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SIDE.S 錬金術師アランフェス・ディアライトの苦悩と喜び

 わたしの名はアランフェス・ディアライト。

 ルニアーナ国の錬金術師長である。


 人はわたしのことを酷薄な人物であると評し、『人間らしい感情は錬金の材料として使い切ってしまった』などと失礼なことまで噂されている。

 確かに、わたしは自分の感情をなるべく殺して生きてきた。そうしないと、どんなトラブルに巻き込まれるかわからないからだ。


 ディアライト伯爵家は辺境の貴族である。瘴気が湧き魔物の襲来を常に警戒する厳しい土地に住む、ごく平凡な容姿をした両親から生まれたわたしは、神の悪戯で田舎の地にふさわしくない外見を得てしまった。

 緑色と銀色が混ざった輝きを放つまっすぐな髪に、日に焼けても白さを失わない肌、そして人形のように整った容貌のせいで、幼い頃はよく女の子に間違えられたものだ。


 舐められないようにと鍛えた格闘技術と剣術で、わたしに絡んでくる悪ガキを叩き潰して配下に加え、ナイフでぶつ切りにした髪(これを見た母親はたいそう嘆いたものだ)と極悪な目つきをしたわたしのことを『お嬢さま男』と揶揄からかうものなど誰もいなくなった頃、わたしには錬金の才があると判明した。


 九歳で王都にあがり、錬金術の師匠についてさまざまな技術を学んだ。魔力を安定させるために髪を伸ばすようにと師匠に勧められたわたしは、まだまだ少年の体型をしていたので、怪しい趣味を持った貴族(気持ちが悪いことに、そのほとんどが男だ)に度々目をつけられた。


 気色の悪いことを囁かれたからといって、仮にも貴族に対して暴力を振るうわけにはいかなかったので、氷よりも冷たいゴミムシを見るような目つきと、感情を消した顔で武装した。

 そして、なるべく人目につく場所で、剣を振るい、修練用の人形を殴りつけてバラバラにし、わたしを本気で怒らせた者の行く末を暗示させながら薄い笑みを見せていると、いつの間にかわたしの周りから人が消えた。


 面倒な人間関係に巻き込まれるくらいなら孤独でいる方を選んだわたしに、錬金術の師匠は「難儀な運命だなぁ……」とため息をつきつつも、わたしの才能を伸ばしてくれたので、若くして錬金術省に入り、功績を上げ、今やそのトップに立つこととなった。


 幸運なことに、錬金術を行う者は男女関係のあれこれや恋愛感情がうんぬんといったことよりも、錬金に興味がある傾向が強い。わたしの見た目など、薬草の新鮮さや魔石に込められた魔力の強さの前ではまったく関心を集めないのだ。


 とはいえ、師長となったわたしは『地位も名誉も財力も身分もある見栄えの良い男性』となってしまったため、想いを寄せると称した下心が満載の、白粉おしろいと香水の匂いを撒き散らす、やたらとヒラヒラしたドレスの胸元を大きく開けた『やんごとなき貴族の令嬢』と引き合わされたり、なぜか勝手に盛り上がられたり、人でなしと罵られたりといったことで、貴重な時間を無駄にさせられた。

 腹立たしいことに、王都に住む者は、辺境の戦地で生死をかけて戦う者たちのことを忘れているのだ。


 だが、視線に殺気を込めて「うるさい」と一言呟くだけで、大抵の片はついた。

 わたしの評判はさらに落ちていったが、仕事の邪魔にならなければどうでもよい。

 



 錬金術省の研究室で、魔物よけや瘴気を薄める道具を開発しつつ、常に不足している回復薬を全力で錬金する日々を過ごしていたある日、神殿に神託が降りたとの連絡があった。


 この国の命運を握る、聖女の降臨が預言されたということで急いで神殿に向かうと、途中で騎士団長に会った。


「おお、ディアライト殿! いつも回復薬を感謝する!」


「職務だからな」


「あいかわらず愛想がないやつだな」


「愛想は錬金の材料にはならない」


 小走りで神殿に向かいながら、回復薬では治しきれなかった傷を身体中に持つ彼と話す。


「上級回復薬は、できそうもないか」


「さすがのわたしも、材料がなければ錬金はできない。人員に余裕があるならば、極薬草を探しに遠征してもらいたいのだが」


「そんな余裕は、まったくない。戦いの状況は厳しく、手練れの戦士が重傷を負って離脱していく。本当に、辛い状態なのだ」


「そうか……」


 騎士団長は、苦いものを飲み込んだような表情になった。

 手足の欠損や、複雑な外傷は、回復薬では治せない。上級回復薬があればまた前線で力を振るえる猛者が、涙を飲んで後退しているのだ。


「聖女の降臨で、少しでも良い方へと向かってくれるとありがたいのだが」


「そうだな。わたしが極薬草を探しに出ても良いならば……」


「やめてくれ! ディアライト殿になにかあったら、この国は消滅するぞ!」


「ああ、わかっている」


 回復薬の供給が少しでも低下したら……ぎりぎり保たれている天秤が傾き、ルニアーナ国は瘴気と魔物に飲み込まれてしまうだろう。


 そうこうしているうちに、寒い石造りの神殿に着いた。


「騎士団長に錬金術師長、こちらへ!」


 部屋に入ると、扉が閉じられた。

 天井に異変を感じて仰ぎ見ると、様々な色の光が入り混じる不思議な点が現れ、徐々に大きくなった。

 そして、そこから長い黒髪の不思議な衣装を着た女性が、ゆっくりと床へ降りてきた。


「聖女さま!」


「おお、聖女さまが降臨なされた。神よ、感謝いたします」


 部屋に歓迎の拍手が湧き起こった。もちろん、わたしも手を叩く。瘴気との戦いが有利になる要素ならば大歓迎だ。


 わたしの叔母くらいの年齢に見える聖女は、大変落ち着いた様子で我々を見た。


「皆さん、こんにちは。連絡があったと思いますが、わたしは神様から聖女としての業務を承ってこの世界に参りました。よろしくお願いいたしますね」


 とても事務的な口調だ。これならば、頼りになりそうである。


 と、天井に新たな気配を感じ、上を見た。

 なにかが来る。


「え、待って、落ちる、落ちるーっ!」


 まさかの、少女の悲鳴が聞こえた。

 聖女と同じ黒髪の、聖女とは違った短いスカートを穿いた少女が、半分泣きながら天井から落ちて来るのを見た瞬間に『欲しい』という強い欲望に駆られた。


 これは、わたしのものだ。

 誰にも渡さない。


「落ち着きなさい、大丈夫だ」


 わたしを見ろ。わたしだけを。


「こっちに来い」


 少女の丸くて黒い瞳が、わたしの目を覗き込むように見た。

 ちらちらと寄越される他人の視線はわずらわしいだけなのに。

 このまっすぐな目はわたしの心の奥まで見透かすようで、少し怖いが、心地よい。


 落ちて来る彼女はわたしに手を伸ばした。

 可愛すぎて心臓が止まるかと思った。

 腕の中に受け止めた少女を、怪我をさせないようにと抱きしめて、バランスを崩して床に転がってしまう。

 いい匂いがする。

 なんだこの幸せな柔らかさは。

 柔らか……な……。


 天から舞い降りたわたしの愛らしい天使は、わたしに、口づけをくださった!

 なんという祝福だろう!


 わたしの上に乗っていた大慌ての天使は、びっくりした顔で飛び退いて、激しく動揺して、それはもう死ぬかと思うくらいに可愛い。

 これは可愛い。

 本気で、この上なく、尊くて可愛い!


 そして、彼女は、両手で顔を覆って泣き出した。

 可愛い! 

 ものすごく可愛い!

 ちょっとこのまま抱き上げてわたしの屋敷に連れて行って部屋に閉じ込めてもいいだろうか!

 いや、それは駄目だな!

 駄目だとわかっていても、なんとかこの天使をわたしだけのものにしたいのだが!


「う……う、ううう、うわああああん、初めてだったのに! もうお嫁に行けない身体になっちゃったよう……」


 ……よし。

 よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし!

 よしきた! きたな!

 これはわたしの嫁にしろという神からの啓示だから!

 決定事項だから!


 わたしは内心の喜びを外に漏らさないように、無表情を保つ。


 この天使はきっと、とても臆病な少女なのだ。

 胸を露わにして迫り来る女とは別の生き物に違いない。

 慎重に、怖がらせないように、気がついたら逃げられないところまで来てしまった、という具合に、うまく囲い込んで、わたしの元から離れないようにさせないと。


 大丈夫、わたしならできる。

 わたしの天使。

 いつかこの気持ちを告げる時が来るまでは、柔らかな羽で包むように、大人の余裕で見守るのだ。

 いつか、わたしだけのものになる日まで。

アランさん……ヤンデレの一歩手前なの?

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