6-7 宇宙、夢中、無重力 その13
徹は着陸のためのシークエンスをチェックしており、残念ながらミゥの視線には気付かなかった。
一方でミゥは並列処理が得意なため、着陸シークエンスを確認しつつ工程を進めながらも、徹の様子を気にする余裕があった。
また、SWAN号とは腰部の外装ユニットの2つのコネクタで直接接続されており、マニュアル操作による物理的な操舵は必要なかった。
これは徹が少しだけズルをした例の部分である。
短期間でミゥに、徹自身が車の運転を覚えた時のように旅客機級の宇宙船の操船技術を習得させるのは難しい。
そのため、ミゥ側と宇宙船側のコネクタを物理的に接続し、音声や操縦桿だけでなく、人工知能からの直接的な指示という第3の手段を可能にするというズルをしたのだ。
もちろん今回の宇宙ドックへの着艦でも、このズルが最大限に生きている。
徹の様子をチラチラ見ているミゥに、さすがに舞が気付いた。
コロニー・シュワーツからコロニー・エデンへ出発した時には、ミゥがほとんどの操艦を担当し、徹は時々工程をチェックするだけだった。舞とカレンは客席に座りっぱなしだったため、操船中のミゥの様子は分からなかった。
今回は船の電磁シールドが限界に達していたため、徹は全室の様子を客室モニターに映し出してチェックしていた。
電磁シールドは単なる防御の盾ではなく、宇宙空間を漂うデブリや着艦時の衝撃を和らげる役目も担っている。
しかし今はその電磁シールドが1%しか残っていない。しかも、その1%も着艦用ビーコンの受信に使ってしまえば、事実上シールドは消失する。精密な操船が必要になる状況である。
確かにミゥはこうした処理に長けているが、完全なオートではない。わざとそうしている。今回はそのサポートを徹が買って出ていた。
そのため、小さなコックピットへ徹がせわしなく出入りしていたのだ。
その様子が舞の座る客室モニターにも映し出されており、徹を追うように視線を動かすミゥの姿が舞にも見えてしまっていた。
舞だけが気付いたのは、カレンは武器管制室に座りっぱなしであり、チャイや茜は生きてコロニーに到着できた喜びでそれどころではなかったからである。
また、玲はミゥの徹を追う視線に気付いていたが、それをやきもきしながら眺めている舞の様子が面白すぎて、そちらに集中していた。
舞はミゥの様子を見て、ミゥの感情がさらに育っていることを確信した。
奇しくも、ミゥが困惑していた“感情が表情として出てしまう”という現象が、舞の理解を促してしまっていたのだ。
今までは声のニュアンスや間でミゥの感情を探っていたが、今は表情としてはっきり現れるため、人間である舞には極めて分かりやすかった。
ミゥは、徹がコックピットに入ってくると明らかに頬を緩め、出ていくと残念そうに目を細めていた。
舞は、
『徹の横にいる価値があるのは自分しかいない』
と昔から思い込んでいた。
いや、勝手にそう決めていた。本来、誰かの横にいることに価値など関係ないのだが、そうやって自分を鼓舞してきたのである。
徹の研究には資金と設備が必要であり、自分にはそれがある。
ただ今、その資金と設備によって生み出された、徹が言うところの
『新人類』
が、自分の立場を脅かしている。
これはたまったものではない。
もちろん、本気でアンドロイドに負けるとは思っていない。カレンがどれだけ頑張っても、自分と徹には積み重ねてきた時間がある。
しかしミゥはどうだろう。そもそも時間という概念がないかもしれないし、徹が理想の女性として生み出した存在という強みもある。
最初にミゥを見た時、舞は安心していた。
髪の色は違うが、その容姿はなんとなく舞に似ていたからだ。だからこそ、自分は間違っていないと思っていた。
しかし今、徹がミゥに施している女性化は、少しずつ自分の路線からズレ始めている。胸の大きさなどは自分より大きい。まさかあれが徹の理想の大きさなのかと、少し焦りもした。
徹はアンドロイドであるミゥには、美容整形の専門家も真っ青な卓越した手技で、完全な女性の顔を作り上げた。特に疑似的な表情筋と血流システムを作った時のミゥの顔は、アイドル顔負けの造形美を誇っていた。
しかしその反面、徹が自然の顔や体に手を加える美容整形には強い忌避感を持っていることを舞は知っていた。
それを知っているからこそ、この時代では誰もが多少は容姿向上のための美容整形をしているにも関わらず、舞は自分の容姿に一切手をつけていない。カレンですら、まぶたを二重にプチ整形していたはずである。
今さらそこを曲げることはできない。それに徹は容姿で人を判断しない。だからこそミゥは強敵なのだ。徹は、おそらく人であるかアンドロイドであるかすら判断基準にしないだろう。
舞ははっきり理解した。ミゥはライバルなのだと。
もっとも、ミゥと舞の間でそんな“女の戦い”が始まっていることなど、徹は知る由もない。
いよいよSWAN号が着船の順番となり、公社の管制官から誘導ビーコン受信の要求が届くと、曳航していたミハイル隊の警備艇はSWAN号から離れていった。
SWAN号は誘導ビーコンを受け、コロニー・シュワーツの伊那笠財閥専用ドックへ接舷を開始したのだった。




