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魔法使いが愛したロボット  作者: 駿河留守
第1章 魔法使いとロボット
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2話 - ロボット、働きに出る 後編②

 ハチは男の死角に入って防犯用のカラーボールを手にしました。人や物に強くぶつけると割れて、中の蛍光塗料が付着する防犯グッズです。当てることは簡単です。でも、これをぶつけたところで男を無力化することはできないどころか、感情的になってカッターでマキに何をするかわかりません。最悪、殺されるかもしれません。

「何とかして助けないと」

 それは一体なぜ?

 ハチの中で誰かがそう尋ねました。

 その気になれば、内蔵されている武器で簡単に男を無力化して取り押さえることができます。でも、それは使えない。使えば、自分がロボットであることが露呈してしまいます。露呈すれば、混乱を招いてしまいます。

 それは避けなければなりません。それにハチに内蔵されている武器はどれも強力なものです。男を殺しかねないものばかりです。使うわけにはいきません。

 そう思いそっとレジの陰から男の様子を伺います。男はマキをトイレの方へ連れ去ろうとしています。

 世の中には傷をつけても仕方のない人間は腐るほどいるのでは?

 再びハチの中で誰かが尋ねました。

 男に訳も分からず、怖い思いをしているマキを思えば、男のやっていることは許されることではない。それでもあの男も人間だ。ロボットは誰のためにあるのか?自分自身の製造理由がわからなくても人間のために自分が作られたことくらいはわかる。人間のために作られたのなら、その人間を助けなければならない。それが例え、相手が強盗だろうが犯罪者だろうが変質者だろうが魔法使いだろうが、人は人だ。ロボット三原則だからじゃない。

「俺自身何になりたいかわからない。でも、今は人を助けるロボットになりたい」

 心からそう思いました。

「ま、マキちゃんを離せ!」

 ふり絞った勇敢な声が店内に響き渡りました。慌ててレジから顔を出すと落ち武者店長が男に向かって飛び込んでいました。突然のことに動揺した男はマキに突きつけていたカッターを向かってくる店長に向けました。

 ハチはレジから身を乗り出して振りかぶりました。

 温度、湿度問題なし。風量、無風。コース設定。目標ポイントの移動予測コース決定。ボールのサイズと強度から握る強さを調整。リリースポイント調整。目標。男の握るカッターナイフへ。

 投げたカラーボールは一直線にカッターを持つ男の手に当たりました。当たった衝撃で蛍光塗料が飛び散り、衝撃で男はカッターを離してしまい壁にぶつかって跳ね返りレジ側に滑ってきました。

 男は一瞬何が起こったのかわからず、カラーボールが飛んできた方向を凝視して状況を察しました。

 あの男が投げてきた!

 激怒して落としたカッターを拾いに一歩踏み出そうとしたときでした。

 ハチはレジに足をかけて飛び出してきました。そして、飛び出した勢いのままカラーボールを再び男に向かって投げました。投げたボールは寸分の狂いなく男の顔面に直撃しました。ぶつかった衝撃で蛍光塗料が男の視界をオレンジ色に染めました。目に蛍光塗料が入って沁みます。

「いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 抱えていたマキを投げ捨てて目に入った蛍光塗料をぬぐってかすかに見えた視界からハチの姿を確認すると、すでにハチは男の目の前まで突っ込んできていました。襟と袖をつかんで引いて足をかけて投げ回して抑え込みました。

 人間を抑え込む。その動作で自然と柔道の内股に近い技になりました。

 男は必死に抵抗しますが、ロボットの馬力に普通の人間が叶うはずもなく疲れてはてて自然と大人しくなっていきました。

「ま、マキちゃん!」

 半べそ掻きながら落ち武者店長はマキに駆け寄りました。

「だだ、大丈夫だったかい?」

「大丈夫っすよ。店長心配しすぎっすよ」

 マキはいつも調子でへらへらとしていました。しかし、落ち武者店長は余裕をかましているマキの手を握りました。

「店長。手汗でべたべたで気持ち悪いっす」

 想像するだけで嫌ですね。

「マキちゃん。ちみは大丈夫じゃないでしょ。だって、人質にじゃないのに俺がめっちゃ怖かったのに、マキちゃんが怖くないはずがないんだよ。だって、今でも震えてるじゃないか」

 マキの手は落ち武者店長の言う通り震えていました。

「ふざけんなよ」

 マキは落ち武者店長に言葉をぶつけました。

「あたしを励ましてほしいのは新人ちゃんみたいな若くて、頼りになって、背が高くて、髪の毛のある、かっこいい男がいいのに」

 いろんな言葉が落ち武者店長に突き刺さりました。

「でも…」

 マキは握る落ち武者店長の手におでこにあててそのままうずくまりました。

「あたしを助けようと飛び込んできた時は…かっこよかったっすよ」

 と小声でお礼を言いました。落ち武者店長はその言葉を咀嚼するように耳の奥に保存しました。

 しばらくして警察が到着して男は警察に連行されていきました。

 警察と同時に救急車も到着してマキの手当てのために落ち武者店長は付き添っていきました。男を警察に引き渡したハチは店でひとり取り残されました。やることがなかったので、蛍光塗料で汚れた店内を掃除していると落ち武者店長が戻ってきました。

「ちみはすごいな」

 ハチがコンビニで働き始めて初めて褒められました。

「来たばっかりなのに仕事は完璧にこなせるし、言われなくても仕事をする。挙句に強盗からマキちゃんを無傷で助け出したんだ」

 マキにケガはなかったようです。その言葉を聞いてハチもほっとしました。

「今も言われなくても営業再開に向けて掃除してくれている」

「マニュアルに書いてありましたよ」

「なんて?」

「何よりお客様のために優先して動くことって」

「ちみはロボットみたいだ」

 いいえ。ロボットみたいではなく、ロボットです。

「でも、店長。仕事やお客様よりも時には優先しなければならないことだってあると俺は思います。例えば、大切な従業員を助ける…とか?」

 ハチは掃除の手を一度止めました。

「ルールやマニュアルよりも大切なことがあると思います」

 ルールとマニュアル通りにしかハチは動けません。

「お店や仕事よりの人を救うことは一番難しくて大変です。俺はただ簡単なことをやっているだけです。でも、強盗にマキさんが襲われたとき、店長は真っ先にマキさんを助けようとした。自分の身に何があるかわからないのに刃物を持っている相手に果敢に飛び込んでいった。それ普通の人にはできませんよ」

 実際にハチは目撃しました。マキが男に人質に取られたとき周りの人はどうでしたか?真っ先に自分の命を優先して店の外に逃げ出しました。その時、誰一人としてマキの身を案じている人はいませんでした。

「店長だけがマキさんを助けようとしていた。俺はすごいと思いますよ」

 生き物は咄嗟になった時、優先するのは自分自身です。ロボットの場合は危険具合が自分よりも人が高い場合は人を優先します。しかし、それはロボットにおける話で人の場合は自分を優先してしまいます。

「だから、嫌われてても」

「やっぱ、嫌われてるの?」

 嫌われています。

「マキさんは店長に感謝しかないと思いますよ」

 実質助けたのはハチですが、マキを助けようと真っ先に動いたのは落ち武者店長でした。それをマキはしっかり見ていました。

「まぁ、あの時の店長はかっこよかったですよ」

 マキの言葉を借りました。

 店長は照れ隠しのためかハチから掃除道具を奪い取ってきれいになった床を掃除し始めました。

「かっこよすぎてムカつくよ!ちみは!もう今日は帰っていいから!」

 落ち武者店長は人生でここまで他人にかっこいいと言われたことはありませんでした。生きていればいいこともたくさんあるんだなと思いました。

「あの、店長お願いがあるんですけど」

「なんだね!ちみは!」

「給料の方を前借りとかは…」

「できん!」

 ダメもとで聞いたのでそう言われても仕方ないと思いました。ハチの視界の燃料残量メーターが三分の一を切っていました。少しでも給料が貰えれば燃料を買ってくることができましたが、残念です。

「わかりました。お疲れ様です」

 割り切って裏の事務所の方に向かいました。今日借りたばかりの制服はどこに戻せばいいのかわからなかったので、適当にハンガーにかけて置いておきました。すると落ち武者店長がやってきました。

「ちょっと待ち」

 そういうと事務所の金庫から4千円ほど取り出して封筒に入れてハチに渡しました。

「特別だ。明日もこの時間に」

「いいんですか?」

「いいも悪いも…今日は助かった。ありがとう」

 ありがとうという言葉が妙に染みました。

 もらった給料を握りしめて雪が降り始めた冬の街を歩きます。

 なりたいものになればいい。

「俺は人を助けるロボットになりたい。別にお金や燃料のためじゃない。誰かにありがとうって心から言ってもらえるロボットになりたい」

 ハチはゆっくりと前を向きました。

 それでいいんじゃないか?

 ハチの背後で誰かがそう呟きました。急いで振り返ってもそこには誰もいません。

「わかったよ。博士」

 直感でそう思いました。

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