6ー2 保養所、アンドロイド、そして歓談 その2
荷物を放り投げてミュの部屋に向かおうとするチャイを見て、茜は軽くため息をつきながら、
「よっぽどそのミュっていうアンドロイドに会いたかったのかしら」
そう独り言を呟いた。
茜もチャイとミュの逃避行に関する事件そのものは知ってはいた。しかし、ミュというアンドロイドがどのような能力を持っていて、何をもって自立志向型と言っているのか、それは正直よくわかっていなかった。
エデンの上陸許可証をもらう時にも、使役形 アンドロイドとして許可を貰って上陸している訳だが、茜にとっても『人に付き従って稼働する』アンドロイドは、やはり使役形といったイメージが強いのだ。
そもそも汎用型の代表である使役型のアンドロイドは、さまざまなケースで主人の役に立つことを要求されるために、かなり多くの機能を詰め込んでいる。結果としてインストールするソフトとデータが多くなるため、機能のとしては広く浅くといった傾向が強くなる。逆に工場などで働く特化型では、1つの作業についてはトコトン掘り下げて構築してあるのだ。
当たり前の事ではあるが、使役形のアンドロイドは自分で判断することはしない。正確に言えば判断しているように見えても、それはあらかじめ条件設定されたその条件を現状に当てはめて、一番最適な対応を登録されている行動パターンの中から選択しているだけなのである。
例えば、学校に行きたくない子供がいるとしよう。使役形のアンドロイドはその子供が、
「今日は学校に行きたくない」
と、アンドロイドに向かって発言をすると、まず子供の熱や血圧・脈拍・呼吸数などのバイタルサインを計測する。その上で身体的な不調が確認されれば、子供が主張している『学校に行きたくない』という発言を、理由があると初めて判断する。次の行動として保護者に連絡を取る、あるいはオンラインでの診療の予約を取るのだ。
しかし逆に、少なくともバイタルサイン的には健康が確認できた場合、心情的な部分は判断に加味することがないため、
「学校に行ってください」
と、促すのである。
それに対し子供が、
「今日はテストがあるから学校へ行きたくないんだ」
などと追加情報をアンドロイドに伝えた場合、またその情報に基づいて予め設定されている条件と比較をしながら次の行動を選択していく。
これが一般的な使役形アンドロイドの行動パターンである。
同じ状況でもミゥの場合だとかなり対応は異なってくる。子供が先ほどと同じようにミゥに、
「今日は学校に行きたくない」
と、発言をしたとしよう。
この子供に対してミゥが一番最初にとる行動は、
「どうしてですか」
と、尋ねることになる。
つまり、まず、
『子供が学校に行きたくない』
という理由を確認しようとするのだ。
そして、子供がミュに伝えた理由に正当性があれば、いや正確には正当性があるとミュが判断すれば、ミゥはその子供に対して『無理に学校に行くこと』を強要したりはしない。
では、先ほどと同じように、
「テストがあるから行きたくないんだ」
と言う発言を、子供がしたとしたら、
平素、周囲から学習したシチュエーションの中に、その『サボリ』行為を正当であると判断できるような事例があれば、場合によっては、
「では今日はサボっちゃいましょうか」
とさえ、言いかねないのだ
実際、舞やカレンたちの普段の就業態度を見ていると、いつか本当にそんなふうに言ってしまいそうで、むしろ怖い・・・。
まだまだ『完全に自立的に思考していく』のは難しいかもしれないが、チャイにとってミゥは単なるアンドロイドではなく、ちゃんと自我を持った『ミゥお姉ちゃん』なのである。
直接ミゥと面識がない茜は、このチャイの感情、ある意味、死線を潜り抜けた2人の信頼に基づいた距離感を、まだ理解していなかったのだ。
茜は扉を出て行こうとするチャイに向かって、
「ちょっと待ちなさい。一緒に行くわ」
そう声を掛けて、チャイを制止したのだった。
その後、チャイと茜はラフな格好に着替え、2人でミュの部屋を訪れたのだ。
茜が、部屋の前のノッカーを『コンコン』と2回叩く。
中から返事はない。もう1度ノッカーを叩く。
やはり返事はない。
チャイが待ちきれずに扉のドアノブに手をかけると、カチャリという音がしてドアノブを手前に引くことができた。
どうやら鍵は掛かっていないようである。
この保養所のそこそこ重いドアの鍵の仕組みは、一般的なホテルと同じである。中の人間が外に出れば自動的に鍵が掛かるタイプだ。それを考えると、少なくとも中には人がいるはずである。
そして、この部屋にいる可能性が最も高いのはミゥであるのだ。チャイは茜に目で『入ってもいい』と訴えかけた。
茜も部屋の中に誰かがいるのは確かなのだろうし、このホテルの中でいきなり先ほどのように暴漢に襲われることはないはずだ。それに相手はアンドロイドだ。ノッカーに返事をしないなど多少行動に違和感があっても不思議ではない。
茜はチャイに軽く頷き、そのまま部屋の中に入ることを了解した。
そして部屋に入った瞬間、2人は固まったのだった。
ベッドに腰掛けた上半身裸の女性と、その女性にブラジャーを取り付けようとして四苦八苦している小太りの男性の姿が目に入ったのだ。
茜は勢いよく駆けていくと、その小太りの男性を突き飛ばし、
「何をやってるんですか」
と、叫んだ。
チャイはその2人のことを、もちろんよく知っていた。言わずも知れた、ミゥと徹である。
そして徹は自他とも認める『変態科学者』である、とチャイは思い込んでいる。
だからこそチャイの反応は茜とは違った。
経験者の余裕?である。
「やっぱり・・・、徹お兄ちゃん、ホントに変態なんだね」
続けて、
「ミゥお姉ちゃん、すごい綺麗な胸だね。私のマネージャーがブラ付けてくれるよ!徹さんあっちむいててね☆」
そう、自身のマネージャーである茜に目配せをした。
一瞬固まってしまったものの、その後の対応は、いわゆる神対応のチャイであった。
茜は、突き飛ばした徹とそれをぽかんと口を半開きにして眺めているミゥ、2人を交互に見ながら、
「これがあなたの言ってたミゥちゃん?」
と、驚きの声を上げた。
ふぅ。次も明後日ぐらいにはいけます!
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