5ー2 換装、感想、全てをあなたに その1
徹がミゥに説明をしたように、今回予定されている作業は、胸部ユニットの換装と、頭部パーツの貼り換えに伴う表情筋繊維皮膜パーツの追加の2つの作業である。
どちらも、交換自体は1、2時間で終わる作業である。
交換に伴う、疑似神経伝達経路再構築と、疑似繊維の伸収縮プログラムは、人工知能部分のソフトウェアのアップデートで対応が可能だ。
また、今回、換装するユニットやパーツは、ミゥのアンドロイドとしてのメインフレームには、ほとんど影響を与えない外装部分であるため、全体のアップデートとしてみても、比較的に容易な部類に入るといえるのだ。
徹は、あらかじめ準備されていた、新胸部ユニットを、天井からのロボットアームを使用して、メンテナンスポッド内に降ろしていき、ほぼ無重力空間となったポッド内で、ミゥの胸部ユニットの換装を始めた。
現在の胸部外装ユニットが外され、その部分に新胸部ユニットをはめ込む、それだけの作業である。
元の胸部ユニットが外されると、人間同様の肋骨にあたる内部機構の保護フレームがむき出しになる。保護フレームの中には、心臓、胃、すい臓、脾臓、肝臓、腸などの五臓六腑を模した、精密機器がびっちりと詰まっていた。もちろんアンドロイドであるため、臓器の形を模してはいても、それぞれが人間の臓器の機能をそのまま代替しているわけではない。しかし、それらを人間に模して配置しているのも徹のこだわりの1つであった。
徹は、オカルト趣味があったわけではないが、身体の中の臓器の位置も『人格』、アンドロイドいう『人工知能』の形成に影響を与えると考えていたのだ。人としてあり方には、臓器の形や臓器の位置が関係しているという東洋に古くからある1つの考え方である。心臓には動力源としてのエネルギーの発生機構を、エネルギーの伝達経路は血管を模した配線を利用し、駆動系へ指示を伝える経路には神経を模したモジュールを配置していた。徹底的なこだわりである。
徹は、この理論体系については、学会には発表しておらず、あくまでも自分の趣味の範囲としていた。
1時間を少し回った頃、まず、胸部ユニットの換装が終わる。
シルエットだけを見れば、上半身は完全な女性といえるものになった。作業に合わせて、ポッド内でミゥを360度回転させながら、各部の接合確認をしていく徹。その度に、ミゥの新胸部ユニットの乳房が揺れる。徹は、その揺れ方まで、端末に表示される想定数値と目視でその揺れ方をダブルチェックし、都度修正しながら作業を進めていった。
胸部ユニットの換装が終わると、今度は、ポッドそのものを横に倒した。徹は、指先よりも小さなロボットアームを使用して、外科手術よろしく、顔の皮膚パーツの貼り換えを開始する。頭部ユニット自体も、先ほどの上半身と同じで、人間の頭蓋骨を模したフレームで構成されていたため、かなりの凹凸が存在している。
しかし、その複雑な表面を有している顔面前面の人工皮膚も、徹の神業ともいえる素早い手技でどんどん新しいものに貼り換えられていった。今回の人工皮膚の裏側には、表情筋を代替する繊維組織の被膜が配置されているため、頭部ユニットの顔面部表面に張り巡らされた疑似神経伝達モジュールへの数えきれない接続を同時に行う必要があった。しかし、徹のスピードは落ちない、こちらも約1時間後には、すべて作業を終了していた。
作業を終えた徹は、ロボットアームを天井に収納し、ポッドを垂直に立てて、ポッド内の反重力をゆっくりと通常重力に戻していった。
ミゥの足がゆっくりと床に立つところまで来ると、徹は、音声入力による起動シークエンスを開始した。
「ミゥ。胸部ユニット、及び頭部前面皮膚パーツの接合、稼働に問題点がないか、身体データ内の動力循環、及び、各部筋肉、神経接合に問題がないか、全工程におけるチェックを開始しなさい」
徹の声に反応して、ミゥがゆっくりと目を開けて、床にしっかりと立位を取る。そのまま、
「起動シークエンス、全行程チェックヲ開始シマス」
徹の指示を復唱し、チェックを開始した。
徹にとっては、目を開けたまま、瞬きが停止し、直立不動で立っている状態である。
「頭部皮膚ト疑似表情筋ノ接続グリーン。動作検証開始」
ミゥから、チェックしている内容の復唱が入る。
と、同時に、怒り、嫌悪、恐怖、幸福、悲しみ、驚きの順に、6つの基本表情を浮かべる。あくまでもミゥの性別年齢、骨格、目鼻立ちを数値化した上で、平均的な筋肉の動きを模したものではあるが、新しい皮膚パーツを移植する前と比べると、格段に表情が豊かになっているのがわかる。
「頭部パーツノ動作確認終了。次ノシークエンスニ移行」
ミゥはその後も、今回換装した胸部ユニットをはじめ、全身をチェックしていく。
胸部ユニットのチェックは、その疑似大胸筋の動作チェック項目数が多かったため、多少時間が掛かったが、それでも1時間ほどで全身のチェックが完了した。
「ミゥ。起動シークエンス終了の要求を承認する。通常起動を開始」
徹が、再び音声により、平常モードへの移行を指示した。
30秒ほどで、起動が終了し、徹の前には、いつも通りのミゥが立っていた。
ミゥのメンテナンスの終了と共に、メンテナンスルームの扉の上についている、レトロな『手術中』という表示灯の点灯が消える。何が手術中なのかとツッコミを入れたくなるところではあるが、これも徹のレトロ趣味の1つである。
ともあれ、メンテナンス中を示す点灯が消え、カレン、舞、玲華の3人が、メンテナンスルームの中に入ってくる。そして、部屋の中央で見つめ合っている、ミゥと徹を目にし、それぞれが悲鳴をあげる。
「おい、お前、やばいだろ」
「徹さん、あなた何を・・・」
「変態にゃん!」
トリプルユニゾンである。
まあ、冷静に考えれば、今のミゥの上半身は人と同じである。上半身裸の女性と向き合って、笑顔を浮かべている20台も中盤に差し掛かる男性。まあ、傍から見れば、3人の反応は当然といえた・・・。




