1-2 乗っ取り、買い取り、お金のチカラ
1-2 乗っ取り、買い取り、お金のチカラ
「ま、舞・・・・いったいいくつ0が付いてるんだ?」
カレンは、机の上に置かれた、見たこともない桁のがついている小切手を目の前にして絶叫した。
会社の名前は、「ホールデイズ宅配便」といって、このコロニー『シュワーツ』では1、2位を争うほど、、、小さな宅配会社であった。このシュワーツでは、大小合わせると60程の宅配業者が営業を行っていたが、その中でコロニー間の宅配業務を行うことができる資格通行証を有している企業は、たった5社のみであった。そのうちの1つがこの「ホールデイズ宅配便」だとしっている者はほとんどいなかっただろう。事実、もう数百年に渡って、「ホールデイズ宅配便」は、コロニー間の宅配業務を1度たりとも行っていなかった。通行証は取り決めにより、資格を有している会社が存在する限り、相続される。そのため、業務そのものを全くおこなっていなくとも、一度発行された通行証が失効することがないのだった。
この「ホールデイズ宅配便」の1人娘であるカレン・ホールデイズは、今年大学を卒業したばかりであり、真の意味での完全地域密着型のいつもにこにこホールデイズ宅配便の仕事に就いたばかりであった。
そして、今この時、それらの仕事を始めたばかりのカレンと現社長である父親の前に、黒髪の娘が座っていた。3人をはさむ机の上には信じられないような桁の0(ゼロ)が付いた、公社中央銀行発行の小切手が置かれていた。
その黒髪の娘の名前は、伊那笠 舞といった。
彼女は、カレンの大学のクラスメイトであり、と、同時に宇宙で知らない者のなどいない、あの大財閥伊那笠グループ総帥の1人娘であった。
伊那笠の家では、その家に籍を置くものは誰でも、1つ事業を起こすことが義務となっていた。そして、舞が建てたビジネスプランは、今まで通行証の壁に阻まれてグループの誰も手を付けることのできなかった、コロニー間宅配業務をだった。舞は偶然にも―舞はそう言っている―大学で同じゼミになった、カレンに目を付けたというわけである。だからこそ今、舞はその交渉のためにこの机についているのだった。
舞が提示した条件は、簡潔なものだった。それは、伊那笠グループが、ホールデイズ宅配便の発行株式の51%を買取り、社の経営を全面的にグループに委譲してくれというものであった。言葉を変えれば乗っ取らせてくれということになる。舞はもちろん友人への配慮も忘れてはいなかった。最後の条件-舞は些細な要求と考えていた-は、社名を『宅配カンパニー・マイ』に変更することであった。
舞が友人に配慮した部分とは、カレンの父親は引退ということで仕方がないとする代わりに、次の代の社長となるはずだったカレンはそのまま、というか繰り上げて、社長という椅子に座ることが提案に盛り込まれていたのだ。
真の意味での社長的な権限は認められていないないことはなんとなくカレンにも想像がついていただろうが、社長としての名前とその給与は大いに魅力のあるものに違いなかった。それに今の状態でも会社は株主のものである。考えようによっては経営責任もない雇われ社長は、楽であるといえば楽に違いないのだ。それに大金も入ってくる。それに49%はホールデイズ家のものである。配当だけでも十分に老後の生活ができるはずだ。5分後には2人ともその申し入れを受諾していた。
元社長のカレンの父親、新社長のカレン、双方と伊那笠グループが結んだ契約書は極めて分厚い小冊子ようであったが、調印が無事終了すると、天下の大財閥の動きは迅速だった。調印がされた翌日には途方も無い額がカレンの父親の個人口座に振り込まれた。カレンの父親は早々に所有株式の名義を41%を舞の父親、残り10%を舞本人の名義に書き換えを申請した。同時に、代表取締役をカレンに、伊那笠舞を常勤の経理担当取締役として登記簿の書き換えも行ったのだった。1週間ほどで手続きはすべて終了し、つつながく何世代も続いた「ホールデイズ宅配便」はその歴史に幕を下ろした。
後々の話にはなるが、伊那笠グループは、すぐにカンパニー・マイの株式公開準備に入り、その公開買いつけの差益だけで、このときの費用の何倍もの利益をあげてしまった。実をいえばまったくといっていいほど損をしていなかった。
これを知ったときカレンは、
『お金があるということは本当に恐ろしい・・・』
と、心から感じたそうである。
実務を開始できる体制が整うまでの間、舞は宅配カンパニー・マイ本体とは別に、伊那笠グループ内に宅配業務を専門とする経営戦略室、実際のコロニー間宅配業務を行う宇宙船の手配(ペイント含む)やスタッフの人事移動、テレビ用のコマーシャルの作成といったこまこまとした雑事をすべて てきぱきとこなしていた。
実際、カレンが身辺整理をしているあいだに、新本社まで準備が整っていたというから驚きである。
旧ホールデイズ宅配便は、コロニー居住区でも郊外に、言葉を悪くすれば田舎に位置していたが、今度の新社屋は公社のお膝元とセントラルシティのど真中に位置していた。舞が自分が勤務することになる本社、その場所に選んだのは、ショッピング街の中心にある高級ファッションビル最上階のペントハウスであった。
カレンが、初めてこの新社屋に足を踏み入れたときは、その豪華なつくりと、小さな社屋を目の当たりにして、
『ここの小さなスペースで宇宙宅配などできるのだろうか?』
と、頭が疑問符でいっぱいになったという。しかし、舞から説明を受けると、そのからくりに感心するばかりであった。舞によると、この本社は、宅配便といっても、今までのホールデイズ宅配便が扱っていた地域のコロニー内の宅配便のネット、ビジフォンでの受注のみを行い、残りの業務はすべてグループが代行するというのだ。地域が限定されているのは、今までのお客様をないがしろにしてはカンパニー・マイの名前に傷がつくという理由からと補足を加えていた。旧社屋は、地域の宅配物を保管する倉庫として改造されており、中は業務の請負確認をするための端末が1台あるだけであった。
今までも、社長1人社員1人でやっていた業務である、人員はほとんどいらないと思われたが、それでも舞は、地域の宅配担当のスタッフ1人と、そのメカニック1人がこの本社に配属されると説明をしていた。
『スタッフは良いとして・・・メカニック?』
カレンのその疑問もすぐに解決された。
本社勤務として配属された人員の中にアンドロイド1体含まれていたのだ。
そのアンドロイドの名前が、Miuであり、メカニックが江藤徹だった。
カレンは電話受付担当、舞が全業務の決済承認と経理、ミゥが宅配業務実務、徹が雑用とミゥのメンテナンス、それぞれの担当業務はそのように確定すると、宅配カンパニー・マイは、新しい一歩を踏み出したのだ。