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異世界に飛ばされました 1

新連載を始めます。よろしくお願いします!

 その日わたしはいつものように、最寄りの駅からの道を歩いて自宅に向かった。


 高校の園芸部に所属するわたしは、部活のない放課後だけど少しだけ花壇の手入れをしようとしゃがんだら、次々にやることが目についてしまい、気がついたら予想外に遅い時間になってしまった。


 平凡で女子力が高いとは言えない……全然言えない……悲しいけれど言えないわたしだが、『セーラー服を着た女子高生』というだけで悪い人に狙われる恐れがあるので、暗くなってからのひとり歩きは避けるようにと、祖母に毎日注意されているのだ。

 心配して迎えに来られても申し訳ないので日が落ちきる前に帰ろうと、小走りで家路を辿るわたしこと中峰なかみね理衣沙りいさは、訳あって祖母との二人暮らしをしている。


 幼い頃に両親を事故で亡くしてから、母方の祖父母に引き取られて育ててもらっていたのだが、祖父が一年前に病気で天国に行ってしまったのだ。

 祖父と祖母は歳を重ねても仲良し夫婦だったので、連れ合いに先立たれた祖母はすっかり気落ちしてしまっている。だから、なるべく早く帰って一緒にいようと思っているのだけれど、祖母は『理衣沙の楽しい青春を削るようなことはしたくない』と言って、部活を辞めさせてくれないのだ。


 青春と言っても、孤独な土いじりなんだけどな……いや、園芸部、楽しいよ!

 本当だよ、男子がいなくても、活動は基本的にひとりだけでも、大丈夫! 植物は友達だ!


 というわけで、今日も花壇に向けてシャキーン! と構えた割り箸でせっせと悪い虫たちを摘んでいたら、この通り遅くなってしまったというわけだ。


 わたしは緑の多い町の一戸建てに住んでいるので、帰り道には木立に囲まれた神社の前を通る。時間がある時には赤い鳥居をくぐってお堂に手を合わせ、お稲荷さんに帰宅の挨拶をするのだが、今日は簡単に済まさせてもらうことにする。


「お稲荷さん、ただいま帰りました! 遅くなっちゃったから、急いで帰りま……」


 片手を振って軽く挨拶をしていたら、なにかがわたしにタックルしてきた。


「理衣沙、遅かったのじゃー!」


「へっ?」


 突然現れた幼稚園児くらいの女の子に飛びつかれて、わたしはよろめいた。でも、転ばない。園芸部員は草むしりとか苗を植えたりとかなにかとしゃがみ仕事が多いので、運動部でもないくせに意外に足腰が強いのだ。


「びっくりしたあ」


「遅いと言っておる!」


 柔らかそうなほっぺを膨らませて、幼女がわたしを責めた。

 可愛すぎてむしろご褒美だ。


「ええと……遅くなってごめんね?」


 わたしはとりあえず、見知らぬ女の子に謝った。そして、その場にしゃがんで視線を合わせて「あなたの親御さん……お母さんかお父さんは近くにいるのかな? ひとりだったら、もう日が暮れるから危ないよ。早くお家に帰ろうね」と笑顔で声をかける。


 今時珍しいおかっぱ頭の、とっても可愛い顔をした女の子は、きょとんとした顔をした。


「おうちがどこか、わかるかな? お姉ちゃんが送ってあげるね。お着物が似合ってるよ、可愛いね」


「ありがとう……違うのじゃ、我は迷子ではないのじゃ」


 幼女が手をぱたぱたと振った。


「そっか。すみませーん、保護者の方、どこですかー?」


 わたしは立ち上がって、周りを見回しながら声を張った。


「この子のお父さんかお母さーん、どこですかー?」


「いや、違うと言っておろうが。中峰理衣沙よ、我はそなたを助けようと、ずっと待っておったのじゃぞ!」


 おかっぱ幼女は偉そうに腕組みをして言った。


「日が暮れた帰り道は、若い女子おなごには危険がいっぱいなのじゃ、もっと早く戻らねば駄目なのじゃ」


「あ、はい、ごめんなさいです」


 あれ?

 幼女に叱られてしまったよ?

 でもって、ちびっ子なのに口調がおばあちゃんっぽいよ?


 わたしが首を傾げていると、白地に桃色の花が散った着物に赤い帯の女の子は「おお、今はそれどころではないのじゃ」とわたしの服の胸元をつかんだ。


「中峰理衣沙よ、よく聞け。そなたたちが住む家は、これから起こる土砂崩れで潰される」


「……え?」


 うちの裏には確かに切り立った崖がある。でもそれは、コンクリートでしっかりと固めてあるはずだ。


「なんで、土砂崩れなんて……そんなことが本当に……」


 女の子はまんまるの瞳でわたしを見つめて言った。


「本当に危険が迫っておる。残念なことに、崖の工事に粗悪な材料が使われておったのじゃ。それが、力尽きて崩れてしまう」


「あっ! ってことは、おばあちゃんが危ないんだね! 急がないと」


 わたしは不安になり、立ち上がって家に向かおうとしたが、女の子はとても強い力でわたしの手を掴んだ。


「はやるな、中峰史恵はすでに避難しておる!」


 そう、父は婿入りしたので、わたしも祖母も中峰姓で、おばあちゃんの名前は史恵で……。


 ってあれ? この子、なんでわたしとおばあちゃんの名前をフルネームで知ってるの?

 それに、うちの場所も知ってるの?

 まだちっちゃい子なのに、崖崩れ防止のコンクリートが手抜き工事されていたなんて、そんな難しいことがわかるの?

 さっきから気になっていたんだけど、この子はお人形さんみたいに可愛いけれど、人間にしては外見が完璧に整いすぎているんだよね。子役にだって、こんなに綺麗な子はいないよ。


 わたしはゆっくりと振り返った。

 綺麗な顔立ちの女の子は、表情をこわばらせるわたしに優しく言った。


「我を恐れるな。それに、史恵は安全な場所におるぞ。心配は無用じゃ」


「……あなたは、誰なの?」


 ようやく女の子の異常さに気づく。幼女の姿をしているけれど、中身はお年寄り……この子はそんな存在だ。

 彼女は底知れぬ真っ黒な瞳でわたしを見つめながら言った。


「我は、稲荷大明神に使える眷属の、護り狐であるぞ。信心深いそなたらにずっと目をかけておったのじゃよ」


「狐……狐……コンっていう狐? あなたは人間ではなくて、狐の女の子なの?」


「そうなのじゃ」


 いや、狐らしさはどこにあるの?


 わたしが無意識に狐耳と狐尻尾を探しているのに気づいたらしく、女の子は「仕方がないのう」と言いながら、毛の生えた柔らかそうな獣耳と、素晴らしくもっふもふな尻尾を出して見せた。


「ほれ、狐じゃぞ? 良き毛並みであろう?」


「はうっ! す、素晴らし過ぎる!」


 変な声が出ちゃった。

 だって、それはあまりにもキュート過ぎる攻撃だよ!

 瞬間でわたしの心は撃ち抜かれちゃったよ。


「かっ、可愛い! 可愛いよ、うひい、こりゃあとんでもないもふもふっこだよ!」


 わたしはもふもふな女の子を抱き上げた。


「ふぎゅう」


「うわあん、可愛過ぎてつらいよう、可愛い、可愛い、可愛い、好き」


 尻尾を触りながらほやほやと柔らかな耳に頬擦りすると、お狐幼女は「これ、理衣沙よ落ち着け、落ち着けと言うに!」と暴れながら叫んだ。


「はあ、はあ、可愛い、可愛い、可愛い……」


「我が可愛いのはよい、よくわかっておる、じゃが、こうしている間にそなたの準備が遅れるのじゃぞ! 理衣沙よ、命が惜しくないのか?」


「可愛い……え?」


 わたしはもふもふした護り狐の顔を見た。


「命って、どういうこと? うちに帰らなければ土砂崩れにはあわないんだよね?」


 彼女は神妙な顔で言った。


「そなたは本来ならば、土砂崩れで命を落とす運命なのじゃから、このままだと肉体が消滅して魂だけの存在になってしまうぞ? 偉大なる稲荷大明神が、熱心なお詣りを欠かさぬそなたと中峰史恵の運命を不憫に思って、命を救うために我を遣わせたのじゃ。だから、我の話を聞け。これ、もふるのをやめよ」


 死んじゃうの? わたしが? 

 まだ十七歳なのに、人生を終えてしまうの?


「いやです、死にたくないです!」


「だーかーらーっ、我が助けると言っておるのじゃ! そなたはもうちっと、人の話を聞け!」


「聞きます、申し訳ありません」


 丁寧に謝りながら、わたしは幼女をそっと地面におろして念の為にもう一度「おばあちゃんは大丈夫なんですよね?」と狐っこに尋ねた。


「ふむ、自分のことよりも年老いた祖母が心配か。安心するがよい、中峰史恵はすでに、中峰浩三の魂と共に新たな世界に降り立っておる。若返った身体で、今頃は元気に仲良く暮らしておるだろうよ……もふもふカップル、じゃったか?」


「ラブラブカップルか!」


「それじゃ!」


 よかった、おばあちゃんは無事なんだね。

 あと、おじいちゃんはあの世で呼び出しをくらったんだね。


「史恵も浩三もそなたのことをたいそう心配しておった。くれぐれもよろしく頼むと、我に何度も頭を下げておってのう、その気持ちを汲んでやらねばならぬ。というわけで、そなたも他の世界に飛んでもらおうぞ」


「はい? 他の世界?」


 それはつまり、日本どころか地球ではない場所に移るってこと?


「この世界にいたら、そなたは確実に命がないからのう。死の運命から逃れるためにはまったく違う場所に行かねばならぬのだ。大丈夫じゃ、暮らしよいところに、若き女子にも安全な世界に送ってやろうぞ。ほれ、そなたのために特別な加護を用意しておいたから、受け取れ」


 狐っこがちょいちょいと手招きするので頭を下げると、わたしの首に紐のついた鍵をぶら下げた。


「稲荷大明神の眷属たる我の加護はもちろん、神より賜った特別な加護も得られたぞ。これはそなたにしか使えぬし、触れることもできぬ特別な鍵じゃ。確か理衣沙は庭いじりを趣味としておったな。これを活かして存分に励むがよい」


 庭いじりが神様からの加護なの?


「……どこの鍵?」


「もう時間がない。ふむふむ、ちょうどひとり、別の用件で女子を飛ばした世界があるらしいな、時間がないからここでいいじゃろう、女子がひとりで行くような場所ならば安心じゃろうからな」


 狐っこがそう言いながら、わたしの頭をぽんと軽く叩いた。


「さて、お稲荷大明神のお力が満ちたぞえ、風に乗って飛んで舞い、時空を渡りて……おや? 主神さま?」


 狐っこが首を傾げ、耳をすませるような仕草をした。


「うわあ、透けてる、消えちゃう、なにこれ!」


 身体がだんだんと存在感をなくしていくのを見て、わたしは慌てた。なんだかとっても幽霊っぽい姿になったのだ。


「ねえ、狐ちゃん、これって大丈夫なの? やっぱりこのままあの世行き、なんてことにはならないよね?」


 だが、眷属狐ちゃんは顔を引き攣らせていた。


「な、なんと、あの世界はそのような物騒なところじゃと? しかし、確かに女子が先に……そのような理由があったのか! これはしたり、しかし、もう時間がないため修正は不可能じゃと……仕方があるまい、中峰理衣沙よ、その若さで困難を乗り越えるのじゃ!」


「お狐ちゃん、どういうことなの? なにか手違いがあったの?」


「理衣沙よ」


「はい?」


「すまぬ!」


「え?」


「気合いでがんばってくれ!」


 狐っこが、両手を合わせてわたしに謝っている……って、ええーっ⁈


「すまぬじゃないでしょ、ねえ、どういうことなのかなあっ!」


「達者で暮らせるように、我らが遠くの空から祈っておくゆえ、どうか堪忍なあ……」


「堪忍って、うわあ!」


 半透明になったわたしは、どこぞの遊園地のアトラクションのように空高く舞い上がった。少し離れたところで、土砂崩れで見事に潰れる家が見えた。

 我が家だ。 

 あの中にいたら、確実に命を落としていた。


「危なかったー、って今も充分危ないよ、人は空を飛べないんだよ、お狐ちゃん、助けて、わあ、なんだあの穴は!」


 わたしはそのまま、空に開いた大きな穴に吸い込まれて行ったのだった。

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