3ー1 だから、それで、こうなるんだ その2
3ー1 だから、それで、こうなるんだ その2
話は、会長室に戻る。
渡辺は、会長である源一郎に、しっかりと腰を折ったお辞儀、最敬礼で挨拶を済ませると、ダイコンを左目に装着し、視線を泳がせながら報告を始めた。
「・・・のように、ミゥの刑事的な訴訟に関しては回避がほぼ確定であり、また現在も継続している情報操作に関しても、評価できる成果を上げております」
厳一郎は鷹揚に頷くと、自身は、大きく椅子に背をもたれ掛かり、渡辺に尋ねた。
「舞は、どうであった?」
「どうとは・・・?」
渡辺は幾分か慎重な声色で問い返す。
「今回の事件に関して、実質的な、そう判断を含めて、舞の指示で動いたのだろう?」
厳一郎も、特段感じることがないような素振りで自身の質問の内容に付け加えた。
『経営者としてどうか。あるいは跡取りとしてどうか、そんな情報を求めておられる』
そう、渡辺は判断し、
『それなら報告と変わらない、事実は伝えればいいだけ』
自分にそう言い聞かせ、落ち着くように報告を開始する。
「はい。お嬢様、いえ、舞様は、事が起きて状況が把握できると、すぐに最悪のケースを予測し、今回の肝であった
『申請ミス』
のシナリオを用意し、さらに、その上で自身が現場の最前線で、具体的な指示をだされ、最速で事にあたっておられました。
厳一郎が首肯し、続きを促す。
「また、事件が露見し、マスコミが騒ぎ出した後も、公社への手回し、マスコミの対応、更には今回のキーとなる人物であるチャイ様の身の振り方まで、多岐にわたる方面でその手腕も遺憾なく発揮されました」
ある意味、舞を絶賛の渡辺。
次の報告を続けようと、ダイコンに表示されている情報をスクロールさせる。
そして、『ん?』と微妙な表情で言葉が止まる。
厳一応は、視線で報告の続きを促す。
「カンパニー・マイから、カンパニー・ミゥへの社名変更の決断も早く、金銭的な賠償関連も、実に・・・」
再び報告が止まる。
「実に?」
厳一郎が三度促す。
「いえ、賠償関連ですが、なんというか社には実質的な賠償は存在しないようで・・・」
厳一郎は、わけがわからないというように、
「なぜ、あれだけの事をしでかして、賠償が存在しないんだ。流石にそれはないだろう?」
常識的には、当然その通り。実際、警備隊が出動しただけでもその燃料費などの賠償はしなければならないのだ。
そう、事実賠償金はかなりの額に達していたのだ。
厳一郎の疑問は至極当然のものである。
「いえ。その・・・」
渡辺の返答は、歯切れが悪い。
「良い、思うところはない。すべて報告しろ」
厳一郎が、『お前の責任ではないのだろう』そう伺わせながら、命令をする。
「は、はい・・・。今回の賠償金ですが、すべてがカンパニー・ミゥの一職員『江藤 徹』という人物の名前で肩代わりされております。そして、その肩代わりした額すべてが、財閥よりこの職員に無期限で貸付されております。」
「・・・・」
厳一郎の沈黙。
「・・・・」
渡辺の沈黙。
『・・・・』
ここには居ないが、遠くから聞こえてきそうな徹の沈黙。
厳一郎は口を開く。
「たしか、今回の事件のもう一人の中心人物、まあ人物と言っていいのかわからんが、アンドロイド、HIX‐MIU001α開発担当の科学者が、そんな名前だったな。そう言えば、舞の幼馴染でもあり、たしかアンドロイド開発にも多額の融資を行っていたはずだ。なぜ、直接的に事件を起こしたわけでもないその男に賠償責任を押し付けているんだ?渡辺、何か知っているのか?」
「詳しくは・・・」
あいまいな返答。
「簡単であれば知っているのだな。話せ」
厳一郎は流すつもりはないようである。
渡辺も、未確認ではあったが、自身の知ることを伝えるしかないと腹を括る。
「この江藤という人物に関しては、あらゆる面において舞様より優遇的な措置を受けておられます。確かに莫大な額の借財と言えますが・・・」
そう説明しながら、渡辺は江藤徹の個人ファイルをダイコン上で展開し、内容を確認する。
「技術開発料としてかなりの額の月給にて契約されており、また技術の開発に関するパテントの財閥による買い上げなどの条項も見る限り、場合によっては返済も可能と言えないわけでもなく・・・」
内容を確認しつつ、渡辺の顔が『は?』という表情を作る。
厳一郎が頷いて続きを要求する。
「はい、かなりの高額の給与やパテント料が設定はされているのですが、すべてそのまま返済に充てられており、本人の手元に残っているのはまさに雀の涙、ん・・・な・・・、ああ、開発費の融資を貸し付けとして逐次返済に充てているようですね。しかも複数回にわたっております。これでは・・・・」
初めて確認した、その内容に渡辺のビジネスフェイスが歪む。
厳一郎が、会話を引き取って続けた。
「これでは、いつになっても借金を返し終わらず、いつになっても社畜のように働かなければならない、ということか?」
「ご明察の通りでございます」
厳一郎、顔をしかめる。
「渡辺、お前は理由を知っているのか?」
厳一郎の質問に、渡辺が一層顔が歪む。
「い、いえ、あくまでも噂ではありますが・・・」
「噂でも良い」
「は、それでは・・・」
恐縮したような様子で渡辺が、言いにくそうに、気の進まない素振りで、ぼそりぼそりとしたはっきりしない声で話し始める。
「舞様は、常に徹様をお傍におかれたいのだろうという行動が目立ちます。お食事の差し入れなどを指示された使用人などは多く。もちろんその使用人も財閥の職員であるため、人の口に戸を立てることなど出来るわけはなく・・・。」
「なるほど」
厳一郎は、もたれ掛かっていた姿勢を、前のめりになり、もとに戻し、
『そういえば、自宅にある、一時期その科学者が住んでいたことのあった離れも、舞のたっての願いとのことで、そのままにしてあったな。子供の頃のお気に入りという程度ではないのかもしれない』
思考を巡らせた。




