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福 物語 〜大学生編  作者: 真桑瓜
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稽古

稽古



「今日は何の形を教えてくれる?」福が着替え終わると松岡が訊いた。

「基本の形です」

「基本の形なら、もう覚えたぞ」松岡が不服そうに言う。

「形は順序だけでは覚えた事にはなりません」

「厳しいやつだなぁ・・・」

杓子定規な福の答えに、松岡が渋々基本の形を始める。

「いえ、そこはそうではありません」福が松岡の動きを止めた。

「なに、お前と同じようにやったぞ?」

「“形“の静止した姿勢を構えと言います。形で大切なのは構えから構えに移る途中の動きで、決して決まった形が出来ていれば良いというものではありません」

「途中と言ったって、動き方なんてみんな一緒じゃないのか?」

「いえ、全然違います。適当に動いたら拍子が整いません」

「拍子とはなんだ?」

「音楽で言えば、音と音の間の空白の事です」

「空白なら何も無いじゃないか?」

「空白だからと言って何もない訳ではありません。空気が有ります」

「わからんなぁ?」

「その空気に疎密を作らない事です」

「ますますわからんなぁ?」

「全てが同時に始まって、同時に終わるように動く事です。その間、躰の各部分は等速度で動く。そうすれば動きの強弱、遅速の濃淡が無くなり、相対的に相手から動きが見えにくくなるのです」

松岡は、腕組みをして考えた。

「よし理屈は分かった。その事は肝に命じておこう。ただ、俺は少しでも早く空手部を作りたいのだ、病院にウンと言わせる為には形を知らなければ格好がつかない」

「それはそうですが・・・」

「空手部ができたら、実技はお前がやって見せればいい。多少のことには目をつぶってとにかく形を教えて欲しいのだ」

福は迷った。しかし武術を始める動機など皆同じでは無い。師匠はそれを教えるために自分を松岡に紹介したのかも知れない。

「分かりました。では、僕の知っている限りの形をお教えします。ただし、さっき言ったことを忘れないようにして下さい」

「分かった」松岡は福を片手で拝んだ。

それから福は、形の手順を松岡に教えることに専念した。


*******


「いや〜暑いな。道着がぐちょぐちょだ」松岡はタオルで汗を拭いながら言った。

講義室には所々汗で水溜りが出来ている。床の化粧板は汗を吸わない為、うっかり踏めば足を滑らせてしまう。

「汗が落ちたところは怖くて立てんな」

「足を踏みしめて居付かないようにする稽古にはちょうどいいと思います」

「なんでも稽古に結びつけるのだな」そう言って松岡は苦笑した。

「ところで、喉は渇かんか?」

「稽古中は水は飲まない事になっています」

「そうじゃない、稽古が終わったらビールでも飲みに行かないかと言っているんだ」

「えっ・・・」

「今度は俺がお前に教える番だ。お前はもう少し柔らかくなれ。そうしなきゃいつかポキンと折れちまうぞ」

「・・・」

「さっ、行くぞ。シャワーを浴びてこい。そのままじゃ女の子に嫌われる」

福は、いつの間にか松岡のペースに巻き込まれて行く自分を感じていた。



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