2話 - ロボット、働きに出る 前編②
なかなかイズミが帰ってきません。
「なんで?」
日はすっかり落ちて外は暗くなっています。窓から体を乗り出して外の様子を伺います。雪は暗くなっても降り続いています。降り続く雪は日中にかけて降り続いていました。ですから、乗り物や人が通らない場所にはかなり雪が積もってきました。足を滑らせて転んでしまいそうです。
「もしかして」
この雪でどこかで足を滑らせてケガをして動けなくなっているのかもしれません。ハチはイズミが魔法で用意してくれたダウンとマフラーを着ます。寒さは検知できますが、寒いという感覚はハチにはありません。しかし、自分がロボットであることを悟られないためにも人と同じ格好をしなければなりません。ですからしっかり防寒します。
「よし!」
イズミを探すためにいざ!と意気込んで玄関を開けると何かに引っかかって扉が半分までしか開きませんでした。
「なんだ?」
扉の向こう側を覗くと雪に埋もれた女子高生が倒れていました。
「イ!イズミ!」
それはイズミでした。がくがくと震えています。慌ててハチが抱き上げると明らかに体温が下がっていました。このままでは凍え死んでしまいます。
「なんで!部屋に入らなかった!」
ハチはイズミのことを心配しつつも叱りました。こんな寒くて雪も降っているのに部屋に入らず玄関にいては凍え死んでしまってもおかしくありません。
イズミは唇をプルプルと震わせながら答えました。
「だだだだって、カギ忘れちゃって。ハチ君いるから別にいっかって思ってたのに。インターホン押しても反応ないし、玄関にカギかかってるし」
「…え?」
ハチは思い出しました。
郵便受けに郵便物が届いたので拾いに行った時のことです。
あれ?なんでカギかけてないんだ?不用心だな。
カギを掛けました。
イズミが帰ってくるかもしれない時間。それはちょうど博士と談話しているファイルを開いて映像を再生していました。博士とリビングのような場所でいっしょに食事をしているときにイズミが帰ってきたのでしょう。その際、外部情報は完全に遮断されていました。
「その、悪かった」
とてもタイミングが悪かったようですね。
「とにかく!」
イズミを抱えて玄関を閉めて、カギを掛けます。押し入れからありったけの布団を取り出してイズミにかぶせます。しかし、ハチの視界に表示されているイズミの体温は一向に上がりません。
「そうだ!ストーブ!」
点火しようとしますが、火が付きません。灯油が空っぽでした。
「なんでこんな時に!」
タンクを取り出してすぐに給油しようとしますが、ふとハチは思い出しました。
「そういえば…」
そうです。さっき、飲んでしまったのでした。お風呂を沸かして温めるのが一番いいのはわかっていますが、時間がかかります。その間に何とかしてイズミを暖めなければなりません。
「仕方ない!俺の灯油を使うしかない」
しかし、体内に入ってしまった灯油をどうやって出すのでしょうか?
ハチはおもむろに自分のズボンを下してパンツまで下します。
「うまく入れられるか…」
それからストーブのタンクを取り出します。タンクの蓋を外してこたつの上に置きます。
蟹股に中腰になります。
その間、イズミの瞳が鈍くオレンジ色に変わっていました。熱魔法を使っています。魔法で熱を発生させて冷える体を温めているようです。なんで外にいるときからそれを使わなかったのか?という疑問が浮かびますよね。使っていたのですが、熱魔法でも追いつかないくらい寒かったのです。機械が自然に勝てないように、魔法もまた自然には勝てないのです。
家の中に入ったことで熱魔法の効力が効いてきて体が温まってきました。遠くなって意識が少しだけ現実に戻ってきたイズミは冷え切った重い瞼を開くとそこには—————————。
「よし。いいぞ~」
ストーブのタンクに放尿中のハチの姿でした。
一気に体が沸騰しました。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!変態ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
思わずかぶっていた毛布と熱魔法をハチにぶつけました。
「ひでぶ!」
ハチは聞いたことのない悲鳴を上げ、放尿しながら毛布と熱魔法を食らって倒れました。
「何するんだよ!」
投げつけられた布団を投げ捨てて立ち上がりました。しかし、すぐにイズミは顔を真っ赤にして手で顔を隠しました。
「ちょっと見えてる!女の子に見せちゃいけないものが見えてる!てか!ロボットのくせしてそこまで忠実に再現されてるのとかキモイんだけど!陰毛まで再現してるとか作ったやつ変態だよ!絶対!」
それは同意しますね。
ハチは言われていそいそとズボンを履きました。
「マジでキモイ!最低!変態!くず!ゴミ!ポンコツ!燃えないゴミ!明日捨ててやる!」
明日は燃えないゴミの日のようです。
「仕方ないだろ!これがイズミを助けるために考えた最善の策なんだよ!」
「だからってなんで部屋のど真ん中でおしっこしてるの!」
「体内に入った燃料を取り出す手段がこれしかないんだよ!しかも、正確に!」
ちなみにハチの体内に入った燃料は口からも出すことはできます。ゲロですね。しかし、それではしぶきとなってまき散らしてしまうので、放尿が最もコントロールよくタンクに入れることができます。
…何を説明させられているのでしょうか。
「出てけー!変態は出てけー!」
空いていた押し入れから枕や布団を投げてきますが、ハチは難なくそれをかわします。
「てか、魔法使って自分を暖められるなら、なんで外で凍ってたんだよ!」
と文句言っているハチですが、突然イズミの攻撃が止まりました。
「…どうした?」
ハチではなく、ハチの後ろに目が行っているようです。
振り返ると炎が上がっていました。
「え?」
ハチは機械らしく現状を整理します。放尿中…言い方を変えます。灯油を移し替え中にイズミから布団と熱魔法を食らいました。移し替え中でしたので、灯油は布団に染み込んだり床に広がっています。そして、布団と同時に食らったのは熱魔法。火種ではありませんでしたが、かなりの高温でした。灯油という可燃物に、毛布という固形燃料、熱魔法という火種。
火事が起こっても不思議ではありません。
「かかかか!火事だ!」
慌ててハチは着ていた服を脱いで叩いて火を消そうとします。しかし、火は強くなる一方です。
「水で消す!」
イズミの瞳が水色に変わるとまるで生きているかのように彼女の周りを水の蛇がとぐろを巻きます。
「水で?ってちょっと待て!」
ハチは制止しようしますが、
「火を消すには水ぅぅぅう!」
とぐろを巻いた水は火に向かって飛んでいきました。