3ー3 可憐、加恋、カレン その2
徹は、
「やっぱり、カレンさんはそうじゃないと、私も調子が狂いますよ」
真顔で、そう告げる。
カレンは、
「お前、あたしが落ち込んでるって・・・・」
カレンが徹を凝視する。
徹も、
「そんなたいそうなものではありませんよ。喉が渇いているかと思いまして・・・」
そう答えて、自身もコーヒーを啜り、
「そういえば、カレンさん。新しい職員が来るそうですね」
話題を変えた。
急に話題が変わったことに、カレンが一瞬、徹が自分に声を掛けた理由を追求したいという気持ちをどうするか逡巡を見せたが、『どうせほんとのことはいわないか』そう、自身に答えを返し、返答を返す。
「そうだな。舞から聞いたが、董 玲華という、財閥情報部の生え抜きらしいぞ」
「董 玲華?」
徹は聞き覚えがある名前に驚く。
「お前、知ってるやつなのか?」
徹の態度はカレンの興味をそそる。
「いえ、知ってるかと言えば、わかりません。ただ、たしか舞さんの家にいた、メイド長が同じ董という苗字でしたね」
「メイド長?」
カレンが思わず聞き返す。
「以前、お話したことがあるかもしれませんが、一時期舞さんのお宅にやっかいになっていた時期があるんですが、その時にいろいろとお世話になった方が、そのメイド長さんです。確か、娘さんもいらっしゃったと思いますし、将来財閥で働くといっていましたので、もしかしたらと・・・」
徹の話を聞いて、カレンが唸る。
「董なんて名前、少ないだろうしな、その線ありそうだな」
カレンが頷く。
「ただ、董さんの娘さんだとすると、ちょっと気になる点が・・・」
「気になる点?」
カレンが間髪入れずに聞き返す。
「ええ。董さんは獣人なんです」
「獣人?」
カレンの顔が曇る。
「ええ。食肉目ネコ科ネコ属に分類され、特に家畜化された、いわゆるペットの猫、地球の分類では旧日本国で多く見かけることができる三毛猫の遺伝子的な特徴を継承した獣人です」
急に説明口調になる徹。
「わかんねえよ」
カレンが頭を抱える。
「三毛猫とは、体の体毛が3色に・・・」
徹の的はずれな説明に、カレンは、
「そこじゃねえし」
さすがに苛立ちをみせる。
「要はネコなんだろ?」
「そうです・・・」
徹は、何が悪かったんだろうと、自分の返答を頭をの中で反芻しながら、頷いた。
「気になる点はあたしの事だよな」
今度は、先ほどよりも優しさを含んだ声で尋ねるカレン。
「ええ。確かカレンさん、猫アレルギーではなかったですか?」
カレンが『ん!』と、小さく声を漏らし、
「よく覚えてたな・・・」
唖然とした。
よくよく思い返してみると、確かに徹と猫アレルギーの話をしたことがある。
それもこの会社で働く前の話だ。
大学時代に、舞に強制的に連れていかれて席だけ入れた、徹と舞しか部員の居ない、最先端アンドロイド思考科学研究所、通称『アン研』の強化合宿で、舞の実家に泊まりがけで出掛ける話が話題にのぼったとき、その1回だけである。
ちなみに、この『アン研』、部員が足りず正式な部として認められていない同好会であったが、大学内でもっとも寄付金を集めていた、変わった団体でもあった。
もちろん、変わっているだけではない。1大学の現役学生が世に与えた影響はすさまじかった。世の中の人工知能が、どれだけ正確なデータを蓄積できて、経験と呼ばれるものを数値的な分岐に置き換えて適切に選択させる、その効率化に注力することが常識であった業界。その業界に一石を投じた、徹のファジーメモライズ理論、本当に画期的であった。
データの蓄積に頼らなず、データとデータの相関性に注目し、むしろ適切ではない選択肢を忘れさせることにより、思考の優先順位をエピソード記憶に依った管理をさせる。要はどんどん思考が片寄っていくのである。
アンドロイドの人工知能としてはいまだ完成は遠いこの技術体系だが、一部であれば、既に伊那笠財閥により商品として実現化しているものもある。徐々に同じものしか作れなくなっていく電磁調理システムなどがその代表であろう。
AI搭載型の調理マシンは、時代の進化と共に『なんでも調理できるスーパー調理人』に進化していったが、逆にいつも同じ安定した味を提供可能であり、同じ機械であれば味もいつも同じ。季節により味が違う野菜も、なぜか同じ味で提供される。人はそれでは飽きてしまうのだ。
しかし徹の開発した調理用の人工頭脳は全く違う。料理を提供した人間の好みを徐々に理解をして、同じものでも対象の人間の会話から気分や体調を分析し、その人だけが好きな味を追及していく。逆に時間の経過と共に、指示されない料理はデータから削除してしまい、その人の好きな料理のレパートリーだけをネットワークから集めるような行動を選択する。
最終的には汎用的な調理器としては欠落した部分の多い調理器になってしまうが、逆にその個人にとってはまさに『家庭の味』『おふくろの味』となるわけである。ミゥも当然同じ理論を踏襲しているため、徹の食事が現時点では片寄ることになっているわけである。
何はともあれ、そんな有名な部で、部員が足りないなんて状況がありえるのか?そう感じる人も多いかもしれない。しかしながら、アン研に入部するには、副部長の面接を突破しなければならないという、大難関が実は存在していたのだ。その意味で、舞が自ら連れてきたカレンは稀有な存在といえた。
まあ、カレンの実家が持っている例の許可証の件だとか、猫を素体とした獣人が実家にメイドとして雇用されており、そのアレルギーを持っているカレンが強化合宿に参加できないであっただとか、当時のカレンが構内モテモテで舞の気にしている男性に興味を持ちそうにないだとか、そういうのは関係なかったかどうかは、今になってはわからないが。
とにかく、カレンは卒業後の進路とかもろもろ友人である舞と、ガールズトークした結果、アン研に入部したのだ。
「カレンさんは、大切な友人であり、同僚ですので、当然ですよ。
『あなたが強化合宿に参加できなかったために、おおよそ言葉にすることのできない苦行が、次々と自分に襲いかかりましたので、忘れるわけはありません』
アレルギーに関しては、自分も対策を考えますので、そんなに暗くならないでくださいね」
と、心の声込みの返事を返した。
「とおる、おまえ・・・」
カレンは目頭が熱くなるのを我慢して、
「期待してるぜ、ありがとな」
そう呟いた。
ちょっとズレているようにも感じるが、実際、舞から猫タイプの獣人が、新しい社員として配属されるという話を聞いて、すぐにカレンの事を気遣い、その対策を調べ始めたのは事実である。また、今回の事件の事で、カレンが思い悩み、またアレルギーの件でもブルーになっているカレンを見かねて声を掛けたのも事実である。
そもそも徹自身が、舞に対する明確な恋愛感情をもっているかも怪しい現時点では、徹がカレンに優しいという事実は事実であり、カレンが一方的に勘違いしているわけでもない。
問題なのは、徹が誰よりもミゥに興味をもっており、他の女性に対しては正直わからないといった所なのだから。
カレンは、もう一口、文字通り美味しそうにコーヒーを啜ると、業務に戻っていった。
そんなこんなで、事件後のカンパニー・ミゥの面々の状況は、概ね好転していたのだった。
舞は、徹に新しい鎖をつけられて、ある意味満足している。
源一郎からは、徹とデートの指示ももらった。なにより今回の事件で、会社の知名度も業績も上がっているし、偶然ではあったが、これから人気がでそうなアイドルの卵とも専属契約を結ぶことができた。
ちょっとだけミゥの女子力向上に不安はあるものの、日々は充実しており、まだまだビジネス拡大の余力もある。
カレンは、良い同僚に恵まれ、また外見だけで自分を判断しない徹との出会いもあったし、関係は良好である。生活面ではまったく問題がなく、金銭的も安定している。
会社が儲かれば、その株主である、カレンの父親にも配当がはいり、家も安泰となる。実際悪くない。
最後に徹は、今回の事件で借財が増え、一人だけバッドエンドのようにも見えるが、そもそも元々が借金まみれである。天文学的な額の借金が倍に増えても、天文学的な額のままである。徹が不得意としている人間関係においても、本社の他の従業員である舞やカレンとも上手くやれており、ミゥは着実に進化している。
結果オーライともいえる。
ちょっと外れるが、今回の一連の事件の中心人物でもあるチャイも、アイドルの道を着実に進んでいる。
おまけで、新しい職場への辞令を受け、自分の天職に王手をかけている董玲華も、今回の事件で夢の職場に一歩近づいている。
『みんな幸せ!』
事件後の本社はこんな空気に包まれているのだった。
きっとカンパニー・ミゥの躍進の物語は、天下太平万々歳で進んでいくに違いない。
第1部は、これで完結となります。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第2部も、鋭意執筆中です。
是非、続きの執筆の励みになりますので、ブクマ、評価、感想お待ちしております。
今後ともよろしくお願いします。
いのそらん




