4ー3 美人、人材、それ人災 その3
徹の目が、舞の目と合う。見つめあう瞳と瞳。
とたんに寒くなる背筋。ビクッとした徹の震えを感じ、フローラインが振り返り、舞を視界に捉える。舞が歩き出すのを確認して、フローラインが挑戦的に微笑む。
舞も徹とフローラインのすぐ側まで来ると、立ち止まり、先ほどまでの憤怒の表情はどこへやら、天使の微笑みを浮かべて、
「とおるさん、ご機嫌麗しゅう」
そう小首をまげた。
「ま、舞さん、いや、これは、こ、おはようございます」
徹は、フローラインから逃れるようにして、舞の方に向き直り、挨拶を返した。噛み噛みである。
「んー、伊那笠のお嬢様、何か用事なの? 今、うちは取り込み中なんだけど」
答えたのはフローライン。しかも、身長差を生かした上から目線。
「あら、貴女には用事はないわ。そこを退いてくださるかしら」
舞も、負けずに視線を掬い上げるようしながら返答。
両者を交互に見ながら狼狽える徹。愉しそうに2人の言葉のキャッチーボールを見守っている勝。
「うちのスィートハニーが久しぶりに帰宅したのだから、家族水入らずの団らんを邪魔しないでくれる?ねぇ、勝」
そういって、徹の肩に掛けていた片手だけ戻して、勝の頭をなでる。
「ねぇママ、今日は、あのお姉ちゃんに会えるんだよね?お兄ちゃんと一緒にいるって」
勝が徹の白衣の裾をつかむ。勝はママの側に立つことを選んだようだ。来年小学生になるとはいえ、なかなか侮れない。
「子供をダシにするなんて、年増は、これだから・・・」
舞の声色が危険な色をはらむ。
フローラインは胸をそって、徹の方につきだし、
「ほんのちょっと若いだけで・・・。まあ、そんな貧相なものでは勝負にならないのでは?ねぇ徹くん」
ググっと、胸を更に徹の方に近づける。
突然話を振られた上に、会話の内容がアレである。徹は、一層困惑して、
「え、いや」
言葉にならない。
舞は、
「な、な、何をおっしゃっているのかしら、色仕掛けなんてはしたない真似・・・それに、それなりには、ありますの・・よ・・」
最後まで言いかけて、すぐ側に徹が居るのを思い出して言葉をひっこめる。
フローラインが、舞の焦った顔をみて、ニヤニヤ笑っている。
「そもそも、あなたはご主人がいらっしゃるのでしょう?」
舞は、絞り出すように反撃する。
「親子のスキンシップですもの、主人は関係ないわ。ねぇ、勝」。
そう言って、フローラインは、勝を抱きしめる。
「ママ、ロボットのお姉ちゃんは?」
会話がチグハグであるが、フローラインに同行している勝は、ぶっちゃけ『ロボットとのお姉ちゃんに会えるわよ』等と餌をちらつかせてついてきた、『既婚女性が一人で男性の部屋に押し入る時の保険』のようなものである。ある意味仕方がない。
それでも、この親にしてこの子あり、親の心を読み、ボケを織り交ぜながら掩護射撃。やはり侮れない。まあ、ミゥに会うためには、とりあえずは昼まで部屋で待つのが一番手っ取り早い。それは確かなのだから・・・。
舞は、
「質問の答えになっておりませんわ」
もう一度、詰問する。その横で、徹が、
「勝くん。ミゥは、用途によってその形状や機能を付加しているロボットとは違って、効率ではなく人形であることを主眼においているんだ。その上でミゥ自身の経験による判断で、ミゥ自身が選択した動作により作業結果を返すことができる、新しいアンドロイドなんだよ」
と、無駄に細かく分かりにくい説明。勝は、
「よくわからないけどスゴいね!」
と、あいまいな返答。
それを聞いた、フローラインと勝が、
「まあ、難しいのね!じゃあ勝、お部屋の中で詳しく教えてもらわなっくっちゃね?」
「そうしよう、ママ」
等と、そんな会話を交わしている。
確かなことは、舞の詰問、大すべり・・・。舞の顔色が変わる。
「と、お、る、さ、ん」
一言一言、置くように、丁寧に、そして反抗を許さない冷たい声で、徹の名前を呼ぶ。
徹は、
「こ、これは子供に対する正確な知識の・・・」
「と、お、る、さ、ん!」
徹の言葉に覆い被せるように、舞が再び名前を呼ぶ。先程よりも更に声は硬く低い。
二人の様子を見たフローラインは、
「あらあら、お兄ちゃんは忙しいみたいね。また今度遊んでもらいましょうね」
そう言って、勝の頭にポンッと手を置いた。
勝は、
「お姉ちゃんに会いたかったな。残念」
そう言いながら、一瞬ぐずるような仕草を見せたが、ママの顔を見てすぐにひっこめた。フローラインは、勝の頭に置いた手でクシャッと毛を握って、
「お隣さんだから、いつでも来れるわよ」
チラッと舞の方に顔を向け、そのまま徹に顔を寄せてウィンクした。
徹が赤くなりながら、頭を搔くと、舞が、
「近すぎです!」
叫び声を上げた。
フローラインと勝は、そのまま、
「またね~」
手を振りながら帰っていった。
舞は、フローラインと勝が居なくなると、『これ以上邪魔がはいらないうちに』と、半ば強引に徹の背を押して車に押し込み、デートに、いや市場調査と業務に向かったのだった。
白衣のままだし、戸締まりしてないわだし、徹としては、是非とも抵抗したいところではあったが、こうなると舞はテコでも自分の考えを変えない。長年の経験からそれはわかっている。
徹は諦めて肩を竦め、
『もうあと一時間もすればミゥが徹の家で休憩するはず。休憩終了時に施錠してくれるはずだ』
『いや、するんだよな』
自問自答した。
お盆中に、もう4-4 前半、後半ぐらいはアップできそうです。




