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箱庭の中で 1

 わたしは気を取り直して話を続けた。

 気のせいだよ、わたしのために暗殺マシーンと化する忍びの血を引く美女なんて、この部屋にはいないんだよ。


「もうお気づきだと思うんですけどね。わたしは箱庭という加護の才を持っているじゃないですか……その詳しい内容を説明すると、この世界の外にわたしだけが行ける土地があり、そこで植物を育てることができるんです。さっき使った薬草は、いただいた種を神さまの箱庭で育てたものなんです」


「なるほど。箱庭とは、通常の種を強い効能のある薬草に育てられる、神の加護を受けた土地なのだな」


 アランさんは、納得したように頷いた。


「そうです。そこではこの世界とは時間の流れが違っているため植物の育つのが速いんです。畑に撒いた薬草は、一日で収穫できました」


「それはすごいな。リーサがひとりで育てているのか? 苦労はしていないか?」


「いいえ、むしろやり甲斐があって楽しいんです。作業をするのはひとりではなくて……わたしのために土の精霊であるノームがひとり常駐していて、その他にも、たぶん趣味だと思うんですけど、わたしの世界の神さまの眷属で、わたしをこの世界に送った狐さんが一緒にお手伝いしてくれています」


「なるほど……ん?」


 アランさんが、奇妙な顔をして「なんだその、異常に豪華な顔ぶれは?」と呟いた。


「せ、精霊と、神さまの眷属? ええっ、その方々が、リーサさまと共に農作業をされているのですか? ええっ?」


 ナオミさんがめっちゃ驚いているので、わたしは「みんなで一緒に働くのはとても楽しいですよ。眷属のお狐ちゃんも、箱庭で身体を動かすのは気分転換になってよいと喜んでいるし、休憩の時に食べるおやつを日本から持ってきてくれるんです! それもまた、お楽しみなんですよねー」と、次の和菓子を期待しながら言った。


 そうそう、焼き芋作りも忘れてはならない。

 次に行く時までに、あの黄色くて甘いお芋がたくさんできているといいな。それで、畑の脇に火を起こして、農作業をしている間に焼くの。で、熱々を食べるの。

 まん丸な焼き芋だけど、絶対に美味しいと思う!

 ほっくり系かな、ねっとり系かな。

 どっちも好きだから、楽しみ!

 あれ、焚き火するための落ち葉はどうしようかな……いや、スーパー精霊のノムリンが、きっとどこからか調達してくれるに違いないね。腐葉土だって山ほど持ってきてくれたんだものね。枯葉なんてぱぱっと準備してくれそうだよ。


 と、わたしが焼き芋に想いを馳せていると。

 ナオミさんが、絨毯に正座をしていた。

 脚に優しい毛足の長い絨毯は裸足で歩きたいと思わせるほど素敵で気持ちよさそうだけど、なんでいきなり正座なのかな。


「リ、リーサさま! 詳しいお話をお聞きしまして改めてリーサさまの偉大さに感服いたしました! まさか、精霊や神の眷属と肩を並べられるほどの尊いお方だったとは……ご無礼をお許しくださいませ。このナオミ、リーサさまにこの身を捧げて生きていこうと、強く強く決意を新たにさせていただきます!」


「ナオミさん! よくない! 土下座はよくないよ! 全然無礼じゃなかったし、お世話してくれてありがたいっていつも思ってるよ!」


「こんなわたしめなど、呼び捨てでくださいませ! どうぞ、ナオミと! 下僕と!」


「やだよう、どうしちゃったのナオミさん、キリッとした優しいお姉さんのままでいてよう」


 わたしは絨毯に平伏して、頭を毛足にもふっと埋めるナオミさんに飛びついて「お願いだから起きて!」と身体を起こそうとした。


「違うよ、わたしは別に、神さまのお使いとかじゃないし、ましてや聖女でもないんだよ。たまたまこの国に来ちゃっただけだから、そんなふうに畏まらないでください」


「けれど……先程の特別な薬草といい、リーサさまはその素晴らしいお力で、この国をお助けくださっていらっしゃいます。そのご恩に報いなければ、コサブローの血を引くナオミ・ゼンダールの名がすたります」


「すたらない、ぜんっぜんすたらないから! だから、頭を上げてください」


 困ったわたしは、ナオミさんの隣にぺたんと座って、アランさんに視線で『どうにかして』とお願いした。

 彼は軽く頷いて言った。


「ナオミ殿、リーサの望むようにしてくれ。リーサはどんな相手にも公平に礼儀正しく優しく接する天使なのだから、ナオミ殿にそのようなことを言われても困惑するだけだろう。過度に敬服した態度でリーサの心の負担になるのは望ましくないと思われるが?」


「ディアライト閣下……なるほど、わかりました。リーサさまの負担になるという大罪を犯してしまったら、この腹を掻っ捌かねばなりません」


「捌いちゃ駄目ええええっ!」


「不敬な振る舞いをお許しいただけるならば、引き続き侍女としての役目を果たさせていただきたく存じます」


「不敬とか、全然大丈夫だから! 普通にしててくださいね、普通に」


「承知いたしました」


 ナオミさんが立ってくれたので、わたしは安心した。

 奈都子お姉さんのおまけで来ちゃっただけだから、あんまり仰々しくされるといたたまれないのだ。


 落ち着くためにもう一杯お茶を淹れてもらってから、わたしは話を続けた。


「で、もうひとつ大切な話が。実はいただいた種の中に少し薬草とは違うものが混じっていまして、それも箱庭で育てているんですけど……。アランさん、薬草よりもずっと背が高くて、茎は濃い緑色ですが葉は黄緑色と水色で、手のひらよりも大きな丸い形の葉をしている光を放つ植物に、心当たりはありますか?」


「……それ、は、その特徴を持つ植物は……」


 目を見開いて、しばし言葉を失ってから、アランさんが言った。


「極薬草だ」


 ああ、やっぱりね。

 うん、知ってたよ、驚かないよ。


 薬草の種に混じっていた謎の種は、やはり極薬草だった。もしかすると、極薬草というのは薬草の突然変異なのかもしれない。なんらかの理由で魔力を大量に吸い込んでできた薬草の種が、魔力の多い場所に植えられると、極薬草になるという話ならば筋が通る。


「その植物は、今のところ数本だけなのですが、おそらく明日の午後にはつぼみをつけると思うんです。種を取るためのものを残して収穫し、上級回復薬の錬金を試してみたいのですが……その使用効果を確かめるために、アミールさんのお兄さんに被験者になってもらうことは可能でしょうか?」


「可能だと思われる。アミールの兄は王都の警備隊に所属しているから、呼び出せばすぐに来るだろう。だが、なぜアミールの兄なのだ?」


「一番適切な人物だと思うからです」


 わたしはアミールさんへの同情で人選したわけではないことを話す。


「その薬草はほぼ間違いなく極薬草だとは思います。けれど、まだ確定ではありません。錬金したら、上級回復薬以外のものができる可能性もあるし、箱庭で育てたことによって、この国で採れる極薬草と差異がある可能性もあります」


 そう、怖いのは予想外の薬効が見られた場合だ。

 例えば、身体からもうひとりお兄さんが生えてくるとか。

 不老不死の身体になっちゃうとか。

 うわあ、怖すぎる。

 そのあたりは、アランさんの鑑定を信じるしかないね。

 もしもヤバいものができちゃったら、お狐ちゃんにあげることにしよう。


「この国では上級回復薬自体が希少な薬だそうですし、極薬草と上級回復薬のことはまだ公にはしない方がいいと思うのです。錬金術省の職員であるアミールさんのお兄さんで、元騎士団の隊長という職務に就いていた人物なら、口の堅さにも期待できると思うんですよね」


「なるほど」


「もちろん、予想外の副作用が出る可能性があることを、被験者であるお兄さんに納得してもらった上の投与になりますが」


「そうだな、よい人選だ。さすがはリーサだ、可愛いだけではなく頭もいいな」


 にっこり笑顔で頭を撫でられてしまった。

 ナオミさんはというと、この衝撃的な話が全然耳に入っていません的なポーカーフェイスで部屋の隅に佇んでいる。

 よかったよ、元の落ち着きのあるお姉さんに戻ってくれたよ。


「となると、錬金だが……最初は錬金省の部屋ではなく、こちらで作ってはどうだろうか?」


「そんなことができるんですか?」


「携帯用の錬金釜を用意すればいい。錬金術の勉強をする者は皆、それぞれの錬金釜を使って自宅で練習するからな。わたしが昔使っていた釜なら、屋敷から持って来られる。問題はどの部屋にするかだが……」


 わたしの部屋には、ナオミさんだけでなく、他の侍女さんやメイドさんも出入りしているのだ。マイ錬金釜を見られても大丈夫だとは思うが、話というのはどこからどう広まるかわからないから、できれば非公開にしておきたい。 


「箱庭には、錬金できる場所があるのか?」


「小屋があるから、そこに置けるかと思います。ちょっと見てきていいですか?」


 アランさんがかまわないと言うので、わたしは鍵を構えた。

 リビングに、扉が現れた。


 ……ふたりは不思議そうにわたしの仕草を見ている。


「もしかして、このドアが見えてませんか?」


「なにも見えないが」


「見えませんわ」


 ふむふむ。


 わたしは鍵を開けて中に入った。振り返ると、びっくりして口を開けたアランさんとナオミさんが見える。手を振っても反応がないところを見ると、ふたりにはわたしの姿が急に消えたように見えるのだろう。


 念のため扉を閉めてから、畑へと向かった。


「うわあい、リーサ、いらっしゃい!」


「ノムリン、お仕事ご苦労さま。ちょっと小屋を見にきたんだよ」


 お狐ちゃんの姿がないなと思いながら小屋に入ろうとすると、竹の生垣を飛び越えて子狐が現れた。


「もふもふっこ、来たー!」


 飛びついてきた可愛い子狐のもふりを堪能してから「あっ、違う」と用事を思い出した。


「お狐ちゃん、この小屋に錬金するための器具を置きたいんだけど」


「おお、そうか。そろそろ小屋も大きくなるはずじゃ。それ、ひと部屋増えておるぞ」


 小屋の中に入ると見慣れないドアがあり、その向こうに部屋ができていた。


「よかった、ちょうどいい部屋ができたね。じゃあね、確認したから戻るね」


「なんじゃと! せっかく遊ぼうと思って……いや、理衣沙の務めを手伝ってやろうと思って、じゃな……」


「ごめんね、お狐ちゃん。ルニアーナ国って、本当に厳しい状況でさ、奈都子お姉さんもがんばってるし、わたしもできるだけみんなのためになることをしたいんだよね。また明日来るから、その時にまた畑のお世話をしようよ」


「……わかった。我は聞き分けの良い狐じゃからな。少しノムリンと畑を触ってから帰る」


「うん、また明日ね」


 お狐ちゃんが跳ねながら、ノムリンの方に行った。

 子狐の姿のままだから、可愛い。もふれてラッキーだったな!

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