4-4 微香、尾行、備考 その1
4-4 微香、微香、備考 前半
舞と徹は、運転手付きリムジンの後部座席に、一人分の隙間をあけて、並んで座っていた。
このリムジンも、伊那笠の科学の粋、というか、財を尽くしてオーダーメイドされた特注品である。要人警護にも使われる、特殊素材の車体に、大砲でもはじき返す特殊防弾ガラス、悪路でもほとんど揺れの来ないホバークラフトタイプ、つまり半重力により浮いてる車である。
当然、内装も豪華絢爛である。やわらかい最上級合成と本革でしつらえたソファーと、
--------地球時代では合皮は高級品ではなかったが宇宙時代は、本革の入手経路に限界があるため遺伝子操作で作り出した合成生物の皮を合皮として使用している
フローラルな香りを醸し出すアロマ機能搭載、ボタン1つでソファーはマッサージチェアに姿を変え、移動中でも最高のリラクゼーションマッサージを受けることができる。もちろん、飲料サーバーも完備済みである。
とにかく、そんな車の中で、怖い目つきの舞と、何度乗ってもこの乗り心地に慣れない&先ほどから押し黙っている怖い顔の舞に委縮した徹、2人が並んで座っていた。
舞が、怖い顔をして考え込んでいるのには気になることがあったからだ。なんとか、徹を魔の手から救い出し、徹を車に押し込んむことには成功した。しかし、腑に落ちないのだ。
『なぜ、あの管理人は徹に、ああまで絡むのか?』
その疑問である。確かに、
『舞をからかう』
といった部分が、ないわけではないだろう。さらには、
『子供が本当にミゥに興味をもっている』
これも、あるだろう。
しかし、それにしては執拗だ。そう、まるで誘惑しているようである。
『誘惑?』
自分の考えに、自分で肯定を返せない舞。
『記憶では、旦那さんは、公社の土地管理部門だったはず・・・』
『それなら、結構年配の方?』
『だから、徹の若い身体を・・・』
ここまで、想像して、舞は顔をブンブン振って、自分の考えを自分で否定して、深呼吸をする。
『では、なんで?』
『そもそも、年配者の多い部署とはいっても、確か配属理由は事故による怪我のはず・・・』
『確かに、外見でいえば、そこその年の差婚に見えるが、他に誰かを求めるほどではないはず』
考えは、一向に結論がでない。
『あとは・・・』
『本人が言っているように、母親代わりとしての愛情?』
『いや、それも考えにくい。あの刺激的な服は、何が目的かは、はっきりしなくても、男の、そう徹の目を引くためのものだ』
同じ、女性である舞には、何がわからなくても、女性が男性の前に出る時に着る服装の意味ぐらいはわかる。
『では、なんで?』
堂々巡りである。
コロコロと表情を変えて、ポーズを作り、時々、心の声が外に漏れている。傍から見えれば一人漫才のようなものだが、その原因になっている徹としは、生きた心地がしなかった。
徹が意を決して、
「あの、舞さん・・・」
声を掛ける。
舞は、その声で現実世界に意識を戻し、徹の横で繰り広げていた一人漫才、一人活劇?に気づいたのか、
「コホンッ」
と、小さく可愛い咳ばらいをした。
結局、フローラインが徹にちょっかいを出す理由は思い当たらなかった。何かしらの興味?好意?を持っているのは確かなのだが・・・。とにかく、
『渡さなければよい』
と、舞は今日のところは結論付けた。
微妙な雰囲気が漂う中、目的に向かって進んでいくリムジン。
この時代の車両は、運転手がいても自動運転が通常である。舞が乗る運転手付きリムジンも、もちろん自動運転である。
では、運転手は何のためにいるのだろうか。
もちろん、万が一の時は自らが運転し、危険を回避する、それも理由の1つだ。しかし、このリムジンにおいては、もう1つ理由がある。それは、自由奔放な舞のお目付け・・・いや、執事兼秘書として側に控えるというものである。
女性としての身の回りの世話はメイドがいる。外に出ては警護と雑事の管理、対外的なマネージメントを引き受ける存在、それが執事である。舞のリムジンを運転している、この執事兼秘書の男性、名前を『草薙・ヴァン・アレンシュタット』という。舞からは『アレン』と呼ばれていた。
アレンは、フルネームが示す通り、北欧系と日系のハーフである。年齢は不詳だが、舞が小さい時から専任の執事として付き従っていることを考えると、そこそこの年齢であるはず。そのことはロマンスグレーになった頭髪からもわかる。執事っぽい口髭もロマンスグレーで統一されていた。スラっとして均整のとれた体、若い頃はまさに『イケメン』という呼称がよく似あう男だっただろう。そして、執事のトレードマークともいう燕尾服に身をまとい、手には白い手袋をつけており、目立たないが腰には小さなスライド式の警棒を帯剣していた。
コロニー内は銃火器、刀剣類は、もちろん携帯禁止であるが、警棒程度の小さな身を守るための武具の所有は認められていた。
そんなリムジンの6台後ろに、その車はあった。赤いミニクーパーである。
どの車も自動運転であるため、車両間隔は常に一定である。6台後ろの車両となると、結構距離がある。しかし、このクーパー、アレンが、わざと遠回りをしても、何台かの車を挟んでみても、必ずついてくる、もちろん、舞も徹も気づいていない。尾行者だとすれば、優秀である。
しかし、この尾行にアレンは気づいていた。何回か車線を変え、進路を変え、クーパーを巻こうとした。うまくクーパーとの間に別の車両を誘導し、一時的には視界から消えるほどの距離をつけたりもしていた。しかし、やっぱり暫くするとクーパーが何台か後ろに出現する。
尾行者とのそんな駆け引きを何度か繰り返したところで、アレンはあることに思い当たる。
『ああ、あれは、彼女か』と。
舞は、車の中に座るとき、かならずお気に入りのシトラスの香りを、リムジン搭載のアロマ機能を利用して使用する。
そして、この微かな香りが、この追跡者を巻けない理由にもなっていたのだ。
赤いクーパーの中で、ちょっとだけ上向いた鼻をヒクヒクさせながら、猫耳を自分の爪で傷つけないようにカリカリ描いている獣人。そう、尾行者は、董 玲華であった。
玲華が、警護に加わることを聞いていたアレンは、そのことに思い当たったというわけだ。
アレンが、直ぐに気づかなかったのは、玲華はまだ配属前であり、当然、警護任務も開始されていない。そのためである。
獣人である玲華は、犬の遺伝子を持っている獣人ほどではないが、鼻が利く。つまり、舞が意識しないで使っている、シトラスの微香を利用して、アレンのリムジンを尾行していたのだ。
実は。大体この手のアロマオイルには、注意書きの備考欄に、
『匂いに敏感な獣人系の新人類種の方は、強烈な匂いを感じ過ぎて酔うことがありますのでご注意下さい』
と、書いてあるのだが、もちろん舞は知らなかった。
明日の朝までには、後半もアップできると思います。




