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異世界に飛ばされました 2

「おおおおおおーっ、これはなんの無限落下アトラクションだよおおおおおーっ」


 わたしは『きゃあ』ではなくて『おおおお』という、あまり女子力のない悲鳴をあげながら(人間、いざという時には、こんな遠吠えみたいな声になるものだ。真の非常時にきゃあと叫ぶ女子なんて漫画の中しかいないと思うよ)宇宙空間みたいな場所とかオーロラの輝くような場所とか濡れない滝の中とか、わけのわからない綺麗な場所をものすごいスピードで進んで行った。


 これは魂を削られるようなアトラクションだね、怖いのになぜか楽しいし、遊園地だったら一回五千円くらい取られるレベルのやつだね。

 もうどっちが上なのかすらわからないよ。


 しばらくすると速度が落ちて、パステルカラーの光が輝くファンシーな空間をふわふわと浮かんで飛んだ。

 さっきと比べると全然女子度が高いアトラクションになったので、わたしはほっと息をつき、強張った全身から力を抜いた。


「あー、面白いけど怖かった。他の世界に移ったおばあちゃんたちもこんなところを飛んだのかな? さっきのはかなり心臓に悪かったけど、お年寄りたちにも大丈夫だったのかなあ。ふたりとも、もう後期高齢者だもんね」


 遊園地のジェットコースターには『心臓の悪い方や高血圧、高齢の方はご遠慮ください』という注意書きがあった気がするので、わたしは心配になったが、畏れ多くも神様たるものがミスるわけないだろうから……きっと大丈夫だよね?


 安定した姿勢になったわたしは、両手を羽ばたいたり脚をばたつかせたりしてみる。


「おお、楽ちんだわ……これくらいならまあ、異世界へのトリップとしてはいい感じかな?」


 水平に飛べると鳥になったようでけっこう楽しい。慣れって怖いね。


 と、遙か遠くの方に人影を発見した。


「おーい、もしもしそこの人ー、もしかすると神様に言われて他の世界に行く人ですかー、って聞こえてないや」


 よく見えないけれど、会社員の人が着ていそうなベージュのパンツスーツを着た女の人が安定した体勢でファンシー空間を飛んでいる。


 わたしよりもかなり年上のお姉さんかな? 二十代ではなさそうだ。

 んで、なんか全身が神々しい感じに光っているけど……人間だよね?


 彼女の通った後には飛行機雲のようなものが残っていて、わたしはそこに吸い寄せられるようにして近づいた。そして、そのまま雲のレールに沿って、お姉さんのずっと後ろから着いていって、パステルな色の空間を気持ちよく飛ぶ。


「そういえばお狐ちゃんが、ひとり女性が先に行ってるとか話してたよね。彼女がそうかも。よかった、心強いよ」


 こんな奇妙なことになって不安だけど、仲間がいるといないとでは大違いだ。


 そうこうしているうちに目的の世界に着いたのかお姉さんの軌道が変わり、黒っぽい巨大な穴に落ちて行くのが見える。

 わたしの目には、なぜかその穴の先の光景が見えていた。

 目で見るというよりも、頭の中に映像が浮かぶ感じかな?


 お姉さんがゆっくりと下に降りて行くと、そこには十人くらいの人たちがお姉さんを待ち構えていた。若い男性……といっても、大人だからわたしよりもずっと歳上の人や、おじさんや、お姉さんや、おばさんや、あとは頭に王冠のようなものをつけた人もいる。あれは絶対に王様だ、賭けてもいい。


「聖女さま、ようこそおいでくださいました」


「ありがたき聖女さま、ルニアーナ国へようこそ」


「どうぞ我々にお力をお貸しくださいませ」


 拍手で出迎えられている。


 ふむふむ、到着するのはルニアーナ国というところか。あの王冠のおじさんが国王陛下だろうから王政だね。王様自ら出迎えるなんて、お姉さんはかなり重要視されていると見たよ。

 その他の人は、かっちりした騎士っぽい服とか、地味なローブとか、日本ではあり得ない服を着ている。なんだろう……そうか、この世界観はこの前見た映画に似ているんだ。剣と魔法の王国ファンタジーでかなりヒットした映画なんだけど、まさかここってそっち系の世界?

 ちょっと待って、だとすると、かなりのハードモードな世界だと思うんだけど!

 あの映画では、他国の兵士に剣で斬られたり、ドラゴンに火を吐かれたり、巨大な化け物に殴り飛ばされたりして、かなりの人数の人がお亡くなりになってたよね?


 わたしが冷や汗をかいて見ていると、まだ身体が光っているお姉さんは石造りの床にふわりと降り立って、落ち着いた様子で人々に対応した。さすがは社会人である。


「皆さん、こんにちは。連絡があったと思いますが、わたしは神様から聖女としての業務を承ってこの世界に参りました。よろしくお願いいたしますね」


「おおおおお」


「お待ちしておりました! 遠路はるばると、ありがとうございます」


 不思議な服装の人たちにすごい歓迎をされている。

 で、お姉さんはみんなに聖女さまって呼ばれている。

 

 これはどういうこと? お姉さんは普通の人間じゃないの? 

 神様からなにかを承ったってことは、お姉さんもお稲荷さんに言われてやってきたんだよね?


 そんな映像を遠隔で見ているうちに、ゆっくりと進んでいたわたしも黒い穴のところに到達した。

 お姉さんみたいにふんわりと減速するのかと期待したのに、普通に落下し始めたので焦る。


「え、待って、落ちる、落ちるーっ!」


 わたしの悲鳴が聞こえたらしくて、ぎょっとした顔の人々が上を見上げた。


「なんと、少女が落ちてくるぞ!」


「聖女さまはもうひとりいらっしゃるのか?」


 違う、わたしは聖女じゃない。

 あと、止まらない。

 しかも、頭から落ちて絶体絶命だ!


「いやあっ、お狐ちゃん、手抜きは駄目だよ、加護で減速をお願いだよーっ!」


 わたしは日本にいるお狐ちゃんに向かって叫んだ。

 命を救ってくれるなら、最後までしっかりと面倒をみてほしいな!


「落ち着きなさい、大丈夫だ」


 わあわあ騒ぐ人たちの中で、落ち着いた声がわたしにかけられた。


 見ると、淡いグリーンの輝く髪にエメラルドみたいな瞳をした、ものすごく綺麗な顔をした若い男の人がこっちを見ていた。彼は落下するわたしを受け止めようと決意したらしく、腕を伸ばしてくれている。


「こっちに来い」


 うわ、イケメンのリアクションがカッコ良すぎてヤバい。こんな状況なのにきゅんとくる。

 きゅんとした拍子に、地上三メートルくらいのところで、わたしの身体はがくんと速度を落とした。それでも落下するわたしは勢いがついていたので、けっこうな衝撃でお兄さんにぶつかった。


 親切な男の人は上手に受け止めてくれて、ふたりでそのまま倒れてしまったけれど、頭を庇ってもらったから床で顔を打たずに済んだ。けれど、勢いを殺しきれなかったので、ふたり仲良く横にゴロゴロと床を転がった。三回転くらいしてから、男の人の上にわたしが乗った状態でようやく止まった。


 あれ……わたしの口が……親切イケメンの口に……くっついた状態で……?


「う、うわあああ」


 嘘でしょ!

 知らないお兄さんとちゅーしちゃったよ!


 わたしはお兄さんの上から飛び降りて、冷たい石の床にぺたんと座り込んだ。


「す、すいません、すいません」


 これは完全に、不可抗力な、事故である。

 だけど、知らない国の知らないお兄さんと、出会い頭にちゅ、ちゅーしちゃうとか、ヤバい! ヤバすぎる!

 しかもわたしはデートなんてしたことがないし、男子と手を繋いだこともないという、箱入りのピュアピュアな青春を送っていた女子高生なのだ。

 初めてのちゅーなのだ。


「あ……あ……」


 パニックになったわたしが両手でちゅーしちゃった口を押さえていると、ゆっくりと床から起き上がった美形のお兄さんも、指先でそっと唇に触れてわたしを見た。


「あ……」


 目が、合った。


 わたしはもう、どうしたらいいかわからなくなった。

 潰れた家とか、もう二度と会えないおばあちゃんや友達のこととか、知らない世界にたった一人になったこととか、いろいろなことが頭の中を駆け巡り、両手で顔を覆って俯くと涙が溢れてきた。


「う……う、ううう、うわああああん、初めてだったのに! もうお嫁に行けない身体になっちゃったよう……」


 自分で言っておいてなんだが、今どきファーストキスをしたら結婚できなくなるなんてことはない。

 と言うわけで『んなわけあるか!』と、わたしの中のわたしが突っ込んだ。しかし、溢れる涙が止まらない。


 聖女のお姉さんが難しい顔で腕組みをした。


「ふうむ、なるほどそう来たか……女子高生が異世界でいきなり初めてのキスだなんて、確かにそれは最悪だね、乙女のピンチだよね。いろんな意味でかわいそうに」


 異世界の人たちが静まり返った中で、お姉さんの呟きが響いた。


「ねえあなた、大丈夫? セーラー服を着ているから高校生だよね。あなたも聖女としてここに……来たんじゃなさそうな感じだね。よかったらこれを使って」


 わたしに近づいてきたお姉さんが、どこからか取り出したタオルハンカチを渡してくれたので、わたしはそれで涙を拭きながら「ありがどうございまずうううぢがいまずううううう、あうううう」と泣きながら返事をした。


「もしかして、わたしに巻き込まれたのかな? だとしたらごめんなさい」


 わたしは首を振りながら「ぢがいまずう、成り行きなんでずううう」と否定した。


「成り行きねえ……すみません、どこか部屋を貸してもらえますか? この女の子はわたしと同じ世界から来たみたいなのです。状況がよくわからないので、落ち着いて話を聞きたいんです」


 とっさの判断力が素晴らしいお姉さんは「ここだとお尻が冷えちゃうから。女の子は腰を冷やしちゃ駄目だよ」と、小さな声でわたしに言った。


「そちらの少女は、聖女様の郷里の方なのですか」


「はい、同じ国から来たようです。まだ保護が必要な成人前の少女です」


 高校二年生のわたしは、まだ十七歳なのだ。


「それはそれは……わかりました、それでは王宮の部屋をご用意いたしますので、そちらに移りましょう」


 なんかギリシャ神話の絵に描いてあるような、不思議なデザインの白い服を着た男の人(映画の中だと神官とかだった)が「ご案内いたします」とこの部屋の出口を指し示した。


「立てるかな?」


 お姉さんが、わたしを支えて立たせようとしたが。


「……ずびばぜん」


 全然立てなかった。膝がガクガクして力が入らないのだ。これが腰が抜けたという状態なのだろうか?


「ならば、わたしが運ぼう」


 申し出てくれたのは、さっき受け止めてくれた(そして、サプライズちゅーをしてしまった)めっちゃ顔の整ったお兄さんだ。日本では……いや、地球では染めなければ存在しない、淡い緑に輝く長い髪を後ろで結んでいる。わたしよりも髪が長いけれど、顔がいいから全然アリだ。むしろカッコいい髪型だと言えよう。

 身長が百八十センチを軽く超えていそうなこのイケメンは、なんとわたしを軽々とお姫さま抱っこしてくれた。


 隠れ筋肉なのかな。

 無理してたらどうしよう。

 ぎっくり腰になったイケメンとか、悲しすぎる。


「ず、ずびばぜん、重がっだらずびばぜん」


 わたしはお姉さんのハンカチを顔に押し当てながら謝った。


「案ずるな、全然重くない」

 

 お兄さんは、さっきのちゅー事件などなかったような冷静な表情である。きっとこの人にとっては、女の子とのキスなんてなんでもない出来事だったに違いない。雑誌のモデルさんみたいな美形だもの、モテてモテて仕方がない人なのだろう。


「なんというか、これも何かの縁であるような気がするし……」


 目だけをハンカチから出したわたしが続きを聞こうとお兄さんの顔を見ると、このとんでもない美形さんは口元に笑みを浮かべて言った。


「わたしが責任を取る」


「……え゛っ?」


 鼻声のわたしは、思わず声が出た。

 ついでに鼻も出ちゃった。ハンカチはよく洗ってから返そう。

 いや、今はそれどころではない。


「えっ、えええええっ? 今、なんて」


 責任って、どんな責任なのかな!

 わたし、まだ子どもだからよくわかんないや!

 ほら、成人前だからね!


 動揺したのはわたしだけではなかった。


「ディアライト殿、今の発言は?」


「ディアライト殿の笑顔……だと?」


 なぜか、周りの人からも驚きの声があがっている。どうやらこの親切なイケメンお兄さんの名前はディアライトさんというらしい。


「どうやらわたしのせいで、この少女の婚前の純潔が失われてしまったようだからな。これはわたしの失態だ」


 失ってませんけど!

 あと、お兄さんはわたしを受け止めてくれた大恩人ですよ。


「ふたりが元いた世界では、口づけは結婚の約束らしいな。まだ成人前の少女が嫁ぐことができなくなってしまったのなら、やはりその責任を取らなければ……」


 そんな決まりはまったくありません!

 視線を泳がせてから着地したお姉さんの目に『どうしよう?』と助けを求めたけれど、肩をすくめられただけだった。


 はい、これがいわゆる自業自得というやつなんですね。

 

「すみませんが、この部屋は冷えるので早くお部屋に案内をお願いします。詳しい相談は暖かいお部屋でどうぞ」


 落ち着いた様子のお姉さんが指示を出してくれたので、わたしは「え? え?」と固まりながらディアライトさんに抱っこされて、石造りの部屋を後にした。


 神様、さっきのわたしの『お嫁に行けない』発言をなかったことにはできませんか?

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