1-6 勉強、教育、無駄な知識? その1
1-6 勉強、教育、無駄な知識? 前編
ミゥがテラスに出ると、カレンと舞が向き合ってバックギャモンを広げていた。
バックギャモンとは、西洋双六の和名を持っており、ダイスを用いてお互いのコマを進めるマインドスポーツの1つである。とはいっても、実際に机の上にバックギャモンの盤を広げているわけではなかった。2人はダイコンを使ってて、ネットワーク上での対戦を楽しんでいたのだ。お互いの目の前にはダイコンが投射している立体映像が表示されており、その立体映像上の当該個所を指で触れることにより、その指の位置情報を、やはりダイコンが読み取り、結果に反映さえているのだ。ダイコンが投影している立体映像はかなり精度が良く、臨場感がありこのような場合には最高の娯楽を与えてくれるのであったが、難点は、2点の投射型の立体映像であり、最低でも投影には2つのダイコンが必要である点であるだろう。
2人がゲームをしているのを見たミゥは、一瞬足を止め眺めていたが、気を取りなおしたのか、再び2人の傍まで近づき声をかけた。
「カレン様、舞様、オ呼ビデスカ?」
2人は、まるで聞こえないかのようにゲームを続けていた。実際聞こえなかったのかもしれない。ただし、ダイコンは、安全性の見地から外界からの音声を確実に聞くことが出来るように設計されていた。ヘッドフォンやイヤホンといった耳に装着するタイプの音の伝達装置を機能として持たず、その替わりに、音はすべて本体の側部に設けられた骨伝導システムにより直接鼓膜に伝わるように設計されているのだ。その点で言えば、ミゥの声は、確実に2人に伝わっているはずである。
そういったデータベースに存在するような情報からの分析は、さすがにアンドロイドである、ミゥの認識は速い。しかしながら、これまで何度となく同じような状況に立たされているが、ミゥが、再度呼びかたことはなかった。
そのため、2人が何かに熱中していたりすると、何時間も待たされるようなことが何度もあった。
この日も、ミゥは2時間に渡り2人の傍で立って、待つことになったのである。
ようやく陽が傾く頃になって2人はゲームを決着を付け、ダイコンを目から外した。
蛇足ではあるが、ここはコロニーである。太陽等などあるはずはない。コロニー内を現実の地球の状態に近づけるために、さまざまな気象コントロールシステムが組み込まれているのだ。人工太陽もこの1つである。このほかにも、梅雨や台風といった自然現象まで再現されていた。
人類がコロニーに移住した当初は、災害に近いような気象条件のすべてが必要の無いものとして扱われていた。しかし、人が実際にそういう快適な気象環境下で生活をすると、思ってもいなかった弊害があることが、徐々に明らかになってきたのだ。
1つは人間の心理状態として、快適過ぎる気候は必ずしも精神的に健全な状態とはいえず、逆に適度ではあったが、快適とはいえない気象環境の方が、人々の生活を健全なものに導いたのであった。
もう1つが、それらの気象条件に依存する各種ビジネス、つまり商売が停滞し、経済的なバランスが崩れてしまったのだ。簡単に言えば、常に快適な天候であれば、必要のない商売がかなりの数出てきてしまい、他のの市場にもそれらの失業者全員をを十分に雇用できる余力がなかったのだ。
人がコロニーでの生活をより完全なものへと進化させていく過程で、現在のコロニーにおける気象コントロールは、ほぼ地球で人々が生活していた時と同様に調節されるに至ったのだ。このコロニーでいえば、地球に生活の場があった頃の日本の気象条件に合わせてその調節されてるということである。
「ミゥ。いつもいってるじゃない。私達が何かに熱中していて、ミゥが長時間待たなければならないような事が起きたら、なんどもしつこく声を掛けないって・・・」
ミゥは、声の主であるカレンに顔を向け返答した。
「再度メモリーシマシタ」
カレンがため息を付くと、舞が、2人の会話に割って入った。
「まあ、カレン。何事も経験の積み重ねだから・・・」
「でも、舞。こんなこと一般のメイドタイプなら、1度言えば確実に覚えることだろう?」
舞はカレンの言うことに一理あるのも理解はしている。
頷きながら返事をする。
「そのことは否定しないわ。でも、ほらなんだっけ?前にも何度か徹さんから説明受けましたよね」
「あのメカオタクの言った事なんかいちいち覚えてられるかよ。どうせ、長ったらしい専門用語と薀蓄なんだしさ」
カレンは『めんどくさい』という気持ちを隠しもせず返す。
「・・・。ミゥ。あなたは、自分の記憶に関するシステムの名称覚えてないかした?おそらくだけど、ファ?なんとかだったと思うんだけど?」
舞は、そんなカレンを呆れた顔でみて、会話をミゥに振る、
「検索イタシマス」
ミゥは業務命令よろしく検索を開始。
「そんなのどうでもいいだろ?」
あくまでも興味ない姿勢を崩さないカレン。
「いいえ。ミゥも我が社の商品ですから、必要最低限、そしてビジネスとして大切な事項については、あなたも覚えておかなくてはならないのよ?」
「はん」
会話はこれで終わりとでも言うように、カレンが、机に肘をついて悪態をついた。舞がカレンの態度をたしなめようとすると、ミゥが検索を終了した。
「検索終了シマシタ。記憶ニ関連シテイテイル内部名称デ『ふぁ』カラ始マルモノハ7件ヒットシテイマス」
舞は上を向いて考えると、
「最後にシステムってついているものはいくつあるのかしら?」
と、検索条件を追加した。
「1件デスネ」
無事に絞りこめたようである。
「それは何?」
舞が尋ねる。
「ファジーメモライズシステム」
ミゥが告げたシステムの名称を聞くと、やっとすっきりしかのいうに、
「それね」
と、舞が微笑んだ。
一方カレンは、
「なんだそれ?」
あくまでも興味はない。
「カレン、あなたぜんぜん覚えてないの?」
舞の顔が若干批難めいたものに変わる。
「悪いね。興味無い分野なんだよ」
カレンが今度は足を組み替えながらそう答えた。その表情からは、本当に興味がないというパファーマンスが伺えた。
「たしか、ミゥが生活の中で見聞き感じる事を、録画するように全て記憶するのではなくて、人間の記憶と同じように、その記憶体系があいまいに設定されているというものだったはずだわ」
舞が思い出すかのように眼を瞑りながら説明する。
「なんで、そんな面倒なことするんだよ。別に全部記録しとけばいいじゃないか」
カレンの返答に今度はあきれ顔で、
「ミゥの思考を人間に近づけるためでしょ?そもそもミゥがここに配属されているのもそのためなのよ・・・」
『今さら何を言ってるのかしら』態度で答える。
「あーまあ、わかったよ。じゃあ、暗くなる前に、さっさと教育といこうかじゃないか。今日は飲みたい気分なんでね」
カレンは興味がない会話に再び終止符を打つ。
舞は力なく微笑んで、話題を変えた。
1ー6がかなり長くなってしまっているようなので3つに分割再投稿しますね。