6ー1 エデン、チャイ、再び その5
茜がチャイのマネージャーとして挨拶をすると、舞も仕事モードに切り替わる。
「カンパニー・ミューの伊那笠 舞と申します。 この度は当社へチャイ様の警護依頼、誠にありがとうございます。小さな会社ではありますが、最大限の努力をさせていただきたいと思います。よろしくお願い致します。横に居りますのが、当社の代表であるカレン・ホールデイズとなります」
そこまで紹介をすると、目を細め、いわゆるジト目で自分の後ろに膝をついて控えている玲華に視線だけを向けて、
「コホン」
と、軽い咳払いをし、舞は話を続けた。
「そして後ろに居りますのが、当社の優秀なスペシャルエージェントである董 玲華です。今回、チャイ様の護衛を担当する最新鋭アンドロイドと双璧をなす護衛の一人となります。なぜあのような形で控えているのかは、割愛させていただきますが、今後彼女の事は十三妹とコードネームでお呼びください」
そこまで言い終わった舞の頬は若干赤く染まっており、唇の端はひくついていた。
カレンはそんな様子の舞をニヤニヤとしながら眺めていたが、茜の方に顔を向けた途端、顔を引き締め、
「自律ニュートロン思考型アンドロイドHIX‐MIU001α、通称『ミゥ』はもちろんのこと、この十三妹もつい先日まで財閥の情報部に配属されていた生え抜きであります。ご安心いただけるか思います」
と、セールストークを付け加えた。
茜は2人が挨拶と説明を終えたのを見計らい、
「ホールデイズ社長、伊那笠取締役。丁寧なご挨拶痛み入ります。伊那笠様は、当社最大のスポンサーでもあります。本来、礼を尽くさなければならないのはこちらでありますので、どうか畏まらずに接してただければ幸いです」
と、返した。
お互い背中がむず痒くなるようなやり取りではあるが、ビジネスの場での初対面同士の会話である。致し方がないところであろう。
舞が、
「そうですね。チャイとは知らない間柄でもありませんし、もっとくだけた感じでいきましょうか」
そう返事をする。
茜は今度は様付けではなく『チャイ』と呼び捨てにされた褐色の肌の少女の背中を、ポンと叩いて、
「チャイもその方が喜ぶと思います。かえって気を遣わせてしまい、すいませんでした。ありがとうございます」
と、笑顔を返した。
その後、茜と舞たちは、今後のスケジュールについて、いくつか打ち合わせをしていった。
元々、チャイのの所属する芸能プロダクションへ到着した時間が夕方に差し掛かっていた事もあり、スケジュールに関して概ねのところを話し終えた頃には、空はすっかりと赤く染まってしまっていた。リゾートコロニーに、そろそろ夜の帳が降りる時間帯に差し掛かっていたのだ。
このコロニーでは何日かに1回、朝焼けや夕焼けを楽しめるように、その時間帯になると光量、色彩を調節しており、結果、コロニー内にも関わらず見事な朝焼けや夕焼け空を見ることが出来るのだった。
舞が、
「それでは大体の情報も共有できた事ですし、そろそろ本日から宿泊をする保養所に移動しましょうか」
と、打ち合わせの終わりを口にすると、大人達の話をつまらなそうに聞いていたチャイが、ガバッと身を起こし、
「行こう行こう!早くミゥに会いたいよ!」
そう叫んで、玲華に抱きついた。
どうやら皆がつまらない話をしている間に、チャイと玲華はすっかり打ち解けてしまったようだ。
チャイは今回の警護対象であり、その警護を担当する内の一人が玲華である。好かれて悪いことはないが、あくまでも今は業務中である。2人でワイワイと盛り上がっている光景は『どうなんだ?』とも言いたくはなる。
しかし、舞たちは仕事の話に集中してしまい、チャイと玲華には注意を払っておらず、ある意味警護対象であるチャイちから注意が逸れてしまっていた状態でもあった。それを玲華がカバーしてくれていたと考えれば、むげに怒ることもできない。結果オーライである。
その後直ぐに、プロダクションに来た時の3人にチャイと茜を足した5人は、チャイの身の回りのものをいくつかまとめて小さなスーツケースに入れプロダクションを後にしたのだった。
プロダクションから一歩外に出ると、外は真っ赤な夕陽に彩られていた。今日は夕陽の日であるらしい。5人がアレンが待つリムジンに向かって歩き始めた時、5人を待ち伏せしていたかのように3つの黒い影がチャイの前に躍り出た。
それぞれは手にはバットのような棒状の武器を持っており、黒い野球帽、黒いサングラス、黒マスク、黒手袋、黒いジャージで全身を固めていた。何故かスニーカーだけは白だった。まあ暴漢としてはフォーマルなのかもしれないが、正直ダサい。その証拠に玲華が、
「あれなんにゃん?俳優かにゃん?ダサいにゃん!」
と、大笑いをしていた
玲華自身も黒を基調とした時代錯誤をしたようなコンバットスーツを着込んでいる。そんな奇天烈な存在に大笑いされた3人の暴漢たちはさらに逆上してしまった。
「お前こそふざけるな!なんだその格好は馬鹿にしてるのか?」
暴漢の中の一人が、玲華に向けて叫ぶ。
「おい・・・。声は出すなと指示を受けているだろう」
もう一人の暴漢が慌てて最初に叫んだ黒ずくめに注意を飛ばす。最後の1人が、
「お前それもNGだよ・・・」
と、呟いた。
どうやら、だいぶお粗末な襲撃者たちであるようだ。
ただし、彼らの会話から、彼ら自身が主導して襲撃しているわけではなく誰からか指示を受けてるということが推測できたのは収穫である。
また、
『今日、舞たちがコロニーに到着し、そしてこの時間帯にプロダクションから出てくる可能性がある』
その事を知っているということは、それなりの情報網を持っているのという事に他ならない。それも把握ができた。
襲撃者は駄目駄目だが、その裏にいる人物、あるいは団体が、本当に侮れない相手なのかどうかはまだこの時点では分からないが、黒幕がいるとの判っただけで一歩進歩である。
暴漢たち3人は気を取り直したのか、棍棒を振りかざして、チャイに襲いかかった。
お間抜けな3人組の行動を傍から見ていた舞は、3人が動くと同時にすっとチャイの前に出てた。
『エィッ』
と、掛け声を掛けると同時に、1、2、3と暴漢たちに近づき得意な古武術で、投げ、打つ、払うといった感じであっという間に3人共倒してしまった。
暴漢たちは、あっけにとられ、黒髪の女性を見上げ、そのまま棍棒を放り出すと這々の体で逃げ出した。
逃げていく暴漢たちを、愉悦の笑みを浮かべて見送っている舞。
襲いかかり、あっけなく退治された暴漢たちを見て、いまだに笑い転げている玲華。
カレンは、逃げていく暴漢たちを指さし、
「おいおい・・・。逃してしまっていいのかよ・・・」
と、叫ぶ。
舞と、玲華がハッとした時には、もうすでに暴漢たちの姿は見えなくなっていた。
舞は苦笑いを浮かべ チャイと茜の方を向いて、
「これで当社の 護衛能力に関してはおわかりいただけたと思います」
営業スマイルを浮かべた。言葉こそ丁寧だが、所謂『てへぺろ☆』である。
チャイは素直に、
「舞お姉ちゃん、強いんだね!」
と、感心する声を上げた。茜は、
「ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします」
舞たちに頭を下げた。さすが大人である。ただ一点、茜は、
『護衛は、董 玲華さんなのでは・・・』
と、心の中で 独り言を呟き、玲華に視線を向けた。
視線を向けられた玲華は無邪気な顔で、未だに舞に称賛を贈っていたのだった。がんばれ玲華。
その後リムジンに乗り込んだ5人は、その後は何事もなく、無事に保養所に到着したのだった。
推敲に手間取りました。
長くなっちゃいましたが、2つに分割するほどでもないので、そのままアップします。
よろしくお願いします!




