4-6 軌跡、奇跡、日本人 その1
舞と徹が、舞の実家の露天風呂で、『水着がどうだとか』『慎みがどうだとか』バトルを繰り広げている頃、玲華とアレンは、舞の父親、伊那笠財閥の会長、源一郎の書斎で報告を行っていた。
玲華が、一通りの報告を終えると、源一郎は、狐にでも化かされたような、そんな困惑した表情を浮かべた。そして、視線をアレンに向け、是非の確認をする。アレンからも困ったような微妙な表情が返って来るのを確認すると、源一郎は呆れたように、
「で、あるか」
と、一旦玲華の報告を締めくくった。
その上で、
「では、玲華、お前はショッピングセンターで、ウィンドウショッピングを楽しみ、コジャレたカフェでランチを食べ、その後、2人がラボで仕事をしている間、試験用のアンドロイドと徒手での戦闘訓練をして汗を流し、最後は、宇宙ドック近くの星空が見えるレストランで、財閥のカードを使用してディナーを愉しんだ。そういうことなのだな?」
問いただすように、訊いた。
「は。御前様、できればコードネームでお願いしたいのですが」
玲華が膝を付けた姿勢のまま、そう返答を返す。
「ごぜ・・・・。ウホッン。では、十三妹、確認した通りなのだな?」
さすが、大物である。苛立ちを表情には出さず、玲華の演技?に付き合いながら、言い直す。
「は、その通りでございます」
玲華は首肯する。
「うぅむ・・・」
「はぁ・・申し訳ございません・・・」
源一郎とアレンが、頭を抱えて、同時にため息をついた。
「で、アレン、舞と江藤徹の関係はどうなのだ?」
源一郎は、さっくりと玲華に事の次第を確かめるのを諦めて、質問する矛先を変えた。頭の切り替えも速いようだ。
「・・・。は、旦那様。良好な関係であると思われます」
返答に一瞬のタメがあったが、姿勢を正し、返答を行う。
『なぜ、そんなわかりきったことを毎度、毎度、お尋ねになるのだろう』
どうしても、アレンはこの疑問を都度考えてしまう。
アレン自身、特にここ最近になってから、源一郎から同じような質問を何度もされていたのだ。確かに、舞の側に一番長い時間仕えているアレンは、この質問をぶつけるには最も適切ではある。
そもそも、舞お嬢様と徹様は、正確には『舞』様は、何年にもわたって徹様に懸想しておられる。それはもうはっきりと、くっきりと。屋敷のものであれば、誰でも知っている公然の秘密なのだ。当然、旦那様も、見ていればわかるはず。
『今さらどうして?』
どうしても、その疑問を拭うことができないのだ。
「うむ。それは重畳」
アレンの言葉を聞いた源一郎は、鷹揚に頷いた。
これも、アレンが疑問に思う1つ。蝶よ花よと育てられた舞お嬢様は、財閥の長の『箱入り娘』だ。確かに徹様は、才能もさることながら、人柄も良く、何より舞お嬢様のことをよく理解されている。今回のデートでも、それは各所に見て取れた。
しかし、
『家柄として、本当に舞お嬢様につり合う男性なのか』
そう問われると、自信をもって、
『そうだ』
とは、答え難いのも事実だ。良い方ではあるが、伊那笠の人間になるには純粋すぎる。なんといっても、宇宙の伊那笠財閥なのだ、各界からのプレッシャーも尋常ではない。
徹様は、『そういうこと』に向いている御仁ではないのは明らかだ。
舞が小さい時からお側に仕ているアレンは、
『舞お嬢様のお気持ちを叶えてあげたい』
その思いは確かにあるが、それだけで伊那笠の娘の伴侶は決めていいほど、世の中は単純ではないことも、重々承知していた。
しかし、ここ最近の旦那様は、舞お嬢様と徹様の恋愛を応援しているようにも感じられる発言を、私たち使用人の前ではっきりと口にしてしまっている。やはりおかしい。
何かお考えがあるのだろうか、それとも伊那笠 源一郎とて、『父親の子を思う気持ち』は、立場を超えるのだろうか。答えは出ないが、疑問は残る。思考は堂々巡りするばかりである。
アレンが、自らの疑問を振り払うかのように軽く頭を振ると、そこに、膝をついたままの玲華の姿が目に入る。
アレンの頭に、閃きにも似たある考えがよぎる。
『今回は、玲華もこの場にいる。玲華は、旦那様の直接的指示で新たに、2人の監視及び護衛に就くという。良い機会かもしれない』
と、いうものだ。アレンは、そう考えを固めると、源一郎に、
「僭越ながら旦那様、このアレンめに、質問する機会をお与えいただければ幸いでございます」
そう伝えた。源一郎は、
「許す」
と、短く言い、頷く。
アレンは、『しめた』そう歓喜した。
「では、失礼致します。旦那様は舞様と徹様のご関係を、どうなさるおつもりなのでしょうか?」
アレンは、思い切って訊いた。源一郎は、その質問を予想していたかのように、意外にも穏やかな反応で、
「そうだな、お前にはある程度は話しておいても構わないかもしれないな・・・・」
と、遠くを見つめるように源一郎は答えたのだった。
源一郎が不機嫌にならなかったことに、アレンは胸をなでおろした。そんなアレンを気にする様子もなく、源一郎は語り始める。
「儂とて、徹という少年が、離れとは言え、この伊那笠の屋敷に、しかも年頃の娘がいるこの屋敷に居を構えるというのに、思うところがなかったわけではないのだ」
アレンは、源一郎の話に相槌をもって応える。
「最初は、何をこだわっているのだ、と不思議に思っていたのだが、可愛い娘の頼みだ、その時は言うことを聞いてやったし、徹という少年が高校生になったときに開発したソフトウェアには破格の買い取り額を提示もしてやった。ソフト自体は秀逸であったわけだが、まああれは、金銭的な問題を解決してやり、体よく屋敷から追い出すという目的があったことも否定はせん」
アレンは、黙って源一郎の話に耳を傾け続ける。
「2、3年前までは、あいつと徹の恋愛話なぞ、忘れていたのも事実。しかし、大学時代に新たな人工知能理論の確立、その後ラボの立ち上げ、理論を具現化し運用を始めた新型のアンドロイド。これだけ続けば嫌でも目に付く。そうであろう?」
「はい」
アレンが短く頷く。
「更に、少女の頃の『一過性の恋愛感情』かと思って放置していたが、あいつは未だにあの男に執着している。まあ、それを知っても儂は、あまり興味をもっていなかったし、特別視もしていなかった。が、直近はどうだ。徹という男に行う投資すべてが、収益という形で戻ってきているのた。これは誰の目からみても明らかだ」
源一郎が、言いきる。
伊那笠財閥の会長が、人を認めるような発言をすることは少ない。そんな源一郎の数少ない、徹への誉め言葉を受けアレンは、
「確かに、徹様の財閥への貢献度は、かなり高いと推測されます」
と、ゆっくり頷きながら、自身も知る事実に返答を返した。
後半は、明日アップします。




