5-1 新入、NEW、にゃん その2
ミゥの寂しい声がきっかけとなったかは不明だが、とにかく、新入社員の紹介が終わり、オフィスは平常運転に戻っていった。
朝礼は、終わったのか?という根本的な問題が残っていたが、それを気にするような面子はここには居ないようである。
平常業務に戻ったと判断した徹は、ミゥを連れてメンテナンスルームに移動する。
そう、このカンパニー・ミゥの『この秋最大のイベント』である、ミゥの胸部ユニットの換装作業のためだ。今日この日、玲華の配属開始と同時に、ミゥの新胸部ユニットと、もう1つ、頭部皮膚パーツが納品されていたのだ。
先日、徹はラボを訪れた際に、ラボの端末に今回の新胸部ユニットとユニフォームデータ以外に、もう1つ新パーツに関してのデータをアップロードしていた。そう、
『フォルダの上層に保存されていなかった』
あの、どさくさに紛れて承認を取ろうとしていたデータである。
そのデータは、今回の疑似大胸筋にも使用されている、機械的な筋肉繊維を更にグレードアップしたパーツであった。頭部ユニットの『疑似表情筋』と頬の部分を中心とした『疑似血流ユニット』、つまり顔面の『皮膚パーツ』の開発データだったのだ。
ラボの研究員たちは、新胸部ユニットのデータの検証をしている中で、下層フォルダに収納されていた皮膚パーツの設計情報にも気づいたのだ。それを見つけ、設計データを確認したときの皇林檎の驚きと喜びは、その場で『小躍りして歌いだした』ほどであった。
その後林檎は、あちこち走り回って、ラボの研究員たちに喜びを伝えるため、抱き付きまくっていたとのことであるが、とりあえず、その話はまた別の機会に。とにかく、林檎は自身の担当である感覚系の新技術とその理論、そして設計データに感涙し、それから1か月間、ろくに休みもせず必死で完成に漕ぎつけたのだった。その努力の結果が、新胸部ユニットと一緒に納品された、頭部皮膚パーツであった。
元々、ミュウの表情は、人でいう頭蓋骨に当たる『頭部ユニット』の左右の眉と口の部分にある稼働パーツの上から貼り付けられた人工皮膚が、眉と口が動く方向に引っ張られることによって、なんとなく表情らしいものを作っているだけだった。だからこそ、ミゥの表情は小さく、そして不自然さが残るものだったのだ。
しかし、今回、徹が開発した技術により、自然な表情を作ることができるだけではなく、眉を寄せたり、脳からの伝達がありさえすれば、疑似血流ユニットを介して頬を赤く染めることもできるようになったのだ。
いつものごとく、ラボの端末にアプロードされていた皮膚パーツ、疑似表情筋、疑似血流ユニットの設計データとその理論は、胸部ユニット同様、完璧に完成されたものであった。そのため、新胸部ユニット設計製造のどさくさに紛れて、3つの皮膚パーツの承認が下りた後は、林檎が頑張ったおかげもあり、ほぼ胸部ユニットと同じタイミングで実用化に漕ぎつけることができたのだ。
この技術の存在を知った財閥は、舞にすぐに陣頭指揮を依頼し、ミゥの皮膚パーツが本社に納品されて、わずか3ヶ月後には、遅れがちだった顔面部分の再生医療への応用技術として世の中に発表されることになったのであった。その新技術の実用化理論のパテントは、舞により徹の名前で登録されており、徹は自身が知らないうちに、財閥への大きな貢献と、自身も大量のお金を稼いだのであった。
しかし、舞がその事を徹に知らせることはなかった。では、徹の借財は少しは減ったのであろうか。これも違う。理由は簡単だ。
社が知らないところで、徹が勝手に開発、及び発注をした疑似表情筋ユニットと疑似血流ユニット。舞は、この2つの技術の研究開発費用が、徹の私財から出ていることにしていたのだった。当然、徹はそんな資金は持っていない。そこで登録したパテント料が支払われるまでの間、舞の決裁承認にて財閥が建て替えをし、パテント料が徹に支払われたと同時に、今回の研究開発費の立替分と相殺しておいたのだ。
さすが財閥、さすが舞である。
ちなみに、この疑似表情筋と血流ユニットの医療分野への応用技術の開発、実用化については、林檎だけではなく、
『これは徹さんのためになるから』
と、舞に説得された潤も手を貸していたのだった。確かに徹の知らない所でいつの間にか増えていた借財は、相殺され大事には至らなかったのではあるが・・・。
ミゥを連れてメンテナンスルームに移動した徹は、いつものスリープモードに入る椅子ではなく、部屋の中央壁面にあるメンテナンスポッドに入るように、ミゥに指示を出した。
このメンテナンスポッドは、透明な三角錐の筒で、高さは天井近く、2m程あるものだった。イメージとしては地球時代の公衆電話ボックスが一番分かり易いだろうか。天井からポッドに向かって4本の精密作業用のロボットアームが取り付けられており、それらが使用可能なように、ポッド上部は開口していた。ポッドの床側には、車両にも使われている反重力ユニットが敷かれており、ミゥの精密作業は、ポッドの中で浮いた状態で行うことが可能であった。また、ポッド自体も360度全方向に回転が可能で、どの角度からも作業ができる、徹の特注品であった。
ミゥは徹の指示を聞くと、
「マスター。今日ノメンテナンスノ予定ノ入力ヲ希望シマス」
そう言って、ポッドの前で立ち止まった。
日曜日までには、その3 アップします。




