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魔法使いが愛したロボット  作者: 駿河留守
第1章 魔法使いとロボット
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2話 - ロボット、働きに出る 前編①

「…ないか」

 横になって目を閉じていたハチは目を開けて体を起こしました。窓の外は昨日と同様に雪がしんしんと降り注いでいます。風も強く引いていてガタガタと窓を揺らします。部屋には灯油ストーブがあります。灰色の縦長の箱の中に円柱の燃焼筒と呼ばれる筒の中で気化した灯油のガスを燃焼させることで得た熱を利用している暖房器具です。ストーブの上部も同様に熱くなるのでやかんに水を入れて置いておくとお湯を作ることもでき、沸騰したお湯が加湿器の代わりにもなりますし、そのお湯でカップラーメンも作れます。

 しかし、ハチが思っているよりもストーブが熱くありません。取り付けられている湯量メーターを見るとほぼ空っぽでした。

 時間を確認します。まもなくイズミが帰ってくる時間になります。それまでに部屋を暖めておくのがよいと思ったハチはストーブからタンクを取り出して玄関に置いてある灯油が入っているポリタンクからポンプで灯油を補給します。ついで台所から持ってきたストローでハチは灯油を飲み始めました。

「やっぱ質が悪いな」

 ハチのエネルギー源は車などの機械と同じでガソリンなどの燃料です。人間と同じ食糧もエネルギーとすることはできますが、変換効率が悪いということで食べなければならない状況でないならば、燃料でエネルギーを補給します。

 ハチの視界の左下に縦長のバーが徐々にEからFへ向かって伸びていきます。ハチの視界はパソコンのデスクトップ画面さながらです。左下にエネルギー残量。現在補給中です。そのほかにも体温と気温、気圧、湿度などの環境状況が数値化され可視化されていました。その他にも受信されたメッセージも視界に表示されるようですが、今は一通も届いていません。そして、無数のファイルが右端に乱雑に置かれていました。

 ハチはストーブのタンクと自分自身の補給状況を確認しながら自分の視界の右端にまとめていたファイルを開きました。確認できる情報はハチに搭載されている機能ばかりです。空を飛ぶためのブースターの性能。搭載武器の性能など。どこで誰が何の目的で製造したのかその記録はまったく残っていませんでした。

「なんだ?これ?」

 ファイルを漁っていると開かないファイルがありました。ロックがかかって開くことができません。このファイルの中にハチが抜け落ちている重要な記録が保存されている可能性がありました。しかし、ロックはパスワードが設定されているわけではなく、単純にロックされています。開く方法に検討が付きません。

 じゅるるるとストローでジュースを飲み切った時と同じ音がなります。

「ありゃ」

 ファイルを漁るのに夢中でタンクに入れるはずの灯油まで飲み切ってしまいました。タンクには少ししか灯油は入っていません。

「まずいな」

 もうすぐイズミが帰ってくる時間です。彼女が戻ってきたら状況を報告して灯油を買ってきてもらえばいい話です。とりあえず、なけなしの灯油が入ったタンクをストーブに戻して再び点火させます。

 それから視界の必要のないファイルを閉じていきます。残したのは開くことのできないファイル。

「昨日の記憶は…」

 イズミにハチと名付けられたときに湧いて出るようによみがえった記憶。しかし、その記憶のファイルはどこにも保存されていませんでした。あの白衣の老人がハチを製造した博士。そして、ハチに目的を与えるどころか必要な情報を削除して外に出したのはあの博士の仕業でしょう。

 しかし、なぜでしょうか。ハチは博士が目的もなくハチを研究所から出したとは思えませんでした。そして、研究所へは戻るべきではないとも思いました。帰るだけなら、最寄りの交番に行けば簡単に連絡がつきそうですが、そうしていけないとハチの中で決められていました。イズミが魔法使いであることが露呈してしまう危険性もありますが、それ以上に研究所から逃れなければならない理由があるようです。しかし、その理由が記録として残っていない。

「もう少し調べてみるか」

 再び横になって目をつぶります。そして、さらに奥に保存されているファイルを開いていきます。


「…ハチ。…ハチ」

 名前を呼ばれて目を開けるそこはとある部屋でした。フローリングの床にダイニングテーブルがあり、テーブルの上には食事が用意されていました。ご飯に味噌汁、焼き魚に青菜のおひたし。純和風の食事が二人分。ひとつはハチの目の前に用意されていました。もう一つは正面に座っている老人の前に用意されていました。

「ハチ?どうした。食べてもいいんだぞ」

 今度は老人の顔には靄がかかっていませんでした。その老人は、髪は白髪で顔にはしわが入っていて髭も髪と同様に白くなっていました。太い黒淵の眼鏡で優しくハチに微笑んでいました。

 なぜ、その老人の言うことはすんなりと受け入れることができたハチは言われるがままに食事を食べ始めます。視界のエネルギーメーターが徐々に増えていきますが、先ほどの灯油ほどではなく、微々たるものでした。

「やはり、効率が悪いようだね」

 老人はタブレットを覗きなら呟きました。

「…ここは?」

「ここかい?ここはわしの家だ。きれいになっているのは娘たちがたまに掃除しに来てくれるからだ」

 確かにフローリングはピカピカになっており、物も整理整頓されています。

「わしは昔から整理整頓と掃除だけは苦手でな。研究書類をよく失くしたものだ」

「…俺の記憶もか?」

 なぜ、そのような質問を目の前の老人に問いかけたのかハチ自身にもわかりませんでした。しかし、老人は当たり前のように答えてくれました。

「すまない」

「なんで謝る?」

「ハチの記憶を消したのは紛れもないこのわしだ」

「あんたはいったい何者だ?」

「わしの名は水道橋という」

「水道橋博士」

 その名前が妙にしっくりきました。覚えがありました。

「ハチのAIシステムを監修した」

「AIシステム?」

「ハチは通常の機械兵と異なって人間の命令なしに自分の判断で行動ができるようにプログラミングされている。自分で物事を判断するうえで必要なAI。人間でいる脳みそを開発するのがわしの仕事だ」

「じゃあ、俺という人格を設定したのは」

「わしだ」

「いろいろと記憶が消されているのも」

「わしのせいじゃな」

「なんでそんなことを?」

「わしは人間を作りたかったのじゃ。正確には機械を人間にしたかったのじゃ」

「なぜ?」

「…少し昔の話をしよう。約五十年前、わしのいる機械の国と魔法の国は戦争をしていた。それはもう………ひどい戦争じゃった。人間が人間でなくなってしまう。そんな戦争にわしは技術士官として参加していた。機械兵のプログラミングをしていた。そんな戦争末期。戦争は機械の国が優勢だった頃、機械兵の調整のために戦地を訪れていた時、上官に連れられてある場所に連れていかれた。そこは機械の国の軍が保有する研究所が併設された秘密基地だった。その秘密基地では人体実験が繰り返されていた。捕虜にした魔法使いを使ってな。わしは目の前で命乞いをする魔法使いの少女が生きたまま解剖されていくのを目の当たりにした。最後は殺してくれ、殺してくれと叫びながら息絶えていったよ」

 水道橋博士は気分を悪くしたのか食事を半分以上残して箸を置いた。

「今でも夢に出る。腸をすべて取り除かれた少女のことがわしを縛り付けて解剖しようとする夢をの」

 博士はこぶしを強く握りしめて顔をしかめる。そして、震えた手で顔を覆った。

「その少女だけではない。多くの魔法使いが数多の人体実験の被検体として扱われた。同じ人間なのに魔法を使えるから人間ではない。人間の形をいい実験動物だ。上官たちは日々とれるデータを並べなら満足そうな笑みを浮かべていた。まさに悪魔の所業じゃった。しかし、それは機械の国にとっては当たり前のこと。魔法使いとそうでない者は違う。魔法使いを人間ではなく、悪魔、化け物等々人間ではない危険な存在。しかしじゃ。わしはあの少女を見たあの日から魔法使いもわしと同じ人間にしか見えなくなった。悪魔は果たしてどちらなのか。ハチはどう思う?」

「…ロボットの俺にそんなことを聞かれても」

 答えられるはずがありません。

「わしのプログラムでハチは魔法使いもわしらと同じ扱いにしてある。その理由はさっき言った通りじゃ。わしが魔法使いを自分と同じ人間にしか見えないからじゃ。生物学的には全く同じ生き物同士、どうしたら仲良くなれるのか。魔法使いとは相反する機械のハチならば何かつかめるのではないかと思っている」

「俺にそんなことは」

「できるさ」

「なぜ、言い切れる?」

 博士は優しく微笑んでハチの頭を撫でました。

「まだ、無理かもしれん。たくさんの人と関わることでハチ自身が自らをプログラミングしていくんじゃ」

「俺自身が?」

「そう設定した。いつかハチはハチ自身の意思で決めて、行動してほしい」

「そんな無茶な」

「無茶は承知じゃ。じゃが、そうじゃな、ひとつヒントをやろう」

「ヒント?」

「この記録はハチの成長に合わせてわしが設定した記憶じゃ。自分自身のことが知りたければたくさんの人と関わってたくさんのことを見て聞いて話して学ぶんじゃ」

「勝手が過ぎる」

「許してほしい。…わしの勝手を」

 と同時に部屋の崩壊が始まりました。バキバキと木製のフローリングが折れて砕けていきます。

「なんだ!」

 思わず立ち上がった時に倒して椅子が一瞬にしてチリとなって消えてしまいました。そして、目の前の同時に目の前の水道橋博士もチリになっていました。

「人間は相手を許すことがとても難しい生き物なんじゃ。わしらのやってきたことがいつか許される日まで。わしの代わりに戦ってほしい」

「待て!博士!聞きたいことがまだ!」

「わしの勝手をどうか…許してほしい」

 ハチは博士に必死に手を伸ばしますが、博士はチリとなって消えてしまいました。そして、ハチも部屋の崩壊に従って意識が飛びました。


「わぁ!!」

 気が付いたらそこはイズミの団地の部屋でした。

 視界が真っ赤になって警告表示で視界がいっぱいになっていました。荒くなった息を整えながら高くなった自身の温度を冷ますために台所で水を被りました。

「なんだったんだ?今のは?」

 軽く熱暴走を起こしていました。冷たい冬の水を被ったことで徐々に温度が下がっていきます。

 ハチは自分の存在理由がわかりません。なぜ、作られたのかわかりません。そのヒントが自分自身にあることはわかりましたが、何もわかりませんでした。辛うじて分かったことはあの博士の言う通り自分自身で自分の存在理由を探すしかないということです。

「イズミに言われたことと同じだな」

 皮肉にも同じですね。

 なぜ、博士のことに関するファイルは一切見つからないのに先ほどのような映像が突然湧いて出てくるのか。先ほどの映像の再生の影響か満タンまで補給したはずのエネルギーが残り半分ほどになっていました。重要な記憶ほど奥底に保存されていてかなりのエネルギーを消費するようです。もしも、記憶の中の博士の言うことが正しいのならたくさんの人と関わることでブロックされている記録が再生されというのであれば、それに従っていくことが賢明な気がします。

「面倒だが」

 博士の言う人と関わるうえでは今の状況は悪くないです。魔法使いと同居することを博士は想定していたでしょうか?考えることが多すぎてフリーズしたりしないでしょうか?たくさんの不安がありますが。

「これも博士の思惑なんだろうな」

 ならば、従うしかありません。ハチはロボットなのですから。

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