6話 - ロボット、猫を飼う 後編③
それから墓に煙草を一本立てて火をつけて後にしました。
行きは飛んできましたが。ギンジは歩いていくところがあると言うので黙ってついていくことにしました。すっかりあたりは暗くなってしまいました。雪は周囲にうっすらと積もりましたが、今は止んでいます。
「結局、何も話さなかったな」
あの後、ギンジは涙をぬぐいながら墓地をただ眺めているだけでした。
「良いんだ。言葉にしなくても伝わったよ。俺にも、飼い主にも」
また、訳の分からないことを言うもんです。ロボットにもわかりやすく説明してほしいものだとハチは思いました。
「これからどうするんだ?ギンジ?」
「あの団地はペット禁止だろ?」
「…そうだな」
以前、掲示板に犬猫を飼うことを禁ずるという張り紙を見ました。集合住宅なので致し方ないことです。
「生きろと飼い主は俺に言った。…いや、言われてる気がした。飼い主が俺に何も求めなかった。ただ、俺が元気に生きていたから飼い主は病気で苦しくても元気になれたのなら、また誰かを元気にするために、もう少し生きてみることにする」
「…そうか」
するとギンジは急に足を止めました。ギンジの視界の先にはひとりの少女がいました。小学生低学年くらいの幼い少女でした。こんな暗い時間にひとりで何かを探すように歩き回っています。
「どうした?」
ハチがギンジに声をかけるとそこに反応したのは少女の方でした。
「ああ!!ギンジ!!」
「え?」
少女はギンジの名前を叫ぶと駆け寄ってきてギンジに飛びつきました。
「よかった!よかった!どこかお怪我はしてない?誰かにいじめられてない?」
「にゃー!にゃー!」
やめろ!今!お前にケガさせられそうになったわ!と猫語で叫びました。
「君はギンジの飼い主?」
しかし、ギンジの飼い主はもう死んでいます。
「そう!新しい飼い主!」
ということはギンジが嫌っていた飼い主の後藤の遠縁の親戚の人間ということです。しかし、変です。ギンジの飼い主の後藤はギンジの話では孤独の身で親戚と連絡を取っている様子はありませんでした。そんな親戚の女の子がなぜ猫の名前がギンジであることを知っているのか不思議でした。
「ママ!」
女の子の後を慌てて母親らしき女性が追い掛けてきました。
「もう、勝手にどっかいかないで」
と息を切らしながらやってきました。
「お兄さんがギンジを見つけたの?」
「…そうだよ」
笑顔で答えました。下手なことをいうと自分がロボットであることが露見してしまうので、適度に嘘をつくことにしました。
「カラスに襲われてたから助けたんだ」
「そうなんだ!ありがとう!」
お前!俺がカラスに襲われたとか間抜けなこと言ってないだろうな!と猫語で叫んでいますが、ハチが女の子と人語で話しているので伝わるはずがありません。知ったことかとそのまま続けます。
よしよしと撫でる女の子からギンジは逃げたそうにしていますが、我慢しています。逃げると捕まった時の反動が大きそうなのでやめています。
「すみません。助かります。この子ったらギンジを探すんだって言って聞かなくて」
母親がギンジにお礼を言ってきました。どうやらふたりはずっとギンジのことを探していたようです。
「パッと見飼い猫っぽいので飼い主さんが心配しているだろうなって俺も思っていたんで、見つかって猫もここなしかうれしそうですね」
いいえ、逆です。
離せー!逃げないから離してくれ!と猫語で叫んでいます。
「とても毛並みの整ったきれいな猫ですね。普段からちゃんと手入れされているんですね」
少し探りを入れました。すると何も警戒することなく母親は話してくれました。
「いえ、あの猫は私の従兄の猫なんですよ。かなり年は離れていますけど。昔、仲が良くて一緒に遊んでいたんですけど、ここ数年はまったく連絡も取れなくて。叔父や叔母が亡くなったのは知っていたんですけど、なかなか会うことができなくて。…本当に残念でした」
飼い主の後藤には身寄りがいました。ギンジの話では病気で苦しんでいるようなことを言っていました。なぜ、頼れる身内がいるのに頼らなかったのかわかりませんでした。
「亡くなったんですね。すみません。変なことを聞いて」
「いえ、良いんですよ。葬式があんまりにも寂しいものだったもので。従兄のことを誰も話題に挙げませんでしたから。なんで何も言わずに勝手に死んだんだって程度にしか周りは思っていなかったんですけど、私は病気の自分を回りに迷惑を掛けたくなかっただけだと思うんですよね」
「なんでそんなことがわかるんですか?」
「さぁ?なんででしょう?私にもわかりません」
母親は笑顔で会釈すると娘を呼びました。するとギンジは女の子の胸から飛び出してハチの方に駆け寄って抱きかかえてくれと言わんばかりに飛びつきました。それをしっかりとハチはキャッチしました。
「やっと、解放された。全くこれだから女は嫌いだ」
と嫌味を言いました。
「ギンジ」
「なんだ?ハチ?」
女の子とその母親はハチが突然ニャー、ニャーと猫語でギンジに話しかけたのできょとんとした目でふたりを見ていました。
「飼い主はお前の幸せを願っているぞ」
なぜ、そう思ったのか?人間でいうと何となくということですが、今回ばかりは根拠がありました。
「…そうか。…そうだろうな」
そう呟くとギンジはハチから逃げるように飛び降りて女の子の方へ戻っていきました。
「生きるぜ、俺は。あいつの分までな」
「ああ」
「ありがとうよ。いろいろ付き合ってくれて。俺はお前のことが好きだぜ。ハチ」
ハチは自然と笑顔になりました。
「それでは失礼します」
母親はハチを少し不審なまなざしで見ました。急に猫言葉で猫と話し出すので不審に思われても仕方ありません。女の子はギンジを抱えるとギンジの手を握ってハチに向かってバイバイと手を振りました。
「元気でな。ギンジ」
人の言葉でそう言いました。
「お前もな。ハチ」
猫の言葉でそう言いました。
ロボットとして生まれてきたハチ。存在目的も製造目的も稼働理由もわからない、迷子の迷子のロボットですが、彼に新しい友人ができました。ロボット、猫の奇妙な友情です。彼らは科学の力では証明でいない魂でつながっています。
それを確かめるようにハチは胸に手を当ててギンジが見えなくなるまでその場で見送りました。
肌を刺すような冷たい風が吹く冬の出来事でした。




