


 ちなみに、名前はアランフェス・ディアライトさんという。

 他の人たちの名前も聞いたんだけど、カタカナ名前は苦手なので見事に覚えられなかった。さすがにファーストキスの相手の名前くらいは覚えたいので、このディアライトさんだけがんばってみた。

 わたしは地理とか歴史とかの暗記ものは苦手なのだ。


 ディアライトさんは、うっすらと笑ってお姉さんに言った。


「聖女ナツコには、任務に専念してもらいたいゆえ、客人はわたしに任せてもらいたい」


 同じような笑みを浮かべて、お姉さんが答えた。


「いえ、わたしが保護者になった方が理衣沙ちゃんも心強いかと」


 やだ、このふたりの笑顔、なんか怖い。


「しかし、聖女の仕事は出張も多い。騎士団の遠征に同行することもあるだろう。王宮の錬金術省に常駐するわたしの方が、リーサの世話をするのに適切だ」


「それはまあ、そうだけど……あなたは変なことを考えているんじゃないかな?」


「変なこととはなんだ?」


「理衣沙ちゃんを嫁にする気なのかって聞いてるの」


 お姉さんが、どストレートなやつを放ったよ!


「初対面の女の子に婚約がどうとかっていうのは、わたしたちの国では非常識な考え方なんだよね」


「わたしとしては、先ほどの責任を取ることはやぶさかではない。だが、彼女の将来については本人の意思を尊重しようと考えている」


「男の責任を取りますってわけ? でも、会ったばかりのわけがわからない男に、理衣沙ちゃんは任せられないな」


「わたしはこの国の錬金術師長だ。身元はしっかりしていると思う。わけのわからない男などではない」


 わたしを挟んで、お姉さん対お兄さんの激しい攻防が繰り広げられてしまい、間に座ったわたしはタオルを顔に押し当てて困り果てていた。


 困りながらお兄さんの顔をちらっと見上げたら、目が合ってしまった。

 ヤバい、顔が良すぎて緊張する。


 お兄さんは、わたしに向かって軽く頷いてから、奈津子お姉さんに言った。


「実は先ほど、リーサから神気を感じたのだ。もしかすると、リーサには錬金術師としての素質があるかもしれない」


「神気って……やだ、口から? 変態」


 お姉さんは顔を引き攣らせて、お兄さんに気持ちの悪い虫でも見るような視線を向けた。


「手からだ!」


 お兄さんは怖い顔をして奈都子お姉さんを見た。


「わたしは変態ではない!」


「だって、理衣沙ちゃんはまだ十七歳なんだよ? 日本なら、おっさんが手を出したら犯罪だよ」


「そうか。十七歳ならばルニアーナ国では結婚していてもおかしくない年齢だ。ちなみにわたしは二十二歳だから、まだおっさんとは呼ばれたくない」


「えっ、嘘でしょ! あなたかなり老けてない?」


 お姉さん、はっきり言うね!

 ディアライトさんは欧米人の骨格だから、確かに日本人よりも年上に見えるけど、お姉さんの採点は厳しいね。


「失礼な聖女だな! そういうナツコ殿はおいくつなのだ?」


「……」


 うわあ、女性に言ってはならないことをあえて言ってしまうとは、お兄さんもなかなか好戦的ですね。


「あ、あのですねー」


 険悪な空気をなんとかしたくて、わたしは恐る恐る口を挟んだ。


「実はわたしは、神様から特別な加護をいただいたんです。詳しいことはわからないんですけれど……こちらに来る時にばたばたしていて、説明を聞く時間がなかったので」


「特殊技能のことかな? わたしももらったんだけど……どうしたら確認できるんだろうね。知りたいね」


 お姉さんがそう言うと、副神官長のお兄さんが「それならば、神託の石板をお使いになるといいと思います」と言った。


「すぐにお持ちいたします」


 石板がやってくるまでわたしの両隣が一時休戦状態になったので、そっとため息をついた。

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