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魔法使いが愛したロボット  作者: 駿河留守
第1章 魔法使いとロボット
3/23

1話 - 魔法使いとロボット 後編

 科学とは素晴らしいとイズミは常々思いました。

 寒い冬の季節。深々と雪が降り注ぐ冬のある下校途中。カナコとナギサとは途中で別れて道に積もった雪の感触を楽しみながら帰り道を歩いていました。雪は学校を出る前よりも強く降り注ぎます。この調子で降り続けたら、明日には雪積もって真っ白になっているかもしれません。雪が積もるとその分寒くなります。そんな中、イズミの手を温めてくれるものがあります。

 カイロです。カイロは科学の象徴で素晴らしいものだとイズミは思っています。

 カイロの中身は木片と鉄粉が入っています。鉄が酸化、つまり錆びるときに発生する熱を利用しているのです。木片は空気に触れることで空気中の水分を吸っていきます。そうして湿気った木片が鉄粉に触れることで鉄粉が濡れて酸化を起こして熱を発生させます。

 こうしてイズミの手のひらはとてもぽかぽかです。

「あったかい」

 科学とは素晴らしい。

 学校帰り。ブレザーの制服の上からダウンを着てマフラーをしています。手袋の上からカイロを包むようにもって温まっています。校則上スカートをはかなければなりません。生足だと寒いのでタイツを履いていてもなお寒いです。

 するとコンビニに目に入りました。吸い寄せられるようにコンビニに入店しました。コンビニの中はとても暖かいものでした。心地よい熱風を吐き出すエアコンという機械。素晴らしいです。そして、レジ横に売られている肉まんは寒い冬には非常に美味です。小型ながら肉まんを熱々にふかしてくれる機械。機械は素晴らしい。

 手袋を外してホカホカの肉まんをほおばりながら自宅へ向かいます。街の中心部から少し外れたところに団地群。A~D棟まである鉄筋コンクリート製の団地のD棟の2階がイズミの自宅です。団地には車が駐車できる駐車場と小規模ではありますが、住民憩いの場の公園があります。ふわっと冷たい雪風が頬を指します。その雪風は公園の方へと雪を巻き込みながら進んでいきました。その公園は学校から家までのショートカットができます。真っ白になった公園が少し見たくなったので、公園を横切ることにしました。そんな公園を横切っていると滑り台の下。ちょうど、降り注ぐ雪から逃れるようにうずくまっているひとつの影に目が入り立ち止まりました。こんなに寒いのに裸足でした。服装も病院服のような青緑の服を一枚着ているだけでした。

 とても寒そうで今にもこ凍えて死んでしまいそうでした。

「あ、あの」

 イズミが声をかけると滑り台の下にいた人はゆっくりと顔を上げてこちらを見上げました。

 青年でした。黒髪に黒い瞳。その瞳は暗く悲しく見えました。

「だ、大丈夫ですか!寒いでしょ!これ着て」

 イズミは来ていたダウンを青年に着せてあげました。

 ダウンを脱ぐと刺さるように寒いです。しかし、目の前の青年の方がもっと寒そうです。

「とりあえず、家に来てください。ここじゃ、凍えて死んでしまいます」

 青年を引っ張るように立たせました。すると青年は着せたダウンをイズミに着せてあげました。

「え?なんで?」

 青年は今にも墜落してしまいそうな声で呟きました。

「寒いだろ。俺は大丈夫だ。気にするな」

 そういうと再び滑り台の下にうずくまりました。

 え?何?私の親切は余計なお世話だったわけ?

 そんな雰囲気を青年は醸し出しています。

 意地になったのかイズミは再びダウンを青年に着させました。

「とりあえず、温かいところに一緒に避難しましょう!」

 と青年を立たせましたが、またもや青年はダウンをイズミに着せました。

「俺は大丈夫だから。気にしなくていい」

 また、滑り台の下でうずくまりました。

「風邪ひきます。行きましょう!」

 ダウンを着させて引きずり出しました。

「大丈夫だから」

「大丈夫じゃない!」

「だから、大丈夫だって言ってるだろ」

「どこが大丈夫ですか!今にも凍えそうな格好してるのに!」

「平気だから」

「何が平気よ!強がって!そんなに私に親切にされるのが嫌なの!せっかく、かわいい女の子が助けてあげようって言ってるのに!」

「うるさい、余計なお世話だ」

 え?何?この態度?イズミは青年の手を無理やりつかんで引きずり歩き始めました。

「おい!ちょっと何するんだ!」

 誘拐されそうになったので、青年もさすがに焦ったようです。

「このまま君を放置して次の日、公園で凍死した遺体が発見されましたってニュース見たら一生君が化けて出てきそうじゃん!オバケ怖いじゃん!トイレいけないじゃん!」

「そんな理由!?」

「人を助けるのに理由なんてある?ない!お節介でも私は君を助ける!」

 助けるという割には強引な気はします。

「とにかく、風邪を引きます。私の家に着いたらすぐにお風呂を沸かしてあげますから」

 青年は温かい彼女のダウンと手の温かさが妙に心地よく感じました。体よりも心が温かくて心地よくなりました。感情があいまいな青年には不思議な感覚でした。

 だからこそ、青年はイズミと関わるべきではないと思いました。

「気持ちだけ受け取る。俺のことはもういい。ありがとう」

 青年は恩義だけを受け取ってイズミから離れようとしました。

「また、そんなこと言って死なれたら困る!主に私が!」

 非常に自己中です。

「化けて出たらどう責任取るつもりなの!」

「死なないから大丈夫だって」

「なんでこんな寒いのにそんな格好してて死なないの!おかしいでしょ」

 青年には事情がありますが、それを話すことができません。故に目の前の少女とこれ以上関わりたくありません。しかし、イズミは食いついて離れません。あまりにしつこいので、冷静な青年もさすがに怒り始めました。

「大丈夫だって言ってるだろ!死にもしない!化けても出ない!てか、そんな年にもなってまだオバケが恐いとか言ってるのかよ!恥ずかしくないのか!」

「うるさい!君が素直に私の親切に従えば!」

「あんたが俺の話聞けばいい話だろうが!」

 ふたりとも強情ですね。

「来るの!」

「行かない!」

 イズミは青年の手を全力で引っ張り、青年は全力で抵抗します。

 すると突然、力が抜けてふたりともしりもちをつきました。雪が舞って二人の視界が一瞬だけ真っ白になりました。

「引っ張り合いで女の子に負けるくらい弱ってんだよ!だから、一旦私の家で…」

 舞った雪がふわふわと地面に落ちて真っ白くなった視界が徐々に戻っていきます。そして、見えたイズミの目の前にはしりもちをついた青年がいます。数メートル離れています。しかし、青年の手は握ったままでした。

「あれ?」

「や、やばい!」

 イズミは青ざめました。青年の腕が肘から先で取れてしまいました。

「うわぁぁぁぁぁ!!」

「ち、違うんだ!これは!」

「ごごごご、ごめん!引っ張り過ぎて千切れるなんてお、思ってなくて!ごごごごご、ごめん!すぐにくっつけるから」

 慌ててリュックサックからスティックノリを取り出しました。

「それでくっつくわけないだろ!小学生の図工じゃないんだぞ!」

 青年はイズミから自分の腕を奪い取りました。

「う、腕が取れても平気なの?い、痛くないの?」

 涙目で青年のことを本気で心配しました。本気で心配されているのは青年の目から見てもわかりました。ですから、少し気恥しくなって目を合わせないように外れた腕をくっつけました。カチッとはまりました。まるでプラモデルのように。

「え?ど、どうなってるの?」

 尻もちをついたままのイズミは状況が理解できないようでした。

外れた腕が正常に動くかどうか確認するように青年は腕を、指を動かして確認します。そして、どう説明したものか悩みました。

 青年は自分の正体を隠さなければならない理由があります。

「き、君は人間じゃない?ろ、ロボットなの?でも、どこからどう見ても…」

 イズミの言う通り青年はどこからどう見ても人間でした。しかし、腕は外れました。その腕はくっついて元に戻りました。ここは機械の国です。こんなところに魔法使いなんているはずがないので魔法のせいではありません。つまり、目の前のない青年は機械の国の技術。つまり、ロボットということになります。

 青年は仕方なく答えました。

「そうだ。俺は人間じゃない。ロボットだ。寒さも平気だ。寒くても死なないし、化けて出ることもない。俺が言ったことは間違いじゃないだろ?」

 ロボットなら寒くても死なないので納得です。

「機械の国は君のような人間と区別がつかないようなロボットを作れるのかい?」

 青年はイズミの質問の仕方に少し違和感を覚えました。どうも、機械の国には最初からいないような口ぶりです。しかし、ロボットの青年はそんな質問の違和感よりもイズミの身を案じました。これ以上自分の情報を与えると目の前の少女を危険にさらすことになります。イズミはそのことを知りません。

 青年はしりもちをついたままの少女に目線を合わせるようにしゃがみました。そして、周りに聞こえないように声を絞ってイズミに語り掛けました。

「俺は普通じゃない。俺のことを知ってしまったお前は非常に危険な立場になる。だから、お前は俺を見なかったことにしてここを離れるんだ。お前は俺と違って命がある。大切な命だ。その命を無駄にしないために俺のことは金輪際思い出すな。お前の優しさは確かに受け取った。その優しさを俺以外の誰かにもちゃんと使ってやるんだぞ。わかったか?」

 見ず知らずの少女の優しさにロボットの青年の心も優しくなりました。こんないい少女を危険に巻き込みたくありません。だから、ここはそっと離れて、イズミも彼のことをそっと忘れてあげるべきでした。

 青年は立ち上がろうとするとイズミは青年の腕をつかみました。

「えい!!」

 力づくで青年の腕を引っ張りました。青年の腕が外れました。

「ちょっと!何してるんだよ!」

「すげー!外れた!」

「勝手に外すな!」

「もしかして、逆の腕も外れるのかな?」

「試すな!」

 抵抗しようにも腕が一本足りません。

「えいや!」

 もう片方の腕も思いきり引っ張りました。青年は力任せに抵抗せずそのまま引っ張られました。そうすれば、腕は外されません。そのまま雪の上にうつ伏せに倒れました。

「簡単に外されてたまるか!」

 と立ち上がろうとしましたが、片方の足が膝から先がありませんでした。立ち上がれません。

「足も外れるんだね」

「勝手に外すな!」

「このボタン何?」

 青年の外れた足の甲にホクロのような突起物がありました。

「待て!勝手に押すな!」

「ああああああ!」

「どうした!」

 急にイズミは叫びだしました。

「ふ、不思議な力が働いて勝手に指が!」

「押すな!」

 ボタンを押すと足からロケットのブースターが出てきました。そして、ブースターはキュイイインと音を立てて火を噴いて飛んでいきました。

「俺の足ぃぃぃぃぃ!!!」

 青年の足は近くの木にぶつかって止まりましたが、木の上に引っかかってしまって落ちてきませんでした。木の葉はすべて散っているので腕は隠れることなく丸見えです。取りに行こうにも片足と片腕では難しいです。

「仕方ない!」

 残った足からもブースターを出します。飛んで引っかかった足を取りに行こうとします。飛んで行った足と同様にブースターの噴射口からキュイイインと音を立てて火を噴いて飛び上がりました。しかし、飛び上がる直前、突然背後から何者かが飛びついてきました。

 イズミでした。

「お前!邪魔するな!」

 しかし、今から止めることはできません。ブースターから噴き出した推進力は青年とイズミの体を持ち上げました。

「わぁ!すごい!飛んだ!」

 イズミは青年の体に抱き着いて空に舞い上がりました。ロケットのように数メートル真上に飛びました。しかし、ブースターの推進力はそこまででふわっとジェットコースターな感覚を味わった後、落下していきました。

「わあああああああ!!」

 イズミは楽しそうに笑っていました。しかし、青年は別でした。今の落下は青年の背中から落下しています。イズミをクッションにするような落下はイズミが非常に危険です。

「まずいって!」

 慌ててブースターを焚いて推進力を得ました。しかし、普段は両手両足でバランスを保ちながら飛んでいますが、今は片足、片腕がない状態でバランスも悪く、さらに背中にはイズミもいてアンバランスな状態。まっすぐ飛ぶことは困難でした。ぐにゃぐにゃと雪が深々と降り注ぐ団地の空を飛びまわりました。

「アハハハハハハハ!」

「お前!笑ってる場合か!死ぬぞ!」

 必死の青年とは裏腹にイズミは楽しそうでした。

 何とか制御しようと必死の青年の目の前に団地が迫ってきました。

「まずいって!」

 上昇するか?しかし、現在の高度は団地の二階程度。あとは倍以上高度を上げるには推進力が足りない。ならば、どちらかに思いきり曲がってよけるしかありません。しかし、アンバランスで落下しないように速度を上げていてで非常に困難でした。必死に右曲がって団地をかわそうとしますが、激突してしまいます。

「大丈夫!」

「何がだよ!このままだとぶつかるぞ!」

 するとイズミの瞳の色がうっすらと淡い青に変わりました。

「私と君は死なないから!」

 と同時に深々と降り注ぐ雪がまるで意思を持っているかのように激突しそうな箇所に集まってきました。

「はぁ?」

 その奇妙な現象に青年は現状を理解できませんでした。そのままふたりは集まってきた雪の中に突っ込みました。雪がクッションのようにふたりを包みました。そのまま、団地のある部屋の窓を突き破って部屋の中に突っ込みました。

「うぎゃ!」

「おわぁ!」

 部屋に入った瞬間、衝撃でふたりは離れました。雪に覆われたイズミは隣の部屋につながる扉を破壊して雪の上を滑りながら止まりました。青年も雪に覆われた状態で部屋の押し入れに突っ込んで中の布団がクッションになって止まりました。

 雪たちは役目を終えたかのように溶けてなくなりました。

 青年はひっくり返りながら何が起きたか理解できませんでした。

「いやー、楽しかった」

 イズミは満足そうな表情でした。

 青年は後転しながらペタと床に座り込みました。床は畳で溶けた雪で湿っていました。割れた窓からは雪が風と一緒に吹き込んでいます。温かった部屋の空気が外気で冷たくなっていきます。と同時に青年の頭の冷静に冷やします。

 雪が意思を持っているかのように集まってきて、それから自分たちを突撃の衝撃から守ってくれた。そんなこと機械にはできない。偶然?奇跡?いいえ、違います。青年の前で笑みを浮かべる少女は青年に自分たちは死なないと発言しました。まるで雪たちの動きを知っているかのようでした。そんなことできる人物たちを青年は知っていました。

「どうしたの?」

 ポカーンと考え事をしていて動かない青年を不思議そうに突っつきました。

「お前…魔法使いか?」

 その問いを聞いたイズミは青年を突っつくのをやめました。それから先ほどとは対照的に寂しそうな表情を見せました。

 しばらく、考え込むように突き破って割れた窓ガラス、青年が突っ込んで破れた押し入れの戸、溶けた雪でべたべたになった畳を順に目で追いました。現実を見て落胆しました。

ああ。せっかく、仲のいい友達もできて楽しかったのにな…。

でも、隠すことはもう無理です。

「——————そうだよ。私は、——————魔法使いだよ」

 イズミは素直に答えました。瞳の色がうっすら緑色に変わりました。

「それで?どうする?」

 ロボットの青年でも知っていました。魔法使いは迫害すべき存在。害虫と同じ。見つけたらすぐに捕まえて殺すべき存在。しかし、魔法使いであっても目の前の少女は人間です。機械の国に住んでいる人と同じ人間です。

「どうも…しない」

「え?」

 イズミは少し驚きました。と同時に変わりかけていた瞳の色が元に戻りました。最悪、殺されると思っていたからです。いざとなれば、魔法で青年を吹き飛ばして逃げるつもりでした。

「今のところはだがな」

 イズミは理解に苦しみました。なぜ、魔法使いを見て何もしないのか不思議でした。この国に来たからにはいつか正体がバレて捕まって殺されることを覚悟していました。それが当たり前なのがこの国です。しかし、目の前のロボットの青年はイズミをどうもしないというではありませんか。ロボットは機械の国が作り上げた技術の結晶。そんな代物が敵対勢力の魔法使いをどうもしないはずがありません。

「なんで?」

「それは…お前が人間だからだ」

「ん?ん?」

 余計理解できませんでした。

「私の知る限り機械の国の人たちは魔法使いを人間だと思っていないよ?」

「俺からすれば人間だ。魔法が使えるだけの」

「どういう理屈?」

 イズミからすれば機械の国の人は魔法使いを人間ではなく、悪魔、化け物等々人間ではない危険な存在という認識でいます。実際、先の戦争で魔法使いたちのよって多数の都市が一瞬にして焼け野原にされたりしたそうです。怖がるのも理解はできます。

 しかし、目の前の青年は違いました。

「説明をする前に、ちょっと気になることを聞いていいか?」

「何?」

「派手に空も飛んで勝手に人の部屋の窓突き破って中をぐちゃぐちゃにしたんだぞ。誰かに見られてたらお前危ないんじゃないか?」

 この期に及んで青年はイズミの心配をしました。その気遣いは偽物ではないことは明白でした。だから、イズミは少し安心しました。

「大丈夫だよ」

 イズミは畳に座ったままの青年と同じ視線になるようにしゃがみました。そして、青年の目を両手で覆いました。

「ちょ、何すんだ?」

「少し小細工するから目を閉じて」

 青年は息をのんで目を閉じました。すると何かがドンと上からのしかかるような感覚に襲われてふわっと体が中に浮く感覚を味わった後、目を閉じる前と同じ畳に座っている感覚に戻りました。

「もういいよ」

 イズミが青年の目を覆うのをやめて手が離れていくのを感じて数秒後に青年は目を開けました。

 そこは確かにさっきまでいた部屋でした。しかし、いろいろ違いました。突き破った窓は、青年が突っ込んだ押し入れは、イズミが破壊した扉は、雪でぬれた床や畳は何事もなかったかのように元通りになっていました。それではではありません。青年は手足に感覚があることに驚いて思わず手を見ました。木の上に引っかかっているはずの足が、イズミに外された腕が、すでにくっついて戻っていました。

「な、なんで!」

 足、腕は確かに自分のものでした。自分のものでなければ違和感ですぐにわかります。青年は思わず立ち上がってさっき突き破った窓から雪が深々と降りしきる外の様子を見ました。窓から公園が見えました。足が引っかかっているはずの木には何も引っかかっていませんでした。

「お、お前、何をした?」

 驚きを隠せず青年はイズミに尋ねました。

「ちょっと時間をいじっただけだよ」

「じ、時間を」

「そ」

 イズミは簡単に言いました。それから来ていたダウンと制服のブレザーを脱いでハンガーにかけました。

「俺が知っている限り魔法使いは自然の現象を好きなように発生したり、操ったりする。時間をいじったって普通じゃないだろ。魔法使いでも物理法則にはあらがえない。それは機械の国のやつらでも知っている。だが、今お前がやったことは何だ?時間をいじった?正確には一部の時間を戻した。この部屋と俺の時間を」

 だから、むちゃくちゃになった部屋は元に戻った。青年の腕が元に戻った。

「う~ん、少し違うかな」

 イズミは意地悪な笑みを浮かべました。

「正確にはこの団地の時間と君の手足の時間を戻した」

「だ、団地事!?」

「そう。じゃないと私たちが空飛んでたところを見られたら魔法使いがいるって通報されちゃうでしょ。団地丸ごと時間を戻したら私と君は今頃公園だけど、公園には戻る気なかったから私と君の時間はそのままにした。もちろん、腕と足は戻してあげないといけないから腕と足だけ時間を戻したよ。普通の人間なら時空のねじれに耐えられないけど、やっぱり君は機械なんだね。何ともない。あ、ちなみに突っ込んだ部屋とこの部屋は同じ部屋だよ。たまたま、突っ込んだのが私の部屋でよかったね」

 青年は目の前の少女を警戒しました。物理法則に介入できる魔法使いは聞いたことがありません。聞いたことのない魔法を目の前の少女はいとも簡単にやってのけました。

「お前、何者なんだ」

 普通の魔法使いではないことはわかりました。

「私?私はイズミだよ。魔法使いってだけの普通の女子高生」

 それ以上のことは答えませんでした。拍子抜けた青年はその場でしりもちをつくように座り込みました。

 彼女が本気を出せば自分は簡単に壊されて殺されてしまうことは明白でした。力の差が歴然でした。圧倒的に目の前の少女の方が強い。これがいまだに機械の国の人たちが魔法使いを怖がる理由です。少女ほどではなくても魔法使いとそうでない人の力の差は圧倒的です。ですから、機械の国の人たちは魔法使いを怖がります。

「なるほど、この国の人たちが魔法使いを人間扱いしない理由が分かった気がするよ」

「ご、ごめん。怖がらせちゃった?」

「いいや、あんまりにも凄すぎてちょっといい言葉が出て来ないだけだ。大丈夫だ。魔法が使えるだけでお前は人間であることは変わらない」

「なんで人間だとどうもしないの?」

 魔法を使う前に質問は戻ります。

 青年は胡坐をかいて少し楽な態勢になります。

「お前はロボット工学三原則って知ってるか?」

 イズミは首をかしげながら横に振りました。知らないことを理解した青年は丁寧に説明を始めます。

「元々はとあるSF作家が作ったロボットが従うべきとして示された原則だ。第一条は、ロボットは人間を傷つけてはならない。第二条、ロボットは第一条に反しない限りで人間の命令に従わなくてはならない。第三条、ロボットは第一条及び二条反しない限りで自己を守らなければならない。これはSF世界の設定だけじゃなくて現実のロボット工学にも影響を与えた。これを安全・便利・長持ちって読み替えると普通の家電とかにも適用される。俺も同様にこの三原則を基盤に行動するようにプログラムされている」

「えっと、その三原則で一番権限が強いのは第一条の人間を傷つけちゃいけないこと」

「そうだ。俺の中で魔法使いもそうでない人も人間に変わりはない。魔法が使えるだけで体のつくりは全く一緒だろ?ゆえに俺はお前を傷つけることはできない」

「でも、私は知ってるよ」

「何を?」

「…私のお父さんとお母さんを殺したのは機械兵だった」

 イズミは表情を全く変えずに言いました。それはとても深くて暗い感情です。

 青年も機械兵のことは知っています。身長は三メートル前後。上半身は人間のような形をしているが、下半身は四本足だ。それはどんな荒れ地でもスムーズに進むためだ。両手には物騒な武器。右手には機関銃、左手にはミサイル。両肩にはビーム砲。顔は高性能レーダーとカメラが搭載されていて正確に敵を見つけて攻撃することができる。彼らは人を殺せる。全身の分厚い装甲は銃弾はもちろん魔法も受け付けない頑丈なつくりになっている。

「ロボット工学三原則はロボットに直接判断を任せるときの判断材料に過ぎない。あいつらに意思はない。人間が外から直接操っているからな」

「そう…なんだ」

「お前が見た機械兵がどんなタイプか知らないが、この国の軍隊が所有してる機械兵は人間が操っている兵器だ。あれを俺と同じロボットじゃない。ただの人を殺すためだけの機械だ」

「じゃあ、君は何のためのロボットなの?」

「俺は…」

 青年は自分の製造目的をイズミに教えようとしました。しかし、

「…あ、あれ?」

「どうしたの?」

「俺の製造目的って…なんだっけ?」

「いや、私に聞いても知るわけないじゃん」

 その通りですね。

「ま、待て。大丈夫。自分が作られた目的くらいわかってるって」

「今、それ私に聞いてなかった?」

「つか、俺どこから来たんだ?」

「記憶喪失?」

「いや、この場合はデータが飛んだな。俺の記憶メモリが」

「叩いたら直るんじゃない?」

「昭和のテレビじゃないんだぞ。直るか」

 と言いつつも掌で軽く頭を叩いています。結果は変わらないようです。

「じゃあ、なんであそこにいたの?」

 雪の降りしきる公園の滑り台にいた理由ですね。

 青年は記憶を探ります。しかし、肝心な記憶がすっかり抜け落ちています。まるで色のない真っ白な空間に放り込まれた感覚でした。自分が何者でなぜここにいるのか何もわかりませんでした。

「わからない。でも、俺自身がロボットで自分に搭載されてる機能のことはちゃんとわかってる。それと俺自身の存在を他人に認知してはならないことも分かっている」

「なんで知られたらいけないの?」

「わからないが、予想はつく。俺のような人間と区別のつかないロボットはこの国でも存在しないに等しいからだろう。混乱を招く」

「なんで?」

 イズミからすれば、青年は普通の人間と大差ありません。わかっているロボット青年の機能は腕と足が外れて、空を飛べることくらいです。イズミがその気になれば魔法で対処できてしまいそうです。

青年は少し悩みました。自分の機能を少女に教えることは非常に危険です。もしも、自分の機能が周囲に露呈した場合、共に行動していたイズミの身柄は一度拘束されることでしょう。彼女が一般人なら事情聴取のみで終わるかもしれません。しかし、イズミは魔法使いです。事情聴取中にそのことがバレてしまったら、話が変わって来ます。彼女を危険な目に合わせたくない。合わせるわけにはいかない。それがロボットの青年の判断でした。

「俺に搭載されている機能のほとんどは人を殺すためのものだ」

 イズミは固まりました。けど、目をそらさずに真剣に聞いていました。

「たぶん、俺を作った人の認識では殺す対象は魔法使いだと思う。どういう目的で俺にこんな機能を付けたのか。なぜ人を殺すための機能があるのに人を傷つけられないロボット三原則がプログラムされているのか。そもそも、なんで魔法使いを人として認識させるようにしているのか。いろいろ俺には不明な点が多い。何より機械の国は魔法使いとそうでない人の区別をつける方法を持っていない。となると機械の国の人たちも被害が出る。そうなると機械の国は俺を全力で壊しにかかってくる。でも、俺は自らを守らなければならないから、たぶん、全力で逃げると思う。そうなると次に危険なのは…」

「一緒にいた私ってことだね」

 青年は重く頷いた。

「俺の存在は混乱を起こすのは必然だ。だから、俺と関わるべきじゃない」

「ふ~ん」

 イズミは青年のもとに歩み寄りました。そして、まじまじと青年を観察するように青年の周りをぐるっと一周して露出している腕や足を突っついたり、引っ張ったりしました。

「どう見ても君は人間にしか見えない」

「でも、俺はロボットだ」

「そうだね。でも、なんで君はあそこにいたんだい?」

「そ、それは…」

 それも分かりませんでした。どこかの研究所にいて、彼を作った人もどこかにいます。それが一向に思い出せないことが青年はむしゃくしゃしていました。イズミはそれを優しく包み込むように語り掛けました。

「私が思ったことなんだけど、君を作った人はとても優しい人だと思うんだ」

「なぜ?」

「私が知る限りロボットは魔法使いを殺すために存在する。でも、君は人を傷つける機能ばかりなのに、人を傷つけられないようにされてる。君を作る口実で兵器を搭載したけど、作った人の目的はきっと違うんじゃないのかな?全部、憶測だけど君は人を、魔法使いを殺させないようにするために作られた。生まれてきた。私はそうだと思うよ」

「…でも」

「自分の存在理由なんて自分で決めちゃえばいいんだよ。なりたい君になればいいんだよ」

「なりたい俺になればいい…」

 イズミは笑顔で青年の肩を叩きました。

 なりたいものになればいい。

 ロボットの青年には難しいことでした。機械は目的があって作られて、その目的のために命令されて働きます。自分の判断で自分のなりたいものになっていくことはとても難しいことでした。

 故に青年はどうしていいかわかりませんでした。

「はい!これ!」

 イズミは青年にジャージを渡しました。上だけです

「本当は私のだけど魔法でサイズ大きくしてあるから着れるよね」

 押し入れを開けて四つん這いになって奥から長ズボンのジャージも取り出しました。それから魔法でジャージが一回り大きくなりました。とても便利です。

「なんでこれを?」

「そんな恰好じゃ生活できないでしょ。それにどこから来たかも、自分が何なのかもわからないんでしょ。だったら、それがわかるまでここにいるといいよ」

「でも、それだとお前が危険だ」

「君は知ってるかい?」

 イズミは不敵に笑いました。まるで小悪魔のように。

「魔法使いって強いんだよ」

 それは自信の笑みでした。

「確かに」

 その事実は確かでした。

「自分の存在理由もわからないポンコツロボットが自分で自分のなりたいものが決まるまで、いいか?ここにいて?」

 イズミは満面の笑みを浮かべました。

「もちろん!」

 手を差し出しました。青年は安心してその手を握って握手を交わしました。

「よろしく」

「うん!よろしく!」

 こうして魔法使いとロボット。相反するふたりの関係がスタートしました。

「そうだ!名前!名前くらい覚えてないの?」

「名前か…名称はないけど、型式は登録されてる」

「型式?」

「ああ。俺は型式八〇一八番。それが俺の名前じゃないか」

「呼びずらい!却下!」

「そんなこと言われても困るんだけど」

 家電でもそうですが、機械にはそれぞれ製造番号や型式番号なるものが存在します。それでどこの工場で作れたかとかを判断することができます。青年の型式番号もおそらくそのたぐいでしょう。

「なら!ハチだ!」

「は、ハチ?」

「八〇一八で八を二回強調してるからハチ」

「犬みたいな名前だな」

 八〇一八は犬みたいな名前に抵抗がありました。

 しかし、不意に脳裏に見覚えのある光景が浮かびました。


 そこはスパナやボルト、ナット、オイルタンクや機材が乱雑に置かれた工房のような場所。そこに八〇一八は座っていました。すると目の前にとある一人の男性が現れました。白髪で腰が曲がったおじいさんでした。顔はモザイクのように靄がかかっていてはっきりわかりませんでした。

「ハチ」

 犬みたいな名前だな。そう思いました。

「君の型式を八千番台したのは私の友人、八郎が由来している。だから、君はハチだ」

 そう言われたのなら仕方ない。

 ハチはそう答えました。

「ハチ。これから君にたくさんのことを教える」

 教えるってどういうこと?必要なデータならインストールすればいい。

「それではダメだ。それではただの機械だ」

 しかし、博士。俺は機械だ。

「機械は機械でもハチは普通の機械じゃない。君はこれから私やたくさんの人を通してハチという人間を作り上げるんだ」

 作る意味はあるのか?

「それを決めるのは私じゃない」

 ならば、誰なのか?

「それを教えてくれる人と必ず出会える。これから教える言葉や感情をなぜデータとして送るのではなく、言葉として送るのか。きっと、分かる日が来るさ」

 そう、博士は優しくハチの頬を撫でました。


「ハチ!」

 イズミの呼ぶ声でハチは元の世界に戻ってきました。

 今のは何だったのか?記憶?なぜ、断片的で曖昧だったのか。データが中途半端に保存されているせいで飛んでしまったのか?いろいろとハチの中で憶測が飛び交いました。

「もしかして、ハチって名前嫌?」

 イズミは悲しそうに首をかしげて訪ねました。

 ハチ。博士が頭の中で八〇一八のことをそう呼びました。

「いいや」

 ハチは首を振りました。

「びっくりするくらいしっくり来てるよ。その名前」

「…そう!よかった!」

 イズミは笑いました。するとハチも自然と笑みを浮かべました。

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