6ー2 保養所、アンドロイド、そして歓談 その5
茜は、ミゥにそう答えながら、あの有名な『ロボット三原則』に思いを馳せた。
地球時代の小説家、アイザック・アシモフが自己の小説内で提示した『ロボット工学の三原則(三法則)』は、この時代でも遵守されている。
正確には、その考え方に従ってアンドロイドの行動原理は発展してきたといっても過言ではない。
三原則とは、優先順位で第1法則『人間への安全性』、第2法則『命令への服従』、第3法則『自己防衛』となる。自己防衛が優先順位の最後にあるために、常に人間が優先されるように思われがちだが、全てがそうではない。先の理由から、多くの人はこの3原則を『結局は人間に完全服従』と誤解をしているのだ。
実は、アイザック・アシモフは、後にこの3原則に先立つものとして、第0法則を提言しているのだ。それは、
『ロボットは人類に危害を加えてはならない。またその危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない』
個人の小説の中の提言が長い時を経ても遵守されているのはとても不思議な感覚だが、それだけ宇宙時代においてはロボット工学、アンドロイド工学の両方が、人が宇宙で生きる上で外すことができない重要なファクターであるといえるのだ。
ミゥが茜に告げたのは、この第0法則を踏まえてのものであった。今回のミゥの茜に対する警告は、まず第2法則により
『徹を守る』
という命令への服従。次に、
『第1法則により他の人間への安全を配慮し過ぎた結果、第0法則にある徹へ脅威を見逃し、結果徹に迫る脅威を排除できない。つまり警護対象である徹の安全性を確保できず、第2法則にも反してしまう』
さらに、
『徹を失うことは、第3法則にある自身を守ることができない』
に相当すると判断をしたのだ。
法則に目を向けるともう一つの命題も見えてくる。実は、地球時代には、第4の法則として『人に似せてはならない』というものが提唱された時代もあった。
何でわざわざこんな法則を訴えた科学者がいたのであろうか。それは、人がロボット開発に対しても持っている潜在的な要求、
『創造主たりえたい』
という、数多の『宗教』を否定してしまうような願いが強く関係していた。
人はこの欲求に抗うことができなかったのだ。そして、ロボットはアンドロイドに、そしてアンドロイドは、その形態を人型へと進化させていったのだ。
つまり、人が『創造主たりえる』ためには、神が人を創ったように、人がその手で創り出す疑似生命体は人型でなければならなかったからだ。
しかし、皮肉なことに、宇宙時代に入り全盛期を迎えているアンドロイドは、人を模すところからは実際には後退しているのだ。
ミゥが宅配業務を始める時に、舞からの
「もっと人型に近づけた方が良いのでは?」
という要望に対して、徹が説明したのが、
『ミゥは現状では、人と接するときにさまざまなミスを犯すはずであり、その際にその相手がミゥを一目でアンドロイドであると認識できたほうが安全なのだ』
というものだった。これは、やはり『ロボはロボ』という考え方にも基づいているのだ。
人に似すぎたアンドロイドは、画像判断などでは人との区別ができない。万が一犯罪に使われた場合など、いくらでも顔を変え、所有者を書き換えができるアンドロイドでは特定すら難しい。ましてや、それを指示しているの人間を捕らえ、罰するところまでたどり着くことは不可能に近い。
先のミゥとチャイと逃亡事件も、ミゥの所有者ははっきりしているのに、逆に指示者が存在していない。あくまでもミゥ自身の判断で逃避行を選択しているからだ。
厳密にいえば、徹には犯罪幇助という罪があるのかもしれないが、事を起こしたのはアンドロイドであるミゥ自身である。アンドロイドであるミゥを裁いても、実際に罪を償わせることが難しい。死という概念があるかどうかも不明だし、そもそもデータが有れば別筐体で復活も可能である。地球時代に『人を模さない』と第4の法則を提唱した科学者は上記の『人の法で裁けない』という問題点も挙げていたようではあるが、当時は結果として『創造主』を目指した人は、アンドロイドを『人を模す』方向に進めた。そして、宇宙時代に入って今度はまた、効率とコスト、そして犯罪抑止という理由で『人を模さない』方向に進んでいったのだ。
さて、こんな中で、徹が開発しているミゥはある意味時代に逆行している。仮に神という存在がいるとしたら、神に喧嘩を売る行為と言えよう。
しかし、それはアンドロイドが自我を持っていない時代の流れであり、ミゥのように自我を持つことを前提とした道理で誕生してきたアンドロイドは『人を模す』ではなく、『人に為る』が設計思想であるのだから、時代に逆行しても当たり前といえるのだ。
そして、ロボット工学、アンドロイド工学の黎明期、人が目指した、
『新たな人類の創造』
『創造主たりえる』
が、再びここで芽吹くのである。
そして、徹の場合は、もう1つ。アンドロイド萌、機械生命体萌である宇宙に存在する同志の、
『理想のアンドロイド萌』
の対象を自身で創造するという夢も体現しているのだ。
話が大分ずれてしまったが、このアンドロイドに関する人としての理念と、天才科学者の夢が結合した結果がミゥであり、そのミゥを中心に、カンパニー・ミゥは運営されている。
今後のカンパニー・ミゥ、そしてその技術で宇宙時代に覇を唱えようとしている伊那笠財閥にとっては、最大の重要事項であるのだ。
そんな夢の技術の集大成が、今まさに茜の前にいるのだ。
驚くのは、ある意味当たり前である。
ミゥに慣れてしまっている本社の面々の方が、異常であるのかもしれない。
ミゥが茜を許したのが分かったチャイは茜に向かって、
「茜さん、ずーっとミゥが上半身裸のままだよ。風邪ひいちゃうよ。ブラを着けてあげて」
もう一度、ブラジャーの装着をお願いした。
今度は茜も、
「わかったわ。ミゥさん、いいかしら?」
ミゥをアンドロイドとは思わないように自身にいい聞かせながら、ミゥに尋ねた。
ミゥは、
「スイマセン。オネガイシマス」
と、頭を下げた。
その後、ミゥはブラジャーを着けてもらい、保養所においてあった温泉定番の藍色の模様が入った浴衣を着て、鬱金色の帯を結わいてもらった。徹はいつもの白衣のままだったが、ようやく4人は、皆が待つ食堂を向かった。
チャイと茜は自前なのだろう。チャイが所属するプロダクションのロゴが入った、丈が膝下まである白地の長ティにサンダルという格好であった。
食堂に向かう間、チャイはミゥと手をつなぎ、別れてからあったことを早口で捲し立てるように報告をしていた。
茜と徹は、先ほどの事がありちょっと気まずかったのか、無言で並んで歩いていたのだった。
難しい話でした。ロボットものなので、何処かでロボット三原則とミゥ、そして徹の目指すところを書きたいとは思っていました。少し難解な話かも知れませんが、私的には重要だと思っている話です。よろしくお願いします!




