薬草と回復薬 1
さて、異世界に来ても健康なわたしはよく食べてよく眠り、翌朝にはすっきりと目覚めた。そして、朝日よりも目に眩しいイケメンと朝ごはんを食べると、エスコートされて錬金省へと向かう。
「リーサ、今朝は歩き方が安定しているようだな」
わたしに左腕を貸してくれながら、ディアライトさんが言った。
「あ、わかります? 実はわたしが履いていた靴を元にして、こんなに素敵な歩きやすい靴を作ってもらったんです。ローファーって言うんですけど」
わたしは足を止めてからスカートを膝まで持ち上げて、ディアライトさんに新しい白いローファーを見せた。
通学用よりも一センチほどかかとが高くなっているためドレッシーで、甲の部分には金属の細工(これはもしかすると純金かもしれないけど、怖いから聞かないでいる)と綺麗にカットされて光を反射する色石(これももしかすると宝石かもしれないけど、以下同文)が飾られていて、ドレスにもとても似合っているのだ。この靴なら、わたしにもワルツが踊れそうな気がする。
この国は、魔物や瘴気という危険にさらされてはいるけれど、文明は決して日本に劣っていない。靴は職人の手作りだが、センスがいいし仕事も早い。機械はないが、その分を魔術で補っているそうだ。
「どうですか?」
わたしがちょこんと膝を曲げてからその場で回って見せると、口を開けてその場で固まっていたディアライトさんが「うむっ」とうめき声を漏らし、片手で顔を覆った。
「どうしましたか?」
侍女さんたちには似合っていると絶賛されたのにな。ディアライトさんの好みじゃないのかな……もしかして、もっと大人っぽくて色っぽいやつが好きとか! 赤いピンヒールとか、黒いロングブーツとか、そういう靴を履いている女性が好みだとしたら、わたしに勝ち目はないな。
でも、一言くらい褒めてくれてもいいのに。
わたしがじっと見つめていると、その視線に気づいたディアライトさんはひとつ咳払いをしてからようやく口を開いた。
「その、なんだ、リーサはわたしを誘っているのか?」
「さそ……え?」
意味がわからずに、首をひねる。
「……もしかして靴を見せるのって、なにか特別な意味があるんですか?」
「やっぱりまったく自覚がないようだな」
後ろからついて来ていた筆頭侍女のナオミさんが「リーサさま、無自覚に男性を煽ってはいけませんよ。いくらなんでも、ディアライト閣下がお気の毒ですわ」とため息をついた。
あれ? わたしが悪いの?
「なんかよくわかりませんが、ごめんなさい。可愛い靴だから、ディアライトさんに見せたかっただけなんです」
わたしはしょんぼりしながらドレスから手を離して、布地をぽんぽんと叩いて整えた。するとなぜか彼は「いや、余裕がないわたしが修行不足なのだ」と謝罪をした。
「そういえば、リーサが着ていた異世界の服はスカートの丈がとても短かったな。あれは普通のことなのか?」
「あれでも長めだったんですけど」
ディアライトさんとナオミさんが、声を合わせて「長め!」と驚いた。
「あれでか! ということは、日常的にもっと短いスカートを履いている女性がいるのか!」
「同級生には、太ももが見えちゃってる人もけっこういましたよ」
「ふ、太もも、だと?」
ディアライトさんが驚愕している。ナオミさんも「まあ……」と言って上品に口元を押さえている。
わたしは改めて、やはりスカートを昭和の長さにしておいてよかったと思った。
「なるほど、わかりました。この国では、女性が脚を見せるのは品がないってことなんですね。これからはもっと気をつけます」
わたしがそう言うと、ナオミさんが「それもそうなのですけれどね」と付け加えた。
「リーサさま、大事なことなので覚えておいてください。女性がスカートを持ち上げて男性に脚を見せるのは、求愛行動になるのです」
「きゅう、あい?」
「……熱烈な大人のお誘い、と申し上げると伝わりますでしょうか?」
大人のお誘い、大人の……。
「夜の寝室に忍んで来てくださいね、という意味、わかりますか?」
「……ふぁっ、わかります! なんてこった!」
「リーサさまがご存じで、ほっとしました。閨についての基礎教育からお教えしなければならないのかと、一瞬不安に思いましたわ」
ナオミさんが、とてもにこやかに「そのような知識は淑女の嗜みですからね」と言った。
ぎゃー、ディアライトさんの前で閨とか言わないで!
いやん、恥ずかしい!
つまりわたしは今、ディアライトさんに、『わたしたち、大人の関係に進みましょ♡』ってやっちゃったわけですか!
だから今、この親切な美形男性は、顔を赤くしてわたしから視線を逸らしているわけですか!
「違うんです、ディアライトさん、そういうんじゃないんです、わたしは本当に靴を見せたかっただけであって、ふっ、ふしだらなことを、誘っていたわけではないんです!」
わたしはぶんぶん首を振りながら、後ろに下がって廊下の壁に張りついた。
いやでも、初対面でちゅーしちゃったわけだし、そういう誤解をされてもおかしくは……いやおかしいから! 婚約者の話だって、なんかうやむやにされているけど、ちゅーしたらもう婚約なんて風習は日本にないことを説明したらきっと解消されるはずだし! だいたい、わたしみたいな取り柄のない平凡な女子高生が、閣下と呼ばれる超美形エリートイケメンと釣り合うはずがないし!
まだ頬を染めて、少し、いやかなり色っぽい雰囲気のディアライトさんが、両手を広げて見せながらわたしに近づいて来た。
「いや、大丈夫だ。リーサに他意はないことはわかっていた、うん。しかしだな、リーサに求婚している身であるわたしにとって、少々刺激的であったことは否めないし、もしも本気の求愛であったらなどという考えがかすめていないわけではないというか、その、そうなってもやぶさかではないと感じるわたしがいることを理解してもらえると嬉しいというか、いや、わたしはなにを言っているのだ!」
ちょっと、そこで止まって欲しいです!
わたしの背後は壁なので、これ以上は下がらないんです!
「求婚は、義務として言っていることだと理解してますから大丈夫です! あの、例のちょっとした事故の責任を、ディアライトさんに取ってもらいたいなんてことを、わたしはまったく、求めてませんから! 自分の身の程をわきまえてますので、心配しないでください、ご迷惑をおかけするつもりはありません!」
すると、ディアライトさんは真顔になり、わたしのすぐ近くまで足を進めてしまった。
だから、ちょっと、近いんですけど!
「リーサ、待ってくれ、なんてことを言うのだ! わたしがリーサに求婚しているのは、別に義務などではなくて心からなのだが?」
「え? どうしてですか?」
「リーサと夫婦になりたいと思っているからだ」
夫婦というと……新婚さん? 仲良しなパパとママと子どもたちの暖かな家庭?
ディアライトさんとわたしが、子どもを作っちゃったりとか?
いや、それはないよね。
全然釣り合わないもん。
「……意味がわかりません」
ディアライトさんが、わたしの頭の右横に手をついた。
「わたしと結婚してくれと言っている」
「……」
ナオミさんが、なぜか気配を消してしまったので(この人は間違いなく、くノ一とかそっち系だ)わたしはディアライトさんと無言で見つめあった。
「……ああ、なるほど。わたしに回復薬を作る力があるから、結婚してそばに置いておこうというわけですね? でも、結婚しなくてもお仕事として続ければいいと思いますよ」
錬金術師長として、わたしには利用価値があると考えたのだろう。
腑に落ちたが、少し胸が痛い。
「勘違いするな。回復薬は関係ない。作れても作れなくても、どちらでもよいことだ」
距離を詰めてくるイケメンというのは、大変な迫力がある。わたしは狼狽えてこの場から逃げ出そうとしたが、その前に捕まってしまった。
ディアライトさんが、壁にへばりついたわたしの左側にも手をついた。もう逃げ場がない。
まさかの、異世界で壁ドンだ!
「あまり追い詰めるのはよくないと手加減したのが仇となった。これほどまでにわたしの気持ちが通じていないとはな。もっとアピールするべきだったか……」
すごく顔が近い。
こんなに近くで男の人の顔を見るのは初めてなので、恥ずかしくて下を見ようとすると、顎をくいっと持ち上げられてしまった。
まさかの、異世界で顎クイだ!
「そっ、そんなことはないですよ? いつも親切にしていただきまして、大変感謝してます、本当です」
両手を揃えて、そっとディアライトさんの胸を押そうとしたのだが、びくともしない。そういえばこの人は、わたしを軽々とお姫さま抱っこできるほどの力持ちなのだった。脱いだら筋肉がすごいのかな……って、なんてことを考えてるの! わたしのえっち!
「あの、ちょっと、近いんですけど」
「わたしがどうして親切にしているのか、考えたことがあるか?」
「ええと、奈津子お姉さんと一緒に来たから、国賓扱いとか、そんな感じで? ディアライトさんが国の偉い人だから責任者になった?」
顎から手を離してくれたものの、また両手を壁についてわたしを囲ってしまったイケメンは、ため息をついた。
そして、わたしの左耳に口を寄せて、甘い声で囁いた。
「天からリーサが落ちてきた時、わたしの元に天使がやってきたのだと思って手を伸ばした。目が合った時に、わたしだけのものにしたいと感じてそのまま受けとめて抱きしめた。偶然口づけてしまって、リーサが他の男とは結婚できないと泣いた時に、わたしの心は歓喜に震えた」
「……」
「簡単に説明するとだな」
ディアライトさんは、それこそ天使のように美しく笑って言った。
「わたしはリーサに一目惚れをしたということだ」
ヒューヒュー!
いいぞディアライトさん、もっとやれ!╰(*´︶`*)╯♡




