4ー3 美人、人材、それ人災 その2
「こんにちは。フローラインさん、勝くん」
徹は、二人に小さく頭を下げて挨拶をした。
フローラインは、
「あら、そんな他人行儀じゃなくていいのよ。あなたがまだ学生時代からお世話しているのだし、少し大きな息子のようにも思っているのよ」
顎に右手の人差し指をあてて、微笑みを返す。
少し前かがみになった、フローラインのポニーテールから、淡いシャンプーの香りがする。そして、胸元が開いたブラウスからは双丘の谷間が、その大きさを主張した。
徹がいくら朴念仁だからといっても、若い男である。さすがに目のやり場に困り、少し頬を赤くしながら、慌てたように視線を子供に向けた。
「いえ。フローラインさんには、こちらこそいつも、お世話になってばかりで。それに仕事を始めてからは、アパートに戻ってこない日も多くて、本当に申し訳ないです」
そう、早口に返事を返す。
「フローラインさん、だなんて、『ミシェル』でいいわよって、前にも言わなかったかしら?こんなおばさんじゃ親しみをこめて呼ぶのは難しいのかしら?」
ちょっとだけ、不機嫌そうに、ゆっくり問いかける。
徹は、ますます狼狽して、
「い、い、いえ。ええ。ミシェルさん、そんなことはあり、ありませんよ。で、今日はどうしたのですか?」
必死になって話を切り替える。
ミシェルは、笑みを浮かべなおし、
「ずーっと帰ってきてなかったみたいだから、帰ってきたって、この子に聞いて、様子を見に来たのよ。それと、ここ最近になって、この部屋に知らない女性が出入りしているって噂をご近所さんから聞いて、
『いい人できたのかしら?』
って。だって母親代わりだものね、息子の女性関係は気になるもの」
そう、さりげなく問いただす。徹は、
「女性?」
真顔に戻って、首を傾げる。
「ほら、栗色の髪の・・・」
フローラインが続ける。
「宅配便のお姉ちゃんだよね?」
子供、そう勝が、母親のことに付け加える。そこまで聞いて、徹は、
『ああ・・・』
得心がいったというように、手をポンと叩いた。
「あの子は、アンドロイドですよ?」
フローラインに向き直って、苦笑を受けべ、そう告げる。
「だから?」
フローラインが、首を傾げ返して、そう尋ね返す。
「え?だって、アンドロイド・・・」
徹が、面を食らって、そう言おうとすると、
「女性型、アンドロイドなのでしょ?」
フローラインが会話を締めくくった。
「え、いや、まあ、そうですけど、業務用の実験機であって、もちろん女性型で、いや、まあ女性として教育、いや、育成、していますが、そんな、そういうことは・・・」
しどろもどろである。
フローラインは、
「女性よね、まさる」
自分の子供に同意を求めるように、語り掛けた。
「お姉ちゃんだよ」
屈託のない笑顔で答える勝。
フローラインは、ずいと、前のめりになって、顔を徹に近づける。
「育成だ、なんて、日本の有名な光源氏計画でも実践しているのかしら?」
もう、訳がわかならない。そもそもなんで、ここで『光源氏』?
「いえ、自立型のニュートロン思考、ファージメモラぃ・・・」
フローラインは、がばっと徹の肩に両手を掛ける。
「専門的な話は、どうでもいいの。これは母親代わりとしては、是非とも『確認』が必要なようね」
「・・・」
徹は、もう答えを用意できない。
フローラインは止まらない。
「何か、不純な行為が、私の管理するアパートで、私の大切な子供が、いかがわしいことに巻き込まれているかもしれないってことよね。もう内部監査しかないわね。臨検します」
もう、フローラインが使っている言葉が状況に合っていない。
しかし、フローラインは、そう言いながら徹を部屋に押し戻すように、両の手に力をこめて、そう・・・力づくで押し入ろうとする。
徹は、フローラインと比べるとかなり背が低い。フローラインが175cmぐらいあるのに対して、160cmそこそこである。
フローラインは、覆いかぶさるように徹の肩に手を置いて、押し入ろうと体ごともたれ掛かる。徹の目の前には、大きな2つのふくらみが揺れている。そんな状況である。
別に部屋に入られて困る徹ではなかったが、とりあえず訳が分からず部屋に突入されても困る。
「ちょ、ちょ、フローラインさん・・・」
「ミシェルでいいのよ」
そんな情けない、噛み合わない会話のキャッチボールが2人の間で虚しく続く。
冷静になって、ちょっと離れた位置から、言葉通りに身体を使った押し問答をしている、フローラインと徹の2人をみれば、まあ、まるで熱い抱擁を交わしているようである。知り合いには見られたくない、まさにそんな修羅場。しかし、世の中は常に無常。
そんなとき、徹のアパートに前に一台のリムジンが止まる。
徹も、フローラインも取り込み中である。その車には気づいていない。
そして、その車から降りた、黒髪の女性は、真昼間、しかも午前中の比較的早い時間帯。人目も憚らず、抱き合っている2人を目にする。
その女性は、音が周囲に聴こえそうなほど『ギリッ』と歯ぎしりをして、両手を開いてまま腕を斜め45度下に向けて硬直させ、その上で、額に血管が破裂しそうな青筋を立てて、まさに怒髪天を衝くといった状態で、立ち尽くした。
その女性は、バタン、とわざと大きな音をたてて、リムジンのドアを閉めた。
その音を聴いて、ようやく、抱き合っていた(実際には、押し合っていた)2人が、その人物に気づいて、顔を向ける。
フローラインは、整った顔に似合わないニヤリとした笑みを浮かべ、徹は、もう『人生終わった』そんなすべての表情が抜け落ちた情けない顔で、その女性を認識した。
もちろん、舞である。




