第6章 6ー1 エデン、チャイ、再び その1
第6章 6ー1 エデン、チャイ、再び その1
ミゥが操船するSWAN号は、ギガスペースライン内を順調に航行していた。そしてその間、舞、カレン、徹、それと時たまコックピットから相槌だけで参加するミゥの4人に対して、玲華が『エデン』での観光スケジュールの詳細をずーっと説明し続けていた。ミゥだけはとりあえず熱心に相槌を打っており、他の3人は適当に流していただけだが、結果としては退屈することもなく、あっという間に時間は過ぎてしまった。そんなこんなで、SWAN号は、もうエデン方面の出口に差し掛かっていた。
一方、コロニー『エデン』では、チャイ・マニーラット14歳が、ミゥたちの到着を今か今かと待っていた。
ミゥたちは、今もギガスペースラインのエデン方面出口付近を航行中である。特にトラブルもなく順調にエデンに近づいているとはいうものの、ドックに入るまでは、まだもう少し時間が掛かる。
皆の到着をワクワクしながら待っているチャイの表情はまだまだ幼い。しかし、あの騒動からもう半年経っているのだ。いろんな意味でチャイは少しだけ大人になっていた。
この年頃の半年、一年の変化はとても大きい。短い期間ではあるが、女の子であったチャイは少女へと変わりつつあるのだ。もちろんアイドルとしての活動が精神面に大きな影響を与え、同時に衣服や髪型など全体的に垢抜けたというのもあるのだろうが、やはり身体の成長というのものが一番大きいのではないだろうか。
そういう意味では、芸能プロダクションの控室で本日夕方ごろに到着するミゥたちを待つチャイは、外見だけでいえばすっかりアイドルだった。上はチューブトップブラを付けていて、肩とくびれて引き締まったお腹は露出しており、下はタイの民族衣装風の巻きスカートを膝丈に詰めたものを着用していた。上下ともに、色の系統としては紫、雰囲気としてはインドネシアの伝統的な染物であるバティックサロンを思わせる複雑な幾何学模様で統一されていた。
それらはチャイの褐色の肌とよく似合っており、元々持っていた健康的な雰囲気だけではなく、どこか神秘的な雰囲気までが醸し出されていた。元々素材は良いのである。十分に可愛く、そして美しかった。
そんなチャイが、自分のマネージャーである外岡 茜に朝から何度も同じ質問を繰り返しているのだ。
『ミゥたちは、いつ到着するのか。まだ到着しないのか』
と、いうものであった。
この外岡 茜、芸能人マネージャー歴12年、そろそろアラフォーに差し掛かるベテランである。自身は未婚であり、子供を育てた経験こそないが、同じ年頃のアイドルたちを何人も担当してきたのだ。
日系の女性としては長身で、黒いショートボブカットで切れ長の目にキリッとした口元、全身を紺のパンツスーツに身を包んだ、スレンダーなクールビューティー、業界からも一目置かれているやり手であった。
多くのこの年頃のトップアイドル候補たちは、見た目は大人の階段を登り始めてはいても、精神的にはまだまだ少女。そのため基本わがままな娘も多い。
茜は、そんなわがままな娘達が多い中でも、チャイはかなり聞き分けの良い方であると感じていた。そんなチャイが、これだけ何度も尋ねるのだ。茜は、持ち前の忍耐力を持って、根気よくチャイの質問に付き合っていた。
チャイが所属し、茜が働いているのが、伊那笠財閥が運転資金援助をしている、カンパニー・ファンタスティックマーメイドである。芸能プロダクションとしては新興だが、豊富な資金力を活かして『ファンマー』の愛称で親しまれる、急成長中の芸能プロダクションである。茜は、3年前の会社設立時に大手のプロダクションよりヘッドハンティングされ起業の手伝をしていたが、事務仕事が肌に合わず、チャイの所属をきっかけに、マネージャーとして現場に復帰したのだった。
チャイ自身は宝石の原石であり、例の騒動もあって知名度も抜群である。また所属と同時に、伊那笠の御令嬢の目にとまり、コマーシャルなどの契約も数本貰っている。もちろんそんな事情も、茜を現場に引き戻す理由の1つにはなっていた。要するに金の卵なのだ。マネージャー魂が疼いたのだった。
『この娘はビックになる』と。
そうして、新人とベテランのペアが生まれたのだ。
今回の慰問は、アイドルの活動としては一般的である。いくら伊那笠の肝いりとはいえ、戦闘能力を有した護衛艦を雇い、最新鋭のアンドロイドを警護に付けるようなことは普通はない。
今回、財閥が絡んでこのような大騒ぎなっているのは、もちろん理由がある。
チャイの慰問のことがテレビで放映された後、所謂、『脅迫状』が、財閥、プロダクション双方に届いたのだった。
届いた脅迫状の内容は、単純なものだった。
---------孤児院上がりの貧民が、コロニーエデンを代表するアイドルとしてどこかを慰問するなど、我々は認めない!
という内容だ。
差出人は、『コロニーエデンアイドル同盟』という、コロニーエデンのアイドル方面では知らない人のいない有名な特定アイドルグループのファンクラブであった。
コロニーエデンには『シュールズメリアントアイドル養成所』という名称の大手芸能プロダクションがあった。そのプロダクションがプロモートした、今大人気のアイドルグループが『The Noble Nine 』、愛称『TNN』であった。そのTNNのコンセプトは、『高貴なる9人』と名前が示すとおりで、エデンに居を構えている富裕たちのお嬢様方が9人集まって結成されているアイドルグループなのだ。そのファンクラブである、コロニーエデンアイドル同盟は、
『高貴なるものが愛さるべきである』
といった、偏った思想を掲げるようになり、TNNのメンバーをアイドル貴族などと呼び始め、アイドルのファンクラブとしては熱狂が過ぎる過激な団体になってしまっていたのだ。
そんな団体としては、孤児院出身のチャイが、自分たちが愛するアイドル貴族たちと肩を並べて紹介され、あたかもエデンの代表であるかのように放映されたのが我慢できなかったのであろう。
過激な思想のファンクラブではあったが、これまでにおいては大きな事件を起こしたことはなかった。それは逆に言えば、どんな新たなアイドルが登場しても、TNNはエデンにおいては常に不動のトップアイドルグループの地位を守り続けていたため、他のアイドルたちは『所詮2番手以降』という優越感があったのだ。その優越感から同盟も、他のプロダクションにクレームをつけることぐらいで済んでいたというわけだ。しかしチャイは、今までの他の新規アイドルとは事情が違う。
容姿、知名度、後援者が全部最初から揃っているのだ。要するにエデンでは、チャイがトップアイドルの一角に食い込み始めていたのだ。
そうなると、団体も黙ってはいない。もともと地球時代中世を模倣した誤ったアイドル貴族主義を掲げている過激団体である。
『実力行使による排除も辞さない』
というわけで、行動を開始したのだ。
その結果が、この脅迫状である。
だからこそ今回は、チャイの所属する芸能プロダクションは警護という考え方をし、またスポンサーである財閥もそれをサポートすると決めたのだった。
皆さん、閲覧ありがとうございます。
ブクマ、評価も増えております。
実はこの話で登場するマネージャーさんは、私の理想とする、出来る女筆頭です。きっと今後も活躍します。
今後ともよろしくお願いします!




