4ー3 美人、人材、それ人災 その1
4ー3 美人、人材、それ人災 前編
扉の前に立っていたのは、30前後ぐらいだろうか、全体的に茶色みががったブロンドの頭髪をポニーテールに結んだ外国人ぽい女性と、くりっとした目が印象的な、同じく茶髪の5歳前後の男の子だった。
外国人ぽいと表現をしたが、徹はこの女性をちゃんと知っている。だって、このアパートの管理人さんなのだから。
ご主人は公社に努めている、曽我 武さん、その奥さんで、曽我・ミシェル・フローライン。奥さんも公社で働いていたが、出産を期に退職し、今は公社から委託を受けて、このアパートの管理人をしていた。
つまり、外国人ぽいというか、旧ドイツに多かったゲルマン系の、ちゃんとした外国人である。一緒にいる男の子は、そのお子さん(つまりハーフ)の、勝君であった。ミシェルというのは洗礼名であって、フローラインはカトリックとのことだった。
宇宙時代になって、宇宙に居住空間を移したことに起因する新興宗教ぽいものも無数に増えてはいたが、有名どころの宗教は、地球時代と変わらない。キリスト教、仏教、イスラム教、このコロニーシュワーツであれば、神道、そんなところである。中には猫耳教や、中世教等、若干アレなものもあるが、基本的に宗教の自由は保証されており、何かの信仰を持っているからといって、優遇も差別もなかった。
信仰はさておき、同じ外国人でも、体格がいいというほどではないが、シャープな顔つきのカレンと比べると、しっかりとした少し角ばった輪郭と、広い額、そして白人特有の白い肌。ボディラインも細すぎず太すぎない、いかにも健康的といった風である。説明が長くなったが、一般的にいって美人さんである。
大家さんではなく、管理人。これは、このコロニーの公社の土地管理方法がが関係している。
基本、コロニーの全ての土地は、公社が管轄している。
宇宙移民生活法を定め、統括している統一政府としての側面も持つ公共団体、それが宇宙コロニー管理公社である。売買こそすることはできないが、コロニー内のすべて土地の管理は、先ほども述べたがすべて公社が請け負っている。
その公社から土地の管理の委託を受け、実質的に権力をふるっている伊那笠財閥のような団体もある。
つまり、コロニー内の土地は、コロニーの直轄管理地と、その委託を受けている間接管理地に分かれているのだ。そして、この東地区の大部分と西地区の半分ぐらい、それから南地区の宇宙ドックのある地区、その3つは公社直轄管理地域である。逆に、中央地区にあるオフィス街、セントラルシティや北地区、南地区の工業区域は、伊那笠財閥を代表とする法人、団体に委託されている間接管理地域であるのだ。
徹のアパートは、公社の管理地域にあり、だからこそ公社が管理人を配置していた。
フローラインは、徹のアパートのある地区の11の賃貸物件を管理している管理人であった。
通常、管理人は定年退職した職員の第二の就職先として扱われており、中途で退職した元職員が管理人になることはない。フローラインが管理人になっているのは異例といえよう。彼女が管理人の職につけているのは、ずばり夫に起因している。夫の曽我 武は、もともと警備隊勤務であったが、訓練中の事故で片目を失い、再生医療で再生はしたものの視力が事故前と比べるとかなり落ちてしまい、元のパイロットに戻ることが出来なかったのだ。アンドロイド工学系の義眼にすればパイロットとしては問題無かったが、ぶっちゃけ費用がかなり掛かる。そのため、視力は多少劣るが再生した目で我慢することとしたのだ。
再生医療における、この復元率が100%にならない問題については、現在においてもノクフェラリオン財閥が中心になって研究に取り組んでいるが、未だ解決出来ていない難問であった。
結果として、パイロットであった武は、別の部門に配属になった。この部署が、コロニー内の土地建物の管理部門というわけである。この部署自体も、定年後の再配属部署の1つであり、ご年配ばかりのところである。そして、この部署の給料は激安であった。その激安ぶりから、この部署に配属された職員には、1つ特典が与えられていた。それは家族がいる場合、その家族に自分の担当する地区の賃貸物件の管理人を任せることが出来るというものだった。常に不足気味の管理人の雇用と安すぎる大黒柱の給与、その2つの問題点を見事に解決することが出来る、妙案であるのだ。
そうして、フローラインが管理人となっているわけである。もともと、この部署に配属される職員の平均年齢が高く、結果として管理人に指名されることの多い当該職員の配偶者も、年配であることが多い。その為、フローラインが『若い』管理人と言われることになるのである。
フローラインは、徹が住むアパートに並んで建てられている、公社の社宅に夫、自身、子供の3人で住んでいる。
白い2階建ての公社標準の1戸建ての社宅とはいえ、この地区で一戸建ては少ない。住んでいるいる家だけで公社関係者とわかるという代物であった。ある意味、一定地域ごとに、管理人がいるため、地区の防犯拠点という意味合いも兼ねており、地域の様々な情報が、この管理人の元に寄せられる。
先ほど、徹の問いかけに、
『隣の・・・』
と、フローラインは返していたが、厳密には、『アパートの隣に建っている家の』である。ただ、フローラインは、この『隣の』という表現は、昔から譲らなかった。
この日の、フローラインが訪れた理由も、元々は、その寄せられた、『最近、徹の部屋に出入りしている見知らぬ女性がいる』という情報に起因はしていたが、いつもその起因した情報に関して、特にフローラインが何かをすることはなかった。とにかく、何かしらの理由をつけてフローラインは、徹が戻ってくると顔をだす、という図式が成り立っていたのだ。




