1-5 出た、見た、ミゥ! その1
1-5 出た、見た、ミゥ! 前半
リンリン、リンリンーーー
二昔前の、まだビジフォンが黒電話と呼ばれていた時代の呼び出し音を思わせるベルの音がテラスに鳴り響いた。
「あら、噂をすればなんとやらですわ。徹さん。我が社のエージェントが戻ったみたいです」
舞が、優雅な手付きで、机の上のグラスに手を伸ばしながら徹に、再び笑顔を向けた。
「は、はい。では失礼します」
徹は、舞、そしてカレンの順で軽く頭をさげると、口の中で声にならない何言かをつぶやきながらテラスを後にした。
一番日差しが強い時間を過ぎたとはいえ、故意に空調をオフにしているテラスはむしむしと暑かった。対して、熱を嫌う電子機器に囲まれた部屋でほとんどの業務をこなしている徹は、いつもかなり厚めの白衣を着こんでいた。それだけでもこのテラスは長く居たい場所とはいえない。タイミングの良いミゥの帰還に感謝の言葉を述べていたのかもしれない。
徹が、ミゥを待つべくメンテナンスルームに入ると、そのぶ厚いメガネが一気に白く曇った。
徹は、白く曇ったメガネをはずすと白衣の裾でぞんざいに曇りを拭いながら、ミゥが帰還するミゥ専用ハッチの前に立った。
通常、この本社を訪れるためには、地階にあるインフォメーションデスクで、この本社を訪れたい旨をインフォメーションアンドロイド・シュアに告げ、本社に取り次いでもらわなければならない。そしてシュアは、こちらが許可をだした場合のみ、声紋を記録してデスク奥のエレベータに案内をするのだ。出るときも同様でこのシュアを通して外にで出ることとなる。
宅配を生業としており、しかもその配達員であるミゥが日に何度もこの受付を通るのは実用的ではないし、ミゥは人ではなくアンドロイドである。受付としての機能しかもたないシュアに例外処理を行わせるのも手間がかかる。
そこで、舞がお金の力にものをいわせて、もともとビルに設置されていたダストシュートを改造し、ミゥ専用の出入り口をこしらえたのだ。その弊害として、この手のビルとしては大変めずらしく、どの階の店子もゴミは自らで出しにいかなければならなかった。カンパニー・マイにおいてのその担当は、当然徹があたっていた。
ググググググググァァァアン
地の底から響くような音とと共にミゥ専用ハッチが開く。音と共に現れたそのシルエットが、そうミゥであった。
その身長はこのコロニーの人間の標準身長より少し高い程度。シルエットからはその影の主が理想的なプロポーションをもった女性であることが判別できた。
完全にミゥがハッチから離れ、メンテナンスルームに帰還すると、その女性がアンドロイドであることがようやく判別がついた。それは、ノースリーブの上着と膝丈のショートパンツを着ているかのように、その部分が薄い赤のメタルコーティングがされた機械的な外装パーツが装着されていたからである。それ以外の腕と膝下、そして顔には、申し訳なさそうな程度の白人タイプの人工皮膚がしつらえてあった。人でいう靴にあたる部分はやはり赤の外装パーツがあてがわれていた。
手首から先も同じ機械的な駆動関節を思わせるようなパーツで構築されていた。しかし、良く見れば、それが通常の工業従事用のアンドロイドと比べると3倍に近い、人に劣らない数の駆動関節と、360度に近い動作を可能にする球体関節で構築された高性能なハンドパーツであることがわかるはずである。
頭部には視覚や聴覚などの五感を補うためのセンサー突起が左右の耳の上についている以外は、ほぼ人の頭と同じである。頭髪は濃いブラウンで、肩より少し下までのストレートヘヤ―であった。
瞳は髪と同じブラウンであった。実際には左目は高機能センサーを組み込んでいるため瞳孔がないのだが、センサーの使用時以外は、ダミーの瞳が投影されそれを隠していた。体のパーツ毎をみれば、若干メカメカしい感じがするが、その体全体のシルエットは、先ほども記述したように理想的なプロポーションをした女性のものであった。
現在の科学技術をすべて投入すれば、多少駆動系が貧弱になるものの、外見はほぼ人と同じにすることが可能なはずである。しかしながら、舞になんと言われようと、徹はミゥを外見的には完全な人とはしなかった。そして、再度に渡る舞の要求にも、徹は頑にその理由を語りたがらなかった。何度目かで、舞がようやく聞き出すことができた、その理由とは、以下のものであった。
『ミゥは現状では、人と接するときにさまざまなミスを犯すはずであり、その際にその相手がミゥを一目でアンドロイドであると認識できたほうが安全なのだ』
と、いうのだ。
そんな理由なら隠す必要もない。むしろ、社にとっては有益な考え方である。到底、舞が納得できる理由ではなかったが、それ以上は脅迫まがいの手段を使っても聞きだすことができなかったのだ。事実、業務が始まってみると、ミゥが外見的にアンドロイドであることによって、クレームが4割は軽くなっているという経営戦略室からの統計が取れていた。顧客の心理の中に、
『所詮、アンドロイドだから・・・』
と、いう心理が働いているというのが、経営戦略室の見解であった。この点では、徹の主張は間違っておらず、納得せざるを得ないものだった。
しかし、それでも舞が、徹が別の理由も持っているはずだと確信しているのには理由があった。