3ー2 来た、見た、にゃん その2
3ー2 来た、見た、にゃん その2
扉の後ろから姿を見せた女性は、身長が高いわけではないが、猫というよりは豹を思わせるような均整の取れたプロポーション。くりっとした金色の瞳に縦長の瞳孔、そして申し訳なさ程度に生えている両ほほの髭。顔のちょうど中心にあるちょこんとした鼻。白い手袋をしているので指先はわからないが、爪が鋭いのだろうか、白い手袋の先は皮で補強をしてあった。何より特徴なのは、お尻のあたりで揺れているしっぽ。プリコットと黒の縞で、結構長い。猫の可愛いところを人間をベースにした人型に押し込んだような、まさに獣人であった。
「失礼いたします」
そう、最敬礼にて挨拶をし、膝をつく董玲華。そう発した口からは小さいながら2本の牙がのぞいた。
渡辺は、『どうして膝をついているんだ』と、頭の中で疑問を反芻しながら、
「よく来てくれました」
そう、董玲華に声を掛けた。
源一郎は、
「そんなに畏まらなくても良い。面をあげなさい」
そう笑顔で話しかける。董玲華が顔をあげるのを確認すると、 渡辺に顎をしゃくる。
源一郎は満面の笑顔で、急に横柄な態度をとり始めた。
渡辺は、
「董玲華君。君を、来月の月曜日付で、カンパニー・ミゥ本社勤務を命ずる。それまでに現在あたっている業務の引継ぎなど滞りなく済ませるように」
源一郎の唐突な変化を努めて気にしないようにしながら、淡々と辞令と指示を伝えた。
「はっ。かしこまりました。一身を賭して業務を遂行いたします」
董玲華の返答に渡辺の顔が明らかにひきつる。
『忍者かっ』『御庭番か』と、叫びもせず、理解できないものはそのままスルーする。社会人スルースキル、レベルマックスの渡辺はそのまま話を続ける。
「先日の事件で、カンパニー・ミゥも随分と世間から注目を集めている。財閥の重要人物でもある舞様の警護と、西地区への配達業務の拡大を受けた業務補助の2つが主業務になると思う。また、今後の社の命運を握るかもしれない、HIX‐MIU001α 通称『ミゥ』も本社には配備されている。特にその科学者『江藤 徹』は財団に、特に舞様にとっては重要人物である。舞様に加えて、この科学者も警護の対象とする。また舞様、江藤に関しては、何かあれば常に私まで報告をあげるように」
用意していたかのようなスムーズな指示。
伝えた内容も、渡辺自身が納得したわけでは無いのだろうが、源一郎、自分の上司が望んでいる、まさに最適解といえるものであった。
登場している場面が場面だけに、なかなかわかりにくいが、渡辺も優秀ではあるのだ。
説明を聞いた董玲華は、
「はっ。先ほどの指示に合せて、かしこまりました」
と再度膝を折った。董玲華のやはり大げさな返答に、渡辺は、
「がんばってくれたまえ」
それだけ言うと、退出を促した。
董玲華は、すくっと立ち上がり、
「今後、諜報活動につくためには、コードネームが必要ですね・・・。そうですね『十三妹』が適切でしょうか」
そう云いながら、源一郎に答えを求める。
源一郎は、ニコニコ笑顔を浮かべながら、董玲華を眺めていたのだが、『コホン』と咳ばらいをして、
「覚えておこう」
と了承の意を伝えた。
渡辺からすると、異次元のやり取りであるが、関わる必要もないので、とりあえず玲華のコードネームをさりげなく記憶だけする。
『会長の自宅には、董玲華、その母親であるメイド長意外にも獣人が居ると聞くが、普段いったいどんな生活を···』
そんな余計な疑問が頭を掠めたが、これも心にしまう。
とにかく源一郎の言葉を聞いた董玲華、小躍りしそうなキラキラ、ワクワクといった表情をしている。きっと正しいのだ。
源一郎が、手で『下がれ』と、やはり横柄に手を振ると、董玲華は、スキップするように、そしてしっぽを大きく振りながら、再度最敬礼をして部屋を後にした。
「これで、よかったでしょうか?」
渡辺が、源一郎に真顔で(心の中は盛大な苦笑いを浮かべ)確認をする。
「問題ないだろう」
鷹揚に頷く源一郎。
「もう1つ指示を付け加える」
渡辺に向かって次の指示出す。
「はい」
渡辺が頷いた。
「HIX‐MIU001αの外装パーツをもう少し人間のフォルムに近づけるように指示を出してくれ。その上で、ユニフォームを採用し、着用させた上で定期的な地域巡回業務を、日々の業務に加えるように」
と、源一郎。
「かしこまりました。それは、宣伝訴求効果を高めるとともに、女性型であるHIX‐MIU001αのアドル性をアピールするということでよろしいでしょうか?」
源一郎は、この渡辺の回答に満足し、
「そうだ。舞に私からの業務命令として伝えてほしいのだが、次の休みでも財閥が所有している衣料メーカーをその江藤という科学者と一緒に視察をして、HIX‐MIU001αのデザインの素案を提出するように、とだ」
そう続けた。
「了解しました。以上でございましょうか?」
最終の確認をする渡辺。
そうだな。その2人の視察の様子を、董玲華に監視させて、様子を報告させろ」
「・・・・」
『尾行させろ』ということだろうか。そう返しそうになって、慌てて言葉を飲み込む渡辺。そして
「了解しました」
源一郎は、『退出していいぞ』と、渡辺に目で促すと、会長室のあるビジネスタワー最上階から見える、カンパニー・ミゥが入っているファッションビルの屋上、パラソルが見えるウッドデッキに視線を落とした。




