6-4 宇宙、夢中、無重力 その4
SWAN号の航行に関する物理的なチェックと整備、ミゥとの戦闘関連の新しいソフトウエアのインストール、カレンの戦闘管制官としての基本的な訓練が終わり、いよいよシュワーツへ向けて出発する準備も整った。
既にチャイと茜を含め、全員がSWAN号に搭乗しており、出航の順番を待っていた。
ミゥはコックピットの操縦席におり、チャイ、茜、舞は客席に座っていた。
交通局への最終的な出航申請も終わり、後は船内で出航を待つだけの、本来であればくつろいだ空気が流れているところだった。
しかしシュワーツを出るときとは何かが違っていた。
まず、カレンは武器管制室に座って計器とにらめっこをしていており、徹は格納庫で作業をしていた。
何より、くつろいでいるはずの時間に、くつろいでいない、そう空気が違うのである。
理由は、全員が搭乗した後、普段自分から何かを言う事ない徹が、客席に全員を集めていくつかの注意を促したからであった。
徹の言葉は、次のようにして始まった。
「みんな聞いてほしい」
語った内容は、さすが徹らしいというか、道理にあったものであった。
大まかにいって、その内容は9つあり、要約すると次の通りであった。
1つ、今回の脅迫者の背後には、単なるアイドルのファンクラブなんかではなく大きな組織がいること
1つ、その組織の目的はチャイそのものではなく、伊那笠の社会的信頼の失墜であること
1つ、ミゥの市場におけるビジネス的な規模とその価値が競合他社を刺激した。そのミゥとの逃避行で有名になったチャイは非常に分かり易い標的であり、事件が起きれば、ミゥに与える影響は小さくなく、世間的にも話題性があるということ
1つ、エデン内では襲撃は初日だけであったが、あれで終わりではないこと
1つ、目的が伊那笠の信頼の失墜であれば、宇宙旅客機そのものの運航不能などでも目的を達することができること
1つ、もっとも襲撃される可能性が高いのがギガスペースラインの亜空間内であること
1つ、そしてその襲撃を受ける可能性が最高いのが、エデンからシュワーツへの往路であること
1つ、それを予測して、SWAN号の防衛面を強化し、カレンにもその一端を担ってもらう訓練を施したこと
どれも、『さもありなん』という、分かり易いものであった。
全員が徹の説明に頷き、そして納得をしていった。
結果、このなんとなく重く、緊張した空気である。
原因はなにも襲撃だけではなく、チャイと茜の徹に対しての驚きも関係していた。
舞やカレンは、もともと徹が多方面において優秀であることを知っているので、徹の予想が的外れではなく、かなりの可能性で起こりうることであると認識をしていた。
特に、帰りのギガスペースライン内で、襲撃を受けるだろうことは、覚悟をせざるを得なかった。襲撃への恐怖を受け入れたというだけだった。
しかし、チャイと茜は、襲撃という非常事態に加え、徹に対する印象を更に一段書き換えなければならないという驚きもあったのだ。
チャイは、まだまだ子供であり、まあある意味徹の優秀さという見えにくい部分に関して、完全に理解できないのはしょうがない。年齢的な成長と共に徹だけではなく、全ての人に対する印象は変化し続けることだと思う。
しかし、既に十分以上に世の中を知っている茜が、これだけ頻繁に徹への印象を書き換えなければならないのは、これはまさに徹が徹たるゆえんなのであろう。
徹は、必要のないことに関しては基本無頓着で、関わろうとはしない。しかし、特に人に対して冷たいわけもなく、また無関心というわけではない。逆に、自分が関わっている人たちには配慮もするし、今回のように積極的に関わることもする。
今回茜は、周囲のビジネス的なつながりにはまったく興味がなさそうな徹が、ミゥが持っている事業としての可能性に言及し、結果他社が攻勢をかけてきているという、ある意味ビジネスの闇の部分について冷静に分析をしているのに驚いたのだ。そして、自分たちの宇宙船が攻撃を受ける可能性を踏まえた、対処まで実行していた。
軍人でも警備隊でもない茜は、普通に宇宙空間での襲撃に恐怖を感じている。茜が決めてよいのであれば、こんなきな臭い空気の中、シュワーツへの出航などしない。延期の一択である。
しかし、徹は、その襲撃を踏まえて、対策と対応を実行し、皆に注意まで促している。
茜が、徹に持っていた印象は『安全第一主義』の科学者といっものであった。
だからこその、もう何度目か覚えていないが、改めての徹に対してのイメージの書き換えが必要となったのだ。
客席を色んな意味で、沈黙が支配する。
そんな空気の中で、ミゥの声が艦内に響く。
徹が皆に説明をしている間も、ミゥは黙々と出航シークエンスを進めていた。
徹が話し終わり、皆からの質問なども終わるのを見計らって、ミゥは艦内に向けて、
「出航ノ順番ガキマシタ。ドックアウトノタメ固定アンカーヲ解除シマス」
と、状況を伝えたのだ。
ミゥの声に遅れて数秒、SWAN号は無重力特有の浮遊感を伴ってドック内に進んでいった。
「管制ヨリ出航ノ許可ガ出マシタ」
舞は、
「出航を許可します」
緊張を隠しきれない声で、そう許可を告げた。
緊張しますね。
次は土曜日には更新出来ると思います。




